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6-11.「目撃してしまった蜜月」


 ようやく完成にこぎ着けた特注ポーションを、最愛の彼女――ミレイシア・オーレリーに最高のシチュエーションをもって献上けんじょうするために。


 遠巻きから彼女の普段生活を観察していたところ、そこに現れたのはアレクセイの予期せぬまさかの人物。忘れもしない。かつての怨敵おんてきが1人、ゼノン・ドッカーだった。


 瞬間、アレクセイは食い入るように目を見張る。

 なぜ奴がここにいるのかと。


 何かの間違いであることを願いたかった。そうだ。

 冷静に考えて、ミレイシアの待ち人が奴なんてことあるはずがない。


 あるものか。

 だからこれはきっとたまたまで……。

 2人が偶然この場に居合わせただけのことで……。


 だがそんな切望も虚しく。

 小岩に腰かけながら足をプラプラさせていたミレイシアが、後からやってきたゼノンを見つけるなり元気に手を振り返すのだ。そしてピョンと飛び降りるとたったと駆け寄り、彼女もまたゼノンを迎えに行って――。


「そんな……」


 受け入れがたい現実が、そこにあった。

 しばらくして、2人が肩を並べて森の奥へと立ち去っても。

 アレクセイはその場から動けず、ただ茫然とするしかなかった。



 ◆



 いったい何が起きているのか。

 なぜ片時として忘れることのできなかった想い人が、同じほど憎らしくも思ったかつての仇敵と関わり合いを持っているのか。


 その真相を確かめるべく、より一層熱を込め『偵察』に臨むようになったアレクセイである。やっぱり考えすぎだったのではないかと、一時は心の平穏を取り戻しもしたのだ。


 なにせ翌日からミレイシアの生活サイクルは、またもとの規則正しいそれに戻ったから。ともすればあれはあの日限りの、自分が思っていたよりずっと業務的な何かだったのではないかと。


 そうだ、そうに決まっている!

 そんな観測的希望をいだきもした。


 ところがあくる日、またもミレイシアは屋敷を抜け出して一人、あの丘へと向かうのだ。まさかと思えばそのまさか、やっぱりそこにもゼノンが現れて。そんなことが何回か続いた。


 なんだ、奴らはいったい何をしている!?

 アレクセイはいよいよ躍起となった。


 2人がどんな会話をしているのか、どうにかその片鱗だけでも聞き取ろうと身を乗り出すが。ダメだ、遠すぎて聞こえない。ただとにかく仏頂面のゼノンをまえに、ミレイシアはいつも笑っていて。ずっと、楽しそうで。


「そんな……」


 ――やめてくれ。


 ぽつり、消え入るように心の中でそう嘆願した。

 だってミレイシアのそれは世界でただ1人、自分だけに向けられていてほしい輝きだ。


 ほかの誰かが私有することなど、あってはならない。

 許されないのに……。


 どうしてなんだ、ミレイシア。

 なぜそんなロクでもない奴と一緒にいる。

 そうも仲睦まじげにしながら2人、肩まで並べて歩いて――。


 イヤだ……。

 イヤだ……!


「やめてくれえええっ!!!」


 気づけば衝動のままに叫び、アレクセイは走り出していた。

 今にも泣き出しそうになりながらバタバタと、手足を投げ出すようにして追いかける。


 また2人が、ミレイシアが。

 どことも知れぬ森の奥へ姿を消してしまう、その前に。


 いや――。もう調べは付いているのだ。

 その奥にあるのはゼノン、お前の自宅だろう。

 お前たちは今から、2人でそこへ向かうのではないのか。


 いったい何をするつもりなんだ。

 ミレイシアを自宅に連れ込んで、いったい何を。


 やめろ。

 聞きたくない、考えたくない。

 だって彼女は、底抜けに明るいのだ。


 心が澄みきっていて、けがれというものを知らない。

 どこまでも無垢むくで、純粋で。

 人を疑うことさえ覚束おぼつかなくて。


 分かるだろう?

 お前なんかとは住んでいる世界が違うんだ。

 

 だから早く、彼女から離れろ。

 悪いことは言わない。


 さっさとその場所を自分に譲って、もう手を引け。

 おまえに彼女は眩しすぎる。


 その点、自分ならば彼女の優しさを、慈愛の心を。

 もて余すことなく、受け止めてやれるのだから。


 ミレイシア、おまえもだ。

 そいつは危険だ。

 ロクでもないやつなんだ。


 知っているだろう。

 そいつが人々から何と呼ばれているか。

 『呪鎖』だ。『侵蝕』だ。


 ついこないだ、ケインのことがあったばかりじゃないか。

 そいつだって、似たようなことを考えてるかも分からないんだぞ。


 大丈夫だ、安心しろ。

 おまえに相応ふさわしい男は、もっと別にいる。

 ここにいる。だから――。


「ミレイ、シア殿……? ミレイシア、どこだっ!?」


 そこでついに、アレクセイの足が止まる。

 見失ったのだ、完全に。2人の姿を。

 ともすればもう追跡の術はない。


 がくりとその場に膝をつき、むせび泣く。

 あらん限りの声で虚空に、彼女の名前を泣き叫んで。


 結局、それがミレイシアを見た最後だ。

 アレクセイから彼女に会いに行くことは、もう二度とないまま――。

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