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1-7.「私が森で魔女をしていた本当の理由」


 実はまだ、私にはゼノンさんに打ち明けていないことが1つだけあった。


 何も、隠していたわけではない。

 ただ確証が持てなくて、もしかしたら私がとてもうっかり、トンチンカンな思い違いをしていただけかもしれなくて。の当たりにしても説明がつかなかったから、なかなか言い出せずにいたのだ。


 だけど――。

 やっぱり、おかしい……。


 ゼノンさんについて森道を下りながら、私はおどおどと周囲に視線を巡らせていた。辺りには今や、異様なまでに濃い霧が立ち込めている。それも森の外側へ向かえば向かうほど、だんだん深くなっていくような。


 それこそ正確な方向感覚も曖昧あいまいとなってくるほどの。

 ちなみに私がこの現象に出くわすのは、今回が初めてのことではなかった。


 もう何度もだ。

 それもあって、私はしきりに付近の様子を伺っていて。

 そうやって左右ばかり気にしていたから、前方への注意がおろそかになっていたのだろう。


「あぅ」


 ドテンと尻餅をついた。

 気持ち柔らかめの、でもすごくどっしりしたものにぶつかったので何かと思えば。


「あっ、ごめんなさい……」


 むぅと不機嫌そうな顔で、私を見下ろすゼノンさんがそこにいた。

 どうやらいつの間にか立ち止まっていたらしい。


「おまえ……。そういうことかよ」

「え……?」

「ちぃ、めんどくせぇな」


 後ろ髪をガリガリ、舌打ち交じりにそんな悪態あくたいをつかれてから。


「え、なんですか!? ちょっ、わ……!」


 猫を摘まみあげるみたいに、首筋あたりから服ごと引っ張り上げられた。そのまま米俵こめだわらみたいに担ぎ上げられ、何事もなかったかのように歩みを再開されて。


「あ、あの……ゼノンさん!?」

「いつからだ?」


 いったい何事かと、慌てふためく私に短くゼノンさんは尋ねた。


「いつから抜けられなくなったんだよ」


 その問いかけが核心をつくもので、私は視線を彷徨さまよわせてから答える。


「分かりません……。でも、もうずっとです。少なくとも、私があそこで魔女のフリをするようになってからは……」


 ――そう。


 私がこの森で魔女を続けていたのは、暮らしを守るためだけではない。

 そうするよりない理由が他にあったからだ。


 いつからだったのかは定かでないけれど。

 私はずっと、この森から脱出することができなくなっていた。



 ◇



 何かがおかしい。

 最初に異変に気付いたのは私がこの森にきてから数週間後、久しぶりに人街に下りようとしたときのことになる。


 このままではいけないと思ったのだ。

 幸い屋根のある暮らしを手に入れ、木の実や川魚なんかを取って飢えはしのげている。

 今のままでもどうにか、生活は続けていけるだろうけれど……。


 やはりもう少し基盤を安定させるには、きちんとした収入源が必要だと思った。

 先のことを考えても。それで「よし、バイトしよう!」と思い立つ。


 善は急げとさっそく、私は森道を下っていった。

 私はまだ子どもだけど、今のところ冒険者たちも森に住まう魔女がまさかこんなちんまい子どもだなんて夢にも思っていない様子だし。


 同じように見た目さえ誤魔化してしまえば、年齢的なところもある程度どうにかなるだろうと。そんなちょっとした自信もあって、意気揚々だった。やる気だってこんなにあるぞと、面接に備えたイメージトレーニングも重ねて。ところが――。


 少しずつ、何かがおかしいことに気付き始める。

 もうとっくに山道を抜け出してもいいはずの頃合いなのに。


 いくら森を進んでも、その終わりが見えてこないのだ。

 最初は道に迷っただけかと思った。

 やけに霧が濃いな、とは最初に私も感じたことだったから。


 でも、それとも少し違うように思う。

 まるで同じところを何回も、グルグル回っているかのようで。


 結局その日は諦めて、また別の日に再チャレンジしたのだけれど。

 やっぱりまた霧が立ち込めて、いつまで経っても森の終わりが見えてこない。


 翌日も、その翌日も結果は同じだった。

 進んだはずの距離と、引き返すまでにかかる時間がまったく釣り合わなくて。


 このとき、やっと私は気付いたのだ。

 どういうわけか、自分がこの森から出られなくなっていることに。



 ◇



 と、そんな自分でもよく分からない現象について、私はかつがれたままおずおずとゼノンさんに打ち明ける。


「それから何回も森を出ようとはしたんですけど、うまくいかなくて」

「ここまで冒険者が何人も来てたんだろ。そいつらの後を追ってこうとは思わなかったのか?」

「それもやりました。でも……」


 我ながら現実味がなくて、そこで口ごもってしまう。

 それでもゆるゆると首を横に振りながら、ありのままを伝えるしかなかった。


「どうしても途中で見失ってしまうんです。丁度、これくらい深い霧にさえぎられてしまって」

「だろうな」

「え?」

「で、なんで昨日は言わなかったんだよ」

「それは……言っても信じてもらえないと思ったから」

「まぁ無理もねぇか。ところでおまえ、『迷宮ダンジョン』って知ってるか?」

「え、ダンジョンですか?」


 ふいにそんなことを聞かれ、何のことかと目をまばたく。

 その言葉自体には耳覚えがあるけれど。


「確か、魔力の強い土地に発生する地場みたいなものだって本で読んだことがあります。通常ではあり得ないことがたくさん起こる、不思議な場所だって」

「実際はそんなかわいらしいもんじゃねぇけどな、まぁ大体あってる。で、それだけか? 心当たりは?」

「もしかしてこれが、その『迷宮ダンジョン』だって言ってます?」

「そういうこった」


 そんなことがあるのかと困惑する私に、ゼノンさんは続ける。

 面白そうに指を2本立てながら。


「おまえも魔女の端くれなら覚えとけ。迷宮ダンジョンには2種類ある。1つは自然発生するタイプ。この山も頂上付近ならもしかしたらお目にかかれるかもしれねぇが、こんなふもとの辺りじゃまずあり得ねぇ。だったらこれはもう一方、作為的に作られたものってことだ」

「作為的にって、誰かが作ったってことですか? 何のために?」

「さしづめ罠ってとこだろ。そうだな、食虫植物みたいなもんだ。せっかく中にかかった獲物を逃がさないためのな」

「ええと、どういう……?」

「そろそろか」


 いったいどういうことかと眉根を寄せたそのとき、ボコンと近くの地面から何かが這い出す。視界の悪い霧のなか、幾本ものそれが空に向かってギュルギュルと伸び上がって。


「なにアレーっ!?」

「大歓迎だな。ずいぶん、おまえのことが気に入ってるらしいぜ。――この森は・・・・

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