6-23.「執行」
――気付いたとき。
アレクセイは隆起する大地かの如くムクムクと、劇的なまでの復活を果たしていた。
直前まで自身のうえに覆い被さっていた、瓦礫の山。
その頂点に立ち、ズンと踏みしだく。
それほどまでに体の奥底から力が漲り、沸き立って仕方がないのだ。
全身の細胞が活性化し、まるで喜ぶかのようにミシミシとうねりをあげている。
「これ、は……!?」
全快したとか、それどころの騒ぎではない。
肉体そのものから別次元のものに造り変わり、今なお昇華し続けているかのようだった。
まさか、完全に適合したとでもいうのか。
彼女のために作った回復薬が、常人のものに過ぎないこの体に。
完璧に……。
バカな。あり得ない。
そんなこと、起こりうるはずがない。
だが今、そのあり得ないをこの身をもって体験しているのだ。
骨身に沁みて、分かっていることだろう。
あり得ないなんてことは、あり得ないのだと。
そうつまり、これは――。
「奇跡だッ!!!」
試しに拾い上げた瓦礫の1つをグッと握り込んで圧壊し、フハハと高笑いをあげるアレクセイだった。きっとこれは自分と彼女だからこそ成し得た奇跡なのだと、そんな予覚を思えばこそ悦に浸らずにはいられない。
やはり自分とミレイシアは、そういう運命だったのだ。
生まれた瞬間から繋がっていた。
何人にも引き裂くことはできないほど強固に、堅固に。
惹かれ合う宿命にあると、世界の因果律によりそう定められていて。
またも見定めてしまったこの世の真理に、笑いが止まらなくなる。
この余韻ばかりは、いつまでも入り浸りたくなってしまうほどに心地良いものだったが。
――さて、と。
愉悦に浸るのもほどほどに、アレクセイは思考を切り替えた。
まさか本来の目的を忘れてはいない。
くびり殺すのだ。
自分にとって最も大切な物を壊し、奪い去った卑しい罪人を。
八つ裂きにしてやる。
死の恐怖というものを存分に味あわせ、命乞いをさせてからその首をねじ切り、生き血を啜ってやるのだ。
どこだ、どこにいったと。
その獰猛なまでとなった血眼を、しきりに行き来させて。
だがその果てに、ようやく気付く。
どうやら自分が、根本的な思い違いをしていたらしいことに。
「な、に……?」
瞬間、アレクセイに奔った衝撃は計り知れない。
向かって正面に吊るされていたはずの死体が消えていることに気付いて、思考が停滞したのも束の間。何やら気配を感じて、ふいに見やった真横。
「――ッ!?」
少女が、生きているのだ。
生きて、動いている。
薄暗い回廊を奥へと向かって、ズリズリと。
覚束ない足取りながら、壁伝いに移動していて。
そんなはずはなかった。
だってさっき確認したとき、あれは確実に死んでいたはずだ。
息も脈もなかった。
何度も何度も、再三に渡って確かめたことだ。
それなのに、それが、なぜ……!?
言いようのない怖気、気味の悪さすらも覚えたが。
はっと吐き捨てるような笑いとともに、アレクセイはその答えに至る。
単純な話だ。
魔女の生命力はゴキブリ並みと、ただそれだけのことだろう。
深く考えるまでもない。
「卑しい、魔女め……」
しかし、そうか。
ということは、つまり。
「おまえがやったんだな」
そう見定めるなりグッと屈み、瓦礫の山から地上へアレクセイはズンと降り立つ。焦ったか見るも哀れに転んでしまう少女だが、情けをくれてやる気は毛頭ない。
それほどまでに、あれの犯した罪は重いからだ。
生きていたことは好都合だが、相応の報いを受けさせねばこちらの気が収まらないというもの。
さて、どうしてやろうか。
手足から順番に、ぐしゃぐしゃになるまで踏み砕いてやっても良かったが。
いや、それでは藻掻けなくなってしまうかと。
もっと良い手を思い付いてニヤリ、アレクセイはほくそ笑む。
なにせさっき、あんなに嫌がっていたのだ。
ならばあの続きをしてやるのが、最初の刑罰とするには最も相応しいだろうと。
そうと決まればアレクセイは早速、ブクリと水を膨らませた。
そこに雷をたっぷり含ませてから、少女のもとへザプンと押し流す。
つまらないことに悲鳴も上がらないし、それ1回で動かなくなってしまったからすぐに追いついてしまったけれど。ケホケホとむせている辺り、まだ意識はあるようで何よりだった。
「おやおや、もう随分お疲れですね。ヘトヘトではないですか。もう少し頑張ってみて欲しいところですが、どうです? 少しくらいなら待っていてあげますよ」
応援してはみたものの水浸しとなってべチャリ、少女は浅い呼吸を繰り返すばかりで動かなかった。こうして見下ろすと本当に水攻めにあったゴキブリみたいで気持ち悪いし、いよいよ限界のようだが。
まさか、こんなもので終わらせない。
終わらせるものか。
「まったく、愚かなことです。あのまま死んだふりを続けていた方が、まだ救いはあったかもしれないのに」
言いながらアレクセイが作り出したのは、さっきと同じ鉛色をした水の球体だ。そこに少女を閉じ込めることはさっきと変わらないが、見るにもうまともに藻掻く力も残っていない様子。
それでは見ごたえがないし、つまらない。
というかそうだ、死なれると困るのだった。
なので、やり方を変えよう。
刑を執行され苦痛に喘ぐ罪人の表情が、よくよく窺い知れるように。
水面から顔だけは出してやって、そこにバチバチと放電をくれてやる。
たちまち振り絞るかのような少女の苦鳴が、回廊に響いた。
おおなんだ、思ったよりまだ鳴けるじゃないか。
いいぞ、その調子だ。
大罪人に相応しい、苦悶に満ちた声をもっと聞かせろ。
ほれ、ほれほれ。
強弱を調整しながら、なんども水面を突いては嘲笑う。
何回も、何回も、それを続ける。
絶え間なく繰り返す。
楽しかった。
夢中になってやった。バチバチ、ツンツン。
まただんだん活きが鈍ってきているが、それでもやめない。
止めない。
途中、ふいに思う。
あれなんで自分はこんなことをしていたのだっけと。
もとはと言えばこの少女を、助けようとしていたと思うのだ。
それが、なぜ? どうして? こうなったのだったか。
忘れてしまった。まぁいいか、愉しいから。
こうして突くたびに、死にかけの魚みたいにピクピクなって面白いから。
理由なんてそれで十分ではないかと、童心に帰ったかのようにアレクセイはそれを続けて、続けて――。
さぁこれでフィナーレだと、ドプン。
顔まで水中に沈めてからありったけの電流を流してやろうとした、そのときだった。
ドゴォンとすさまじい衝撃に見舞われたアレクセイの体躯が、またも通路の最奥まで吹き飛ばされたのは。