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6-7.「一目惚れの想い人」


 彼女は名前をミレイシアといった。


 ミレイシア・オーレリー。

 ここセレスディアでみても珍しい、魔女狩りの家系に生まれた女性である。


 『最初の魔女狩り』がそうだったように、魔女と人との混血は男性である場合がほとんどだ。少なくとも彼が生まれてから後の数百年、魔女狩りの血を引きながら女性が生まれたという記録は1つとして残っていない。


 故に近年まで、それは絶対の法則と思われていたのだ。

 魔女は繁殖のために交配を必要とせず、単独で自然妊娠したときは必ず女性を――つまり自身と同じ『魔女』を産み落とすことで知られているが。逆に人と掛け合わせた場合にのみ、必ず男性をはらむのだと、その摂理は。


 しかしその絶対が遡ること1世紀ほどまえ、初めてくつがえされることになる。


 マーレ・グランソニア。

 魔女狩りの血を引きながら生まれ落ちてしまった初の『女性』にして、リリーラ・グランソニアの実の祖母にあたる人物が彼女だった。


 それまで1つとして無かった例外が、なぜいきなりマーレという形で顕現けんげんしたのか。詳しい原因は今も分かっていない。突然変異のようなものか、代を重ねたことで何かしら『血の強弱』のようなものが逆転した結果なのか。


 ただ1つだけ確かなのはマーレの血を引く子孫らも共々、同じく女性であるということ。人間と交配してもその後、男性が生まれることはなかったのである。


 すなわち魔女の血は世代を継いでも薄まらないメカニズムを備えているのではないかと、今のところそんな仮説が有効のようだが。それ以外のことは、まだ何も分かっていないのが現状だった。


 ともあれ――。

 魔女は女性、魔女狩りは男性と決まっている。

 そんな固定概念を持つセレスディアの人々にとって、女性でありながら人間側を名乗ろうとする彼女らは異物でしかない。


 向けられる視線は一様に厳しいもので、自分たちこそ真の魔女狩りと堅持したがる貴族階級らからは罵声やつぶてをも容赦なく投げ付けられるし、あからさまな差別や蔑視に晒されているのが常だった。


 そして件のミレイシアもまた、そんな彼女らと同じくして生まれてきた『例外』の一人だったわけだが。


 初めて出会った瞬間のトキメキとも呼ぶべき躍動やくどうを、胸の高鳴りを。

 アレクセイは今日まで、片時とて忘れたことはない。


 先述したように毒物の研究に心血を注ぎ、ほぼ毎日のように地下室にこもっていたアレクセイだが。たまに地上に出向いたのは、できあがった試薬の成果を魔獣などを相手にテストするためだ。


 カットアンドトライの精神で、アレクセイはその治験・・作業を幾度となく繰り返していた。人目に付かず、強力な魔物も動き出す、主に深夜帯の時間を狙って。


 ところがある日、ちょっとしくじってしまったのである。

 猪突猛進と襲いくる魔獣に毒を撃ち込むことは成功したが、皮膚が厚かったためか。効き始めるまでの時間が計算したより数秒、余計にかかってしまったのだ。


 それでアレクセイ自身も深手を負ってしまって。

 幸い毒はちゃんと巡ってくれたようでドシンと巨体はすぐにもなぎ倒れ、トドメだけは免れたけれど。


 その時点でアレクセイの体は地べたに転がり、自力で起き上がることもできなくなっていた。ドクドクと頭から血を流しながら、呆然と月夜を見上げるしかなくて。


 ここで、おしまいなのか……?

 こんなところで、私は――。


 薄れゆく意識の中で、そんなことを考える。

 きっとこのまま走馬灯そうまとうもなく、眠るように終わっていくのだろうなと。

 けれど次に目を覚ましたとき、アレクセイがいたのは知らない一室だった。


 天井まで届くくらい大きなガラス窓からは眩しいほどの朝陽が差し込み、チュンチュンと小鳥のさえずりも聞こえている。自分の体は清潔に整えられたベッドの上にあって、手当ても着替えもすでにバッチリ済まされていた。


「こ、これはいったい……?」


 目をパチパチしながら、大いに首をかしげるアレクセイである。

 どうやらまだ生きているらしいが、ここはいったいどこなのかと。


 そんなときだった。

 コンコンとノック、ガチャリと開かれた扉から、ある一人の女性が入ってきたのは。


 コツコツとヒールの靴音を響かせながら、きっとまだ寝ていると思っていたのだろう。身を起こしていたアレクセイを見つけるなり口を開け、分かりやすくポカンとする彼女である。でもすぐに気を取り直して。


「あっ良かった、目が覚めたんですね! おはようございます! お加減はいかがですか?」


 溌剌はつらつと、始まりはそんな声掛けから。

 痛いところはないですか、昨日のことは覚えてますかとか、たぶんいろいろ聞かれていたのだと思うけれど。


 そのどれ1つにも、アレクセイは答えられなかった。

 すでに心ここにあらずの状態で。


 一目惚れだったのだ。

 その屈託のない、まるで邪念の一切を洗い流してくれるかのようなニッコリ笑顔に。

 ちなみにその彼女こそ、くだんのミレイシアなわけだが。


「あ、あれ……どうかなさいましたか? 私の顔になにか? もしもーし……?」


 そのまましばらく、ポヤポヤ~としているアレクセイだった。



  ◆



 聞けばどうやら此処は彼女――ミレイシアの家名である、オーレリー家の所有する屋敷内らしい。


 あのあと幸いにも倒れて動けなくなっているところを発見されたアレクセイだが、出血がひどく一刻を争う状態だったそうだ。それで急遽、ここに運び込まれたとのことだが。


 そこでハテと、アレクセイは首を傾げる。

 オーレリー家といえば、あのライカン・オーレリーしかり、多くの優秀な魔女狩りを輩出してきたことで知られる名家ではないか。


 まさかミレイシアが彼の愛娘で、ここが彼の自宅と気付いたときは恐れ多すぎてひっくり返りそうになったし、道理でさすがはオーレリー家と、その内装の豪勢さにもようやく合点がいったわけだが。


 それでも此処が、病院や魔女狩りギルドより施設の整った医療機関であるようにはどうしても見えなかったのだ。でも現に、自分はこうして命を繋いでいるわけで。


 なぜにと、その所以をミレイシアに尋ねてみる。

 無論のこと、魔女狩りの血筋ともなれば外部においそれと明かせないことだってあるだろう。間違ってもライカンの逆鱗げきりんに触れることがあってはならないと恐る恐る、その辺りにクッションも挟みつつのことだったが。


「ああええと、それはですね」


 まぁ何とも軽い調子で、あっけらかんとその手の内を明かしてくれるミレイシアだった。包帯でグルグル巻きにされた手指はズキズキと、ほどほどに痛んでいたのだが。


「見ててくださいね」


 何のことでもなさそうに、そんなアレクセイの手先を包み込むように取ってからミレイシアは告げる。


 それから目を閉じ、スーハ―と深呼吸をして。

 いったい何が始まるのかと思えば。


 えいと力んだ彼女の手掌。

 そこから発されたのは、ポワワンと柔らかな緑のオーラだ。

 それがアレクセイの利き手を、じんわりとした熱とともに包み込んでいって。


 不思議な感覚だった。

 たちまち痛みが引いていくばかりではない。

 温かなその光は、見ているだけで心をも落ち着かせてくれて。


「どうでしょう、これでまた少し良くなったと思うんですけど」


 言われるまま確かめてみれば、ミレイシアの言う通りだった。

 包帯だらけだった手指はグーパーさせたところで、もうちっとも痛くない。


「これは、なんと摩訶不思議な……」


 目を見張るアレクセイにミレイシアは少し照れ臭そうに、頬をポリポリとかきながら教えてくれる。あんまり人には言わないでくださいねと、触れをおいてから。


 ――治癒キュア

 それが彼女の生まれ持った、類まれなる魔法特性であることを。

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