6-10.「愛しの貴女へポーションを」
こうして専攻を『毒』から『薬』へ、華麗なる一気転身を果たしたアレクセイである。
いつか再びミレイシアの隣に並び立つため。
そしてあの輝かしい時間を、この手に取り戻すために。
アレクセイの燃やした執念は、それは凄まじいものだった。
目の色を変え、取りつかれたように薬の研究に没頭する。
途中何度もサジを投げかけたのは、やはり薬には『完全』がなかったからだ。
どんなに尽くしたところでそうならないものに、ありったけの心血を注ぎ込む。それはやはり完璧主義のアレクセイにとって、半身を引き裂かれるような痛みを伴う苦行だった。
もう無理だ。私にはやっぱり……。
何度そう頭を抱え込み、挫折しかけたことか知れない。
だが――。
『大丈夫ですよ、アレクさん。アレクさんなら、きっとできるはずです』
その度に心の中のミレイシアがぽわわんと現れ、励ましの言葉をくれるのだ。すでに術を失った無力の手にその手をそっと重ね、囁きかけるみたいに。
あの雑念の一切を取り払い、心を濯いでくれるかのようなにっこり笑顔で。
そう優しく、微笑みかけてくれて――。
「ふっ、そうでした……。私としたことが、何を弱気になっているのか。こんなところで座っている場合ではないでしょうに。彼女を、待たせているのですぞ……!」
ともすればアレクセイは何度だって立ち上がれた。
挫けたのと同じ回数だけ不甲斐なしとまた己を奮い立たせ、何度だって蘇る。
そうだ。
ミレイシアの笑顔に心を奪われてしまったあの瞬間から、この身は、心は。
もう不死鳥になっていたのだと。
「きっとまだ、何かやりようがあるはずです。何か重大な、見落としが……」
そうしてイチから理論を見直してはフムフムし、無限の再試行に挑むアレクセイだった。
――しかしながら、結論から述べよう。
すべてはミレイシアのためにと一心不乱、それは並々ならぬ情熱と時間をかけて『薬』の研究に勤しんでいたアレクセイだったが。
その想いが成就することはなかった。
どころか、まさか思わぬ形で裏切られることになる。
ちなみにこのときアレクセイが取り組んでいたのが、ミレイシア専用のものとなる回復薬の開発だ。というのも確か『ほにゃららの定理』などと名前がついていたと思うが、早い話が自分の魔法は自分に使えないみたいな原理法則があるのだ。
つまりミレイシアの治癒は他人の傷は治せても、自分の傷となればささくれ1つ治せないということ。
ならばとアレクセイが目を付けたのがそこだった。
そうつまりは、そんな彼女のための特注ポーションをこの手で仕立てるということ。
実はオーレリー邸で過ごしていたとき、アレクセイは床に落ちていたミレイシアの髪をこっそり幾本か回収していたのだ。髪色には魔力の性質が色濃く反映されるというから、それを徹底的に分析・解析すれば理論上は可能のはずで。
でもこれが実に難題だった。
魔女があらゆる薬物に耐性を持ち、毒はおろか薬であるポーションすらも効きにくいとは聞き及んでいたことだが。案の定、その特性は魔女狩りの血筋でありながら女性に生まれてしまったミレイシアにも言えることだったのである。
つまりまずは抵抗力を弱らせる『毒』を巡らせてから、『薬』であるポーションを作用させる必要があった。
その調律を維持しつつ、1本化させることのなんと難しいことか。
それこそ気の遠くなるほどで。
ちなみにここで、うだつの上がらない三流からはきっとこんな質問が上がるだろう。
無理に1本化せずとも、2本に分ければ良かっただけの話ではと。
ならばアレクセイは、これだから素人はとウンザリ、首を横振りしよう。
だって考えてもみて欲しい。
こっちを打って少し時間を置いてからこっち、なんて2本セットのややこしいものを贈られたらどう思う?
よく分からないだろう。面倒くさいだろう。
ユーザーインターフェースというものを、少しは考えてみたらどうなのか。
1本にまとまっていてこそスマート、清廉さが際立つのだ。
調薬にあたり、アレクセイが何より執念を燃やしたのがそこだった。
やるならば、とことん。
完璧主義たる己がプライドにかけての挑戦で。
とまぁ、そんな余談はさておきだが。
どうにかこうにか完成にこぎ着ければ、残る問題はソレをどうミレイシアに手渡すかである。
作っているときは一張羅ではせ参じて贈呈したバラの花束のなかに、みたいな演出を考えていた。でもちょっとベタな気がするのだ。
もっとこう、彼女の心をぐっと掴んで離さないようなインパクトが欲しかった。
たとえばミレイシアの危機に颯爽と現れ、「お怪我はありませんかレディ」と姫抱きできるような胸キュン展開を。
そう、具体的には――。
適当な魔獣に『媚び薬』みたいなものを打ちこみ興奮させ、ミレイシアが良い具合に負傷したところでアレクセイが登場する。
すかさず幻覚剤みたいなものを打ちこんであっち行けしたら、たぶん片腕とかから血を流して倒れているだろう彼女を抱き起し「間に合ってよかった。私はこれをあなたのために」と特注ポーションを差し出すのだ。
いける気がした。
そうと決まればさっそくと、ミレイシアの身辺調査から取り掛かるアレクセイである。
作戦を立てるためにもまずは、彼女がどんなスケジュールで1日を送っているのか、その行動パターンの掌握から始めようとした。そしてその過程のなかで、衝撃の事実と出くわすことになるのだが――。
差し当たって赴いたのは、実にあれから数か月ぶりとなるオーレリー邸だ。
物陰から見つけた彼女は、相変わらず可憐で美しかった。
今すぐにも声をかけたい衝動に駆られるが。
そこはぐっと堪え、ひたすら手帳にペンを走らせる。
まだだ。
今はまだそのときではないと必死に、そう自分に言い聞かせて。
だがある日のこと。
今まで規則正しい生活を送っていた彼女が、何やら白昼に一人街を離れていくと今までにない行動パターンを見せたのだ。
いったいどこへ向かっているのかと後を付ければ、そこは街外れにある森の奥。
小高い丘の上だった。
様子から、誰かと待ち合わせているようとはすぐに察したが。
まさかだった。
そこに現れた黒い影に、アレクセイは金づちで頭を殴られたかのような衝撃に見舞われる。
「なっ、どういうことだ!? なぜ奴がここに……!?」
だってそうだろう。
「あっ来た、こっちこっちー!」みたいにミレイシアが嬉しそうに手を振る先に、少し前なら1日として忘れたことのなかった仇敵が一人。
ゼノン・ドッカーの姿が、そこにあったのだから。




