6-14.「コントロール」
アリスという少女が実在せず、おそらくその正体はアリシア・アリステリアというまったく別の少女の成り替わった姿ではないか。
それは調査の末にアレクセイが行きついた、あらぬ推測になる。
我ながら突拍子もなくて、かなり期待薄な望みとは覚悟もしていたが。
結果はまさかもまさかの期待値通り、その仮説が紛れもないクロであったことが判明して。ともすればアレクセイの行き詰まっていた捜査は、ここから一気に進展を見せる。
だってそうであるならば繋がる、繋がる。
状況のあらゆるが符合するし、説明もつくのだ。
何故ゼノンがあの少女に、『アリス』という別人を演じさせていたのか。
何故ミレイシアがあんな下らない男に気をやった末、治癒の魔力を失うこととなったのか。
バラバラだったピースが過不足なく一致し、たった1つの真実として整合するのである。やはり最初に立てた仮説こそが、正しかったのだと。
やはりゼノン・ドッカーは恐るべき魔性を秘めた怪人だったのだ。
そしてやはりミレイシアこそが、奴にすべてを奪われた最大の被害者で。
「…………」
アレクセイは逡巡する。
確かにまだ、確実と言える証拠はないかもしれない。
だがここまで悪しきを見定めておきながら、それを理由に引き下がることを果たして正義と呼べるのか。そんな自分を明日からも誇っていけるのか。胸を張って、歩いて行けるというのかと。
これまで通り、臆面もなく……?
それは違うだろう、アレクセイ・ウィリアム。
今までだって、ずっと届いていたじゃないか。この耳に。
ミレイシアのすすり泣いている、その声が。
聞こえていなかったとでも言うつもりか?
ふざけるな。いい加減、気付け。
今までお前が何もしてこなかったから、彼女はずっと悲しいままなのではないか。
まだ同じ過ちを重ねるつもりなのか。
自分が気付いていればとあれほど悔悟したのに、未だ。
だとすれば、もう……。
私はお前を、断じて赦さないぞ。
もう言い訳はやめろ。臆病風に吹かれるな。
真実相当性としては、もう十分すぎるものが揃っているのだ。
ならば後は、ただ立証すればいい――。
鎮めた呼気とともにそう己を鼓舞し、決意を固めるアレクセイだった。
こうして彼は間もなく、立てた算段を実行へと移すことになる。
すべてはゼノン・ドッカーの下劣な悪性を暴き、最愛の彼女――ミレイシア・オーレリーを暗闇のどん底から救い出すために。
魔人ゼノン・ドッカーにもっとも近しい手がかり、アリシア・アリステリアの誘拐を。
◆
こうしてようやく、時点は現在へと帰ってくるわけだ。
正義の名のもとに、アレクセイが企てたのはアリシア・アリステリアの誘拐計画である。怪人ゼノン・ドッカーの正体が紛れもない悪であることを白日の下に晒すため、もっとも手近な証人となるのが彼女だろうと、そう踏んでの強行策だった。
しかし拍子抜けなのは、まさかこうもあっさり連れ去れるとは思ってもみなかったことだ。正直、作戦においてそこがもっとも苦慮するポイントだと見込んでいた。
いかにゼノンの目を忍び、少女の身柄を抑えられるかが作戦成功のカギになるだろうと。ところがどうだ、綿密な作戦を練ろうと2人の様子を伺ってみれば。
まったくと言ってよいほど、ゼノンと少女が接触しないのである。
いや正確には、そうしようとする少女をゼノンが徹底的に跳ね付けていた。
まるでもう、用済みとでも言うように。
(もしかしたら、本当にそういうことなのかもしれないが。)
いずれにせよアレクセイにとっては僥倖だった。
ウハウハだ。何せゼノンと相対するリスクをほぼ犯すことなく、ターゲットをここまで連れてこられたのだから。
ということで、ここまでは完璧に計画通り。
まさか対魔女用にと超特別仕様に調合していた麻酔薬が途中で切れてしまうなどと、そんな腹立たしいアクシデントを除けばのことだが。
しかしまぁ、そこは寛容になってやるとしよう。
なにせコイツには、これから聞き出さなければならないことが山ほどあるのだ。
そんなことでいちいち青筋を立てていたら身が持たない。
そう仏の心に直り、再び視線を腕時計に落とすアレクセイである。
カチコチと刻まれる秒針から読み取るのは、今ごろ外でこの少女が消えたどこだと騒ぎ始めてるだろう魔女狩りたちが、ここを突き止めるまでの残り時間だ。
さすがにたっぷり無限というわけにはいかないが、こちらが用事を済ませるくらいの猶予は十分にあるはず。こちらの準備もいよいよ大詰めに差し掛かり、それが終われば丁度、少女も目を覚ます頃合いだろう。
まったく、我ながらホレボレするムダの無さだった。
あとは何事もなく、互いに利のある談話になることを願うばかり。
もし聴取がスムーズに終わり時間が余れば、労いにあたたかいミルクくらい淹れてやらんでもない。そんな優雅な心地でいたからこそ、尚のこと業腹だった。
「――あ、う……?」
またも予定よりずっと早く薄目を開けてきた少女に、「ああん?」とビキリ青筋を浮かせて。
そして、結論から述べよう。
何事もなくスムーズに終わればだなんて、そんなのはやはり儚い幻想だったのだ。
哀しいことだが、アレクセイは間もなくそれを悟ることになる。
まさかこんなに幼い少女までもがとは、できれば考えたくないことだったが。
彼女もまた、ミレイシアと境遇を同じくする奴の被害者。
魔人ゼノン・ドッカーに精神を、操られていて――。




