6-29.「エンドロールは見ない派なんだ」
ウソや誤魔化しが言えなくなって一時は本当に危ないことになっていたし、どうやら本来は人に使ってはいけない魔法薬だったとかで、この先最長で1か月近くもベッドに縛られることになってしまった。
そんなこんなで、ここまで本当に散々な目に合わされている『真実薬』だけれど。
1つだけ良かったことがあるとすればあのとき、いっぱい謝ってくるゼノンさんに自分の気持ちをそのまま、素直に打ち明けられたことだ。
テグシーさんから話を聞いたとき、そこが一番の納得ポイントだった。
それであのとき――ゼノンさんが助けてくれて意識を失う寸前、自分でも不思議なくらいに言葉がポンポン出てきたんだなって。
災い転じて福となすとか、さすがにそこまでポジティブには捉えられないけれど。被った災いが大きすぎるので、せめてそのささやかな恩恵には大いにあやからせてもらうことにする。
まぁそうと聞くなり血相を変えてしまったゼノンさんをアワアワと宥めつつ、もう一度席についてもらうみたいなひと悶着があったことはさておきだが。
場が収まったところで、私は改めて伝えた。
せめてその事実が、少しでもゼノンさんの心を軽くしてくれるように。
どうしても自分を責め続けてしまうゼノンさんの、最大の免罪符とできるように。
だからもうゼノンさんは、私になにも謝ったりしなくていいんだよと。
「私がゼノンさんに思っていることは、あのとき伝えたことで本当に全部なんですから。これならもう、疑いっこないですよね?」
「アリシア……」
胸ポンしながら、えっへん。
これなら言い返せないでしょと、私は自信ありげに言い張ってみる。
ただちょっとだけ申し訳なかったのは、なんか当時の私の雰囲気とか言い回しがだいぶ紛らわしくなってしまっていたらしいことだ。たぶん薬が効きすぎていたせいで、あのときの私はなかなかお口チャックができないようになっていたのだと思う。
それだからゼノンさんには私の言ったことが、まるで遺言みたいなトーンで聞こえてしまっていたみたいで……。不必要な心配までかけさせてしまったことについては、改めてお詫び入れるしかなかったけれど。その矢先。
「あっ、すみません。そういえばまだ、少しも全部じゃなかったです」
「えっ?」
思い出したように、すぐさま前言撤回。
キョトンと目をパチパチさせ、珍しい顔つきとなっているゼノンさんにアセアセ、さらにごめんなさいとなる私だった。
「あの、ちょっと待ってくださいね」
そこで私は胸に手を置き、スーハーと深呼吸。
自分の中に確かめる。
大丈夫、まだちゃんと残っていると。
なにせあのとき、たぶん途中で気を失ってしまって、最後まで伝えきれなかったことがたくさんあるのだ。ひどく眠くて、声もスカスカで、ダイジェスト版でお送りするのが精いっぱいだった。
おまけに3日も間が空いてしまったけれど。
その熱はまだ確かにここに残っている。
だから――。
「あのね、ゼノンさん」
私は伝えた。
ゼノンさんに、改めて。
出会ったときから今日まで、ずっと伝えたかった飾らぬ感謝の気持ちを。
その上でもう一度、謝った。
勝手なことをしてしまって、ごめんなさいと。
いま思い返しても、本当にどうしようもないことをしたと思うのだ。
止められていたにも関わらず勝手なことをして、挙句にひどく手を煩わせてしまった。
みんなが怖がってしまうから、ゼノンさんがなるべく人前に出ていかないよう気を付けていたことは知っていたのに。出たくもない大衆の面前に、無理やり引っ張りだすような結果を招いてしまって。
愛想を付かされたって仕方がない。
そんなつもりはなかったなんて言い訳にもならない。
嫌いにならないでなんて身勝手なお願いは、とてもできない。
分かっている。重々、承知している。
だけど、それでも1つだけ。
これだけはどうかと聞き入れてほしい嘆願があるのだ。
私はずっと、それを伝えたかった。ゼノンさんに。
どうかこれっきりにしないでほしいと、それだけを。
ほんのちょっと。
細い糸一本分だけでも十分だから、残しておいてほしい。
繋がりと、そう呼べるだけの接点を。
そうしたらまた、返せるから。
貰ったものに報いられるだけの何かを、恩返しを。
今度は絶対、ありがた迷惑みたいにならないように気を付ける。
受け取るかどうかも、その時々でゼノンさんが決めてくれればいい。
「だから……」
私の言葉がそこで止まる。言い淀む。
もし否定されたらと、それを思うと怖くて。
でもここで立ち止まったら、意味がないから。
「またいつか、何かを贈らせてもらえませんか……? もし今すぐが不安なら、もう少し大人になるまで待ちます。それでも私なんかじゃぜんぜん、大したものは用意できないかもですけど。少しでもそうできるように私、頑張りますから……!」
「…………」
「あの……。ダメ、でしょうか……?」
そうして何とか、最後まで言葉を結び終える。
でも怖くて、なかなか顔を上げられない。
やけに長く感じられる沈黙のなか、瞳を惑わせていると。
「――アリシア」
ふいにそう、名前を呼ばれて。
◆
「――ふむ。もしまだ話がこじれるようなら、助け舟くらい出してやるつもりでいたが」
「え?」
「どうやらもう、その必要もないらしい。まったく、手間のかかることだ」
ふいにそんな独り言ちとともに、ピョン。
腰かけていたベンチから飛び降り、スタリと着地したのはテグシーだ。
彼女のマイペースさは今に始まったことではないが、今回のも結構でリクニは目を丸くする。なにせ今の今まで2人で、ここで待っていたというのに。(リクニは「大丈夫かなぁ2人とも」とソワソワ、なかの様子に気を揉み、テグシーは何やら耳心地の良い音楽でも聴くみたいに目を閉じながら片耳だけ澄まさせていた。)
急にそんなことを言い出すなり、何を告げるでもなくその場からテクテクと一人で引き上げていってしまうのだから。呆気に取られること、数秒。
「え、ちょっとちょっと! 待ってよテグシー、どういうことだい!?」
転がるようにリクニも慌てて駆け出し、何のこともなさそうにしているテグシーの傍らに追いつく。すると彼女は言うのだ。
どうしたもなにも、もう見る必要がないから見ない。
それだけの話だと。
「見る必要がないって……。それってつまり、もう話はまとまりかけてるってこと?」
「まぁそんなところだな、まったく。さんざん先手を取られたうえに後手の後手、それも背中を押されてやっとと、見るに堪えない体たらくぶりだった。もはや駄作も駄作、大爆死級のそれになるのではとヒヤヒヤさせられたが」
「……ん?」
「まぁそれでも、ようやく向かうべきところに向かい始めた。結末が大体見えたなら、私はもう満足だ。エンドロールは見ない派なんだよ」
「エンドロールっていうか、僕まだオープニングくらいしか見てないんだけど……。一緒に見にきた友だちを置いて、先に出ていかないでよ」
「――? いやいやリクニ、いくら私もそこまで身勝手では」
「やってるんだよっ!?」
あのぉココは病院ですのでお静かにと、通りがかった看護師さんから申し訳なさそうに窘められてしまった。すみませんとペコペコしてからテグシーにジト目を送るけれど、当の本人ときたらどこ吹く風の涼しい顔だ。ガックリくる。
「もういいよ。あとで本人たちから直接聞くから」
「そうしてくれ。あくまで私も、追っていたのは話の大まかな流れだけだ。まさか筒抜けになるまで盗み聞くほど、不躾ではないさ」
まぁともあれ話が良い方向に向かっているなら何よりと、気を取り直すリクニだった。やれやれ、これでようやく肩の荷も下りるというもの。
この頃はずっと右肩下がりで来てしまった自分の株も、これで多少は持ち直すだろうかと細やかな期待をもちながら。
「っと、そうだ。アリシアちゃんが目を覚ましたって、早くルゥにも教えてあげないと」
「会えるとしても明日だぞ。あの調子だと、今日の時間はもう使い切ってしまうだろうからな」
「まぁそこは我慢してもらうとして」
その道すがら、それにしてもとリクニは呟く。
前から思っていたことだが、アリシアはどうしてあそこまでゼノンに肩入れするのだろうかと。
ロマールから追い出されるように出てきて、行く宛てもなく一人、彷徨っていたところをゼノンに拾われたと、保護されるまでの大まかな経緯は聞き及んでいるが。
「それにしたって懐かれ過ぎのような……。よっぽど危ないところでも助けられたのかな? テグシーは何か知ってる?」
ふいに飛んできた問いかけに、テグシーは「ん、あー?」と視線を泳がせた。何か知っているかと聞かれれば知っていて、それが大スクープものの極秘情報ということもあるが、さておき。
実を言うと、同じことをテグシーも本人に確かめたことがあったのだ。
あれは魔女狩り試験の前日、最後の意志確認のとき。
テグシーはアリシアに質した。
「なぜキミは、ゼノンのためにそこまでするのか」と。
もしそこで答えに迷うようなら、やはり出場を辞退させるつもりでいた。
でも彼女はすぐに答えた。
なんでかなぁと目線を天井に向けつつ、あっとその場で閃いたような感じではあったけれど。そのときの、とても良い旋律を耳にしたかのような心地よさは、今もしかとこの耳に残っている。
まったく、実に端的ではないか。
どこまでも初心で、純粋で。
聞いたこちらが思わずこそばゆくなってしまうような。
それはとてもとても、素敵な理由。
『私もこれまであの人に、何回も――』
「同じことを思ったから、だそうだ」
なるほどねぇとリクニが呟く。
「良い答えじゃないか」のあとに、「だろう?」と続いて。
――そう。
だから叶えてあげたいと思ったのだ。
素直に。
見届けたいと思った。
あの不器用で人から感謝されることに不慣れな男が、それをちゃんと受け取れるところまで。
ともあれ紆余曲折あったわけだが、まぁ。
流石にあそこまで行けば、もう道に迷うこともないだろうから。
最後にテグシーは告げる。
言われずとも、よくよく心に決めてきたことだろうとは分かっているが。
今回の別離を引き起こした最大の要因、何かと独りよがりになりがちな戦犯に向けて。
「もう二度と、その手を放すんじゃないぞ」
どうやらまた、2人で再開していくことになるらしい足取り。
その道行きがどうか先の明るいものになるようにと、そう願って――。
パート6はここまでです。
次話からパート7に入ります!
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