6-5.「魔女狩りの称号を欲して」
アレクセイ・ウィリアムは魔女狩りではない。
無論のこと、それに匹敵するだけの実力はすでに余るほど持ち合わせている。
だが序列にしてその1つ下となる『魔導士』階級に落ち着いているのは一重に、もう何年も魔女狩り試験への出場を見送っているがためだ。
シンプルに、肌に合わないのである。
あのいかにも『白熱』みたいな会場の雰囲気にしろ、審査そのものの裁定基準にしろ。
一次審査では、あえて事前に審査内容を明かさないことで受験者の瞬発力や、咄嗟の判断力を問い。二次、三次審査ではトーナメント形式による力比べを行い、実際に魔女に対抗できるのかと、その実践力を問う。
どうやらそんな主旨らしいが。
アレクセイから言わせれば、そんなのバカげているとしか言いようがない。
咄嗟の判断力を問う?
いやいや。なぜそんなものが問われる状況に陥ってしまったのかと、逆に問い返したい。そんなものに迫られないだけ、ひたすら準備を入念にしておけば良いだけの話ではないか。
実際に魔女に対抗できるのか?
いやいや。なぜ戦う前提なのか。話術をもって説得するか、相手にそのアタマがないというなら適当に毒でも盛って無力化しておけばよいだけだろう。
なんというか、話がまったく噛みあわないのだ。
価値観の相違と評するべきなのか。
とにかく哀しくなるくらい、もう根本からおかしくて。
分析し、準備し、完膚なきまでに叩き潰す。
反撃はおろか、抵抗の余地さえ残さず封殺する。
それこそが戦略というものの意義なのに。
その大前提を差し置いて、何を言っているのか。
力任せなど野蛮なことこの上ない。
スマートさの欠片もなかった。
ツッコミどころ満載で、苦言を呈するにせよどこから是正していけばよいかも分かったものではないし、言葉選びにも窮する。それほどまでの惨状が、さも当然のように標準化されていて――。
しかしまぁと、目を瞑ってやることにする。
その辺りを懇切丁寧に説明してやったところで分かるとは思えないし、バカに労力と時間をつぎ込むなんて、それこそバカのやることだからだ。
バカの相手をするのは疲れる、などと抜かす輩を時おり見かけるが、アレクセイからすればそんなもの、実に失笑もののお笑い種である。どんぐりの背比べもいいところだ。
真に才ある者は、連中と同じ土俵になど決して上がらない。
常に俯瞰し、そして先見するのである。
だから心からのお悔やみものだし、一日も早くそういう若輩たちが気付けることを願うばかりだった。バカという奴がバカなのだと、あまりにシンプル過ぎるこの世の真理に。
◆
やや脱線はあったが――。
ともかくそれが、アレクセイが魔女狩り試験を見送ってきた理由の最たるである。
言うだけムダなことを、わざわざ言葉にしてやるような愚は犯すまい。
とはいえ力比べもキライではないから、ひとまずはそちらの流儀に従ってやるとしようではないか。
そんな心持ちで試験に臨んだことも、過去に数回ほどあった。
しかしやはり、事前準備を尽くしてこそ真価を発揮する自分のスタイルに、試験の審査方式はめっぽう合わないのである。
最初の年は一次審査で、いきなり迷宮に放り込まれてあえなくリタイヤ。翌年からはカンニングで一次は通過したが、続くトーナメント戦で悉く、クジ運に恵まれなくて。
『うわ、なんだこれ。せっかく水系統の魔力だって聞いてたから、もっとこう爽やか系を期待してたんだけどな。なんかすごいギトギトしてるよ、キミの魔力。それにピリピリしてる。なんていうかな。オリーブオイルを炭酸にして喉に流された気分だ。後味最悪だよ、ったく。願わくばもう、キミとは二度と当たりたくないね』
『魔力喰らい(マギア・イーター)』とはかつての呼び名だが――ケイン・ガストロノア。最終的にはリリーラ傘下の魔女、アニタ・ミストレイをも破り、その年の優勝者となった彼が初戦の相手で。
といっても奴はこちらが手を下すまでもなく堕ちるところまで勝手に堕ちたから、今となっては多少なり留飲も下がったが。続く翌年には宿敵、リクニ・オーフェンが立ち塞がった。
「女性人気、急上昇中!」などとその頃からすでに持てはやされ、観客席からは黄色い声援がいくつも上がっている。ハッキリ言ってこんなツラ構えの何が良いのか理解に苦しむが、自分とキャラが被っているとあっては見過ごせない。
『かかってきなさい、小童。少しばかり、手ほどきをして差し上げましょう』
『良いのかなぁ、そんなに大見得きっちゃって。どうなっても知らないよ?』
シュビと構えたものの、これといった見せ場もなく敗北を喫した。
抱えていたファンも、その日を境にめっきり減らして。
これはいよいよとアレクセイは奮起する。
この雪辱を晴らすには、同じ魔女狩りの称号を得た者として彼らに、リベンジ・マッチを果たすしかないと。
そのためにも来年こそはと、アレクセイは頑張った。
フンフンと日々体を鍛え、食生活もイチから見直す。
来たる日に向け、ただひたすらにコンディションを整えた。
その徹底ぶりに抜かりなどない。あるはずもない。
紛うことなき万全で当日を迎えた、はずだったのだ。
ところが――。
泣きの3回目と挑んだ翌年もまた、あらぬ壁に阻まれることになる。
ゼノン・ドッカー。
当時はまだ無名で、情報も何もなかった彼に。
今でも鮮明に覚えている。
『ぐ、おおおおっ!? なぜだ、なぜ私の魔法が発動しない!? こんなはずは――審判ストップ、ストップですよ! 私だけ魔法が使えません! この男、何かズルをしているはずです! 今すぐ調べてください!』
そう自分が懸命に訴えている間、当人が頭をガリガリしながら「あー面倒臭ぇな」みたいな誠意の欠片もない態度を取っていたことを。
『こらキミ、白状しなさい! 往生際が悪いですよ!?』
だからなにくそと追い打ちをかければ、仲裁に入ってきたのがテグシー・グラノアラだ。愕然とした。ゼノンが有するという魔力、耳を疑いたくなるようなその特性を聞いて。
『魔力を封じてしまう、魔法……?』
目のまえが真っ暗になる。
そんなもの、分かったところで対処しようもないではないかと。
だったら自分は今日まで、なんのために……?
自問の答えを探す猶予もなく、気付けば戦意喪失ということで試合は終わっていて。
再三に渡って味わわされた理不尽に、ついぞ心を折られる。
這い上がる気力なんて、もはやアレクセイには微塵も残されてやしなかった。
一時は魔女狩りを志した彼の、それが最後の挑戦――。