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6-20.「押し寄せる」


 人知れぬ地下に轟いた、バチバチとつんざくような雷鳴とすさまじい閃光。

 それが収まってからもしばらく、アレクセイはその場から動けずにいた。


 上着を脱いでシャツ一枚、全身汗だくとなった上半身を動悸どうきさせるようにして、ハァハァと荒い呼吸を繰り返す。まるで取りつかれたみたいに、深く吸っては吐いてを何度も、何度も。


 だがいくらそうしたところで、ちっともしずまってはくれなかった。

 この全力疾走した直後のように乱れたひどい息切れと、さっきから沸き立ち煮えたぎって仕方のない、この感情のたかぶりばかりは。


 最中さなか、ふいに傍らを見やれば――。

 そこにあったのは、全身鏡に映り込んだ自身の姿だ。


 髪は乱れ、顔色も真っ青になっている。

 まったく、我ながらひどい姿ではないか。

 血に飢えた野獣のようだ。


 だがそれも仕方のないこと。

 やってしまった。それほどのヘマを。


 もはや取り返しの付かない大失態ポカを。

 たったいま、この手で。


 そうして震えつゆだく自分のてのひらを、どれほど見下ろしたときだろうか。ゴクリと生唾を呑んでから、ようやくとアレクセイは心を決める。


 かたくなにらし続けていた視線をゆっくりと、重々しく。

 少しずつ上へ、上へとズラして。


「ッ……!?」


 思わず声が漏れてしまったのは、やはりそこに直視したくない光景が横たわっていたからだ。分かっていたこととはいえ、あまりに凄惨で無惨な現実リアルが。それをやったのがまさか自分ともなれば、尚のこと。


 鎖に吊るされたまま、もはやピクリとも動かなくなった白髪はくはつの少女。

 変わり果てたアリシア・アリステリアの姿が、そこにあったからで――。


 オロオロと近づき、アレクセイは胸もとに耳を宛てて確かめる。

 聞こえるはずの鼓動が、心音が聞こえない。

 いまや少女の呼吸も心臓も、完全に止まってしまっていることを。


「ち、違う……。私は、そんなつもりじゃ……! 決して、わざとなどでは……!」


 そのうえで戸惑いを露わとし、誰にともなく申し開きながら後ずさる。

 トンと背中が石壁にあたってそれ以上、下がれなくなるまで。


 どうして、こんなことになったのか。

 放心したようになりながら、アレクセイは直前にとった自らの行動を振り返った。


 はずみだった。

 つい力が入りすぎてしまったのだ。


 用意していた真実薬がついに底をつき、いよいよ打つ手も無くなってしまって。あとは残された時間内でひたすら少女を弱らせ、薬の効力が巡ってくれる奇跡に賭けるしかなかった。


 焦っていたのだろう。

 感情的になっていた。

 冷静ではいられなかった。


 残されたチャンスを最大限に活かそうと躍起で、必死で、何より懸命で。

 そしてその顛末が、現状これである。


 目の前では電圧に身を焼かれてすすだらけ、衣服も体もボロボロになった少女が生気もなく、ただ鎖に吊るされるままとなってぶら下がっていた。


 やってしまった、と。

 たちまち押し寄せるのは、深い悔悟と。


「――ハッ……ハハッ……!」


 この身の滑稽こっけいさを思えばこそ、禁じ得ない空笑からわらいだ。

 それがだんだんヒヒッ、ウックとなって、盛大に声を上げての高笑いに変化する。

 もはや、止まらない。止められない。


 だってこんなの可笑おかしいではないか。

 まったくもって笑える。


 実にバカバカしくて、下らない顛末だ。

 大チョンボも良いところの大傑作で。


 ようやく掴んだ真相への手がかりを。

 あと一歩で届きそうだった真実への道を。

 よもや自ら、閉ざしてしまうだなんて。


「ヌアアアアアアアアアーッ!!!」


 静謐せいひつから一転、アレクセイは咆哮する。

 声にならない声で濁った怒号を打ち上げる。それは自身への怒りだ。

 やりきれなさ、不甲斐なさからくる、抑えようのないドス黒い激情。


 怒り任せに振るった腕で卓上にあった資料も、機器も。

 すべてを一挙に薙ぎ払うようにして、壁に叩きつける。

 叩き割った。


 暴れて、暴れ狂って。

 狂乱したかのように、目に付くもの全部を破壊して。


 そうしてどれほどの時間が過ぎたときだろうか。

 気付けば一人、木椅子で顔を覆うようにしてアレクセイは項垂うなだれていた。


 もうおしまいだと、すべてを諦めて。

 だって少女は、死んでしまった。

 あやめたのだ。自分が、この手で。


 当然だろう。

 それほどの全力投球で、ありったけの魔力を込めた雷槍を放ってしまったのだから。

 何より確かな手ごたえがまだ、生々しいまでにこの手に残ってしまっている。


 だからもう、終わったのだ。取り返しが付かない。

 何をどうしたところで、二度と戻りはしない。

 そんなの分かりきったことだから。


「とんだ道化だな、私は……」


 そのまま額を抑えてしばらく、沈鬱とするアレクセイだった。

 罪のない一人の少女をこの手にかけてしまったことへの贖罪の念と同時に、最後まで救い出してやることのできなかった自身の無力感に心を浸しながら。


 いくら悔やんだところで、悔やみきれない。

 決して、できないが――。


 いつまでも、こうしているわけにはいかない。

 やがてはそうまぶたを開けて、音もなく。

 ゆっくりとその場に立ち上がるアレクセイだった。


 何故ならば――。

 はかなくも、すでにうしなわれてしまった少女の命。

 それに報いる手段はただ1つ、突き進むしかないからだ。


 残された者が明日を見据え、たがえず同じ道を進み続けること。

 戦い続けることでしか、犠牲になった者たちを『意味』という光で照らすことはできないから。


 なればこそ、ここで自分が膝を折るわけにはいかないのである。

 だって自分にはまだ、救うべき相手ひとが。

 ミレイシア・オーレリーが、残っているから。


 だから――。


「無駄にはしません、決して……。決して……っ!」


 最後にじっとまなじりで見据え、アレクセイは告げる。

 グッと涙を堪えながら物言わなくなった少女に向けて、そのせめてもの誓いを。


 そうして彼女という犠牲を振り切ってから思考をフル回転し、練ったのはこれからの算段だ。なにせ自分が犯してしまったのは、よりにもよって魔女殺し。事故とはいえ、が黙っているはずがない。


 必ずや報復に乗り出してくるだろう。命を狙われる。

 ともすれば、セレスディアに留まるという選択肢だけはありえなかった。

 一刻も早く、国外へ脱出しなければならない。


 そう、これは敗走だ。

 だが今は苦渋を呑んででも、体勢を立て直すべきとき。

 そうしていずれはあの魔人のとがを暴き、ミレイシアを――。


 そうなると差し当たっての問題は、この死体をどう処分するかだ。

 少しでも逃げる時間を稼ぐためにはやはり、発見自体を遅らせることが肝になるだろう。


 薬を用いたそれらしいやり方はすぐに浮かんだが。

 もう猶予がない。今ここでできることは限られる。

 そうなるとリスクはあるが、いったん此処から運び出して別のところで……。


 ええい、なぜ私がこんなことを!

 これではまるで、ただの犯罪者のようではないかっ!?


 頭のなかでぶつぶつと、室内を歩き回りながらそんな苛立ちに歯噛みしていたときだった。

 パチンと、背後で何か固そうな物音が響く。


 最初、アレクセイはそれを無視した。無視しかけた。

 この緊急時に、些末なことに構っている余裕なんてなかったからだ。


 何よりこうして集中して物事を考えているときは、他のものに気をやりたくなかった。だからその看過は多少のことなら歯牙にもかけまいとする、アレクセイの常習エトス的な判断機構によるもので。


 しかしふと、立ち止まる。

 咄嗟に無意識に、割いてしまっていた思考の断片が。

 その物音の心当たりに、ついに行きつかなかったからだ。


 集中していたせいか音自体もたぶん、本来よりかなり小さくなって聴こえていたように思う。だとしたら、なんだ。今のまるで、黒鉄くろがねが砕け散るかのような金属音は――。


「……えっ?」


 自身の影が伸び、振り向いたときには遅かった。

 目のまえにズイと、洪水が如く。


 並々ならない量の『光』が、押し寄せていて――。

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