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6-19.「それがいい」


 どうして、こんなことになったのだろう……?


 もうほとんど消えかけてしまった意識のなかで、私の考えていたことはそれだけだ。どうにか捻り出そうとはしてみたのだ。


 どうしたら、この終わりのない苦しみから抜け出せるのか。

 彼に納得してもらえるような、辻褄つじつまの合う答えを見つけられるのか。


 でもダメだった。

 それを用意させてくれるだけの時間を、猶予を。

 彼は刹那として、私に与えてはくれない。


 閉ざされた水の中への幽閉と解放は、休む間もなく立て続けに行われた。

 囚われる寸前、できるだけ多くの空気を肺にため込もうとする努力に意味はない。


 結局そのすべてが尽き、苦しさの限界に達するまで終わらないからだ。

 彼も懸命に、訴えるみたいに言っていた。なるべく息を吸わないで。

 それだけ苦しむ時間が長引いてしまうからと。


 でもそんなことはできなかった。

 体が勝手に反応してしまうのだ。

 それでまた息を整える間もなく、同じところに閉じ込められて。


 苦しかった。

 もがくこともできない水の中は。


 暗くて冷たくて、すべての音が遠くて。

 何より終わりが、見えなくて――。


 でもやっとそれが、少しだけ途絶えて。

 私は懸命に考えようとした。生き残るために。

 ヒューヒューと、なんだか隙間風みたいになってしまった自分の呼吸音を聞きながら。


 気づけば、彼の姿がすぐそこにあった。

 ゴソゴソと何かしている。

 私の腕に、また注射針を近づけている。


「やめ、て……」


 もういやだった。

 なにかも分からない薬を、これ以上体に入れられるのは。


 やめてと伝えた。でもそうすることに意味はない。

 チクリとなって、途端に頭がひどくぼんやりする。

 何も考えられなくなる。


「――教えてください。あなたは今、何を思いますか?」


 そして見下ろす彼からのふいの問いかけに、私の口は勝手に答えを紡いでいた。この局面で絶対に口にしてはいけないと、分かりきっているその回答こたえを。


「助けて……。ゼノンさん……」


 次の瞬間、バチリと彼の手に紫電が迸って――。




 それからどれくらいの時間が経ったのか、もう私には分からない。


 何も感じない。

 寒さも、痛みも、何も。


 ただ遠くで、声がした。怒っている声が。

 何故だ、何故なのかとひどく当惑し、切羽詰まったようなそれが。


 どうしたのかと見やれば、なるほど。

 近くには、やっと空っぽになってくれたらしい薬の小瓶が転がっている。


 それはそうだよと、私は心の中で答えた。

 だって彼の欲しがっている真実なんて、最初からどこにもありはしないのだ。


 いくら求められたって、無いものは差し出せない。

 たったそれだけの、至極当たり前のことだから。


 だけどもう、それを彼に伝えることはできない。

 もう何も残ってはいない。

 顔を上げることはおろか、声1つあげる気力だって。


 そのときまたバチバチと、体の中を何かが駆け巡っていった。

 そんなことをしたってもう、何も答えてはあげられないのに。


 どうして、こんなことになったのだろう……?

 答えは結局、今も見つからないままだ。


 候補はいくつか浮かんだ。

 でもそのどれも、いけないことだったなんて思えない。

 思いたくない。


 だって何も、間違ってなんかいなかったはずだ。

 魔女狩り試験に出たことも、セレスディアにきたことも。

 そして私が、魔女だったことも。何も――。


 でも、だったら。

 なんで……?


 ポタリ。

 温かいものが頬を伝って、流れ落ちる。


 だけど、それっきりだ。

 それっきり、私はもう答え探しをやめた。


 だって今、目のまえでまた大きな稲光が錬成されつつあるから。

 私がちゃんと答えないものだから、どうやら彼の感情は――怒りは、振り切れてしまったらしい。


 あんなのをまともに受けてしまったら、きっともう助からないだろう。

 それが分かってしまったから。


 ウンウン悩みっぱなしの終わり方なんてイヤだ。

 だから、最期はうんと楽しいことを考えよう。


 生まれ変わったら何になりたいとか。

 楽しかった思い出とか。


 あとは、そう――。

 お世話になった人への、感謝とか。


 うん、そうだ……。

 私の最期は、それがいい。


 たくさんの人の顔が浮かんだ。

 孤児院にいたころも、セレスディアに来てからも。


 今までに会った数えきれないほど、たくさんの人たちが。

 でもやっぱり、中でも飛びっきり大きいのはあの人になる。


 それくらい、嬉しかったのだ。心から。

 一人っきりだったあの森から、私を連れ出してくれたあのとき。

 自分から振りほどいた手を、影でこっそり繋ぎ直してくれていたことが。

 ありったけの言葉で感謝を込めても、ぜんぜん伝えきれないくらいに。


 それ以外にも、お礼を言いたいことは山ほどある。

 謝りたいことも、同じくらい。

 いやもしかしたら、それ以上かもしれないけれど。


 だからこそ、これからきっちりお返ししていきたかった。

 貰ったものに報いられるだけの何かを、少しずつでも。

 大人になってからでも。


 だけどもう、それはできないみたいだから。


 ――ありがとう、ゼノンさん。


 せめて心の中で、そう伝える。

 次の瞬間、迸るいかづちが私の体を貫いて――。

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