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6-22.「ドリップ」


 いったい、何が起きた……?

 何が起きたと、いうのか……?


 ドゴォンとなって最初の、まるで青天の霹靂へきれきかのような衝撃に見舞われたとき。

 その身に何が降りかかったのか、アレクセイはまったく理解が及んでいなかった。


 パチンと妙な物音があったことに遅れて気付いて、咄嗟に振り返ったのがつい今しがたのこと――だったはずだ。そしたらもう目のまえには、まばゆいまでの巨大な光がズイと迫っていて、まるで全身でデコピンを受けたかのような、すさまじい衝撃に見舞われる。


 バチィンと体ごとはじき飛ばされ、気付けば石壁に頭から突っ込むまま『大の字』になっていた。それで今こうして、今にも落ちてきそうなくらい、不穏に盛り上がった天井を見上げているわけだが。案の定、数秒ともたなかった。


 ドスドスドスンと、枕みたいな大きさのそれが頭のうえから降り注ぐ。

 視界が、意識が。一挙に闇と重みのなかに閉ざされた。


 寸前、咄嗟に手を忍ばせていたのは自身のふところだ。

 そこに、とても。とても大事なものを入れていたから。


 たとえ頭が割れようとも、そっちだけは割れてほしくないと思えるくらい。

 ずっとしたためてきた、大切な贈り物を。


 いつかきっと、この手で渡すのだと決めていた。

 心の支えにしてきた。だからそれだけは、壊れてほしくなくて。

 その一心で、ぎゅっと握り込もうとしたのだ。


 でもダメだった。

 もうすでに、壊れていた。

 視界が闇に閉ざされていようとも、指先の感触からイヤというほどそれが伝わってくる。


 ああ……。

 言いようのない諦観が、絶望が。

 心を満たし、広がっていくのを感じた。


 みていく。

 どこまでも、仄暗ほのぐらく。


 なぜ、どうして。こうなった、と。

 止めどない疑問となって溢れ出す。


 だってこれはミレイシアのために造って、やっと完成にこぎ着けたあの回復薬ポーションだ。彼女を分かりきってやることができなくて、そのほとんどはこの手で割ってしまったけれど。どうしても割り切れずに残った、これが最後の1本だった。


 御守おまもり代わりに、ずっと持ち歩いていたものなのに。

 それなのに――。


 これではもう、渡せないではないか。

 もう二度と、叶わない。


 なぜ……?

 いったい誰が、こんな酷いことを。


 自分はただ、彼女の喜ぶ顔が見たかった。

 それだけなのに、なんで……?


 あまりにあんまりで、もの悲しくて、涙が込み上げた。

 いくら食いしばったところで抑えなんて効かないほどの怒りと悔しさに、たちまち心を侵される。ドス黒い感情が一気に煮えたぎり、支配される。


 許せなかった。これをやった奴が。

 もう何だってよかった。

 そいつにこの報いを受けさせることができるなら、なんだって。

 自身のことでさえも。


 そんな激情に駆られるまま、アレクセイは決める。

 こうなったらと半ば投げやりに、最後の手段に打って出ることを。


 もう渡せなくなってしまったこの回復薬ポーションを、いまここで飲むのだ。

 なに、体は動かせないが造作もない。

 回復薬ポーションといえど、『水』であることに変わりはないのだから。


 『水』であるなら、操れる。口元まで運べる。

 それでほんの一掬いでも口に含めば、すぐに立ち上がるくらいはワケないだろう。


 だが問題は、これが純粋な人間用ではないということだ。

 これは言わば、魔女と魔女狩りの中間にあるミレイシアのために作った劇薬。たとえ一滴だとしても、人の身である自分が口に含んで正常に作用するような代物ではない。


 リスクは、あまりに大きい。

 寿命を縮める危険すらある。


 だがもう、どうでもよかった。

 何だって構わない。


 今すぐここから起き上がって、この極まるまでの愚行・蛮行を犯したれ者を。人の原型すらも留めないほどにぐちゃぐちゃにできるのなら、なんだって。


 ミレイ、シア……殿――。


 意識の消えかける寸前、アレクセイは最後にその名に願った。


 どうか……。

 どうかこの身に、ご加護をと。


 そうしてピチョンと優しい味わいが口内に弾け、たちまち広がる。

 そして――。

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