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6-3.「異色の臨時タッグ」


 難しいパズルを早く解いたり、仕掛けやカラクリを見破ったりするのは、人よりほんの少しだけ得意だったりする。


 それはルーテシア・レイスの自負する、自分のなかで唯一の取柄とりえとも呼べる妙技だった。でもだからと言って、エッヘンと胸をらす気には到底なれない。


 ただの日常生活で頻繁ひんぱんに役立つスキルでないことは重々承知しているし、活かせる場面だって限られているからだ。そんな機会はそうそうやってこない。何分、自身が人前にズイズイ出ていくような性分とはかけ離れている。


 言葉1つ、相手に投げかけるだけでも何重もの踏ん切りを要するのだ。

 ともすれば何かを看破したとて、それをお披露目する度胸なんてあるはずもなく。


 むしろ自己肯定感のいちじるしい低下さえもよおす、本当に役に立たない代物とはルーテシアの飾らぬ自己査定セルフレビューだった。でもそんなコンプレックスを抱えていたからこそ今、彼女はかつてないほどのやる気に満ち満ちている。


 ついにやってきたのだ。

 はしにも棒にも掛からなかったこの妙技が、ついに日の目を見る絶好の機会が。

 それも他ならぬ一番の親友、アリシア・アリステリアのために。


 よしやるぞと、気合も十分。

 ぎゅっと頭にハチマキを結んでから、いざ行かんと心の御旗みはたを掲げて。

 ルーテシアが臨んだその場所はセレスディアの郊外、街外れに広がっている森奥だった。


 この先にあるはずなのは過去に一度だけリクニに連れられておもむいたことのある、魔女狩りゼノン・ドッカーの自宅である。


 そこまでの道順は、さほど入り組んでいなかったはずだが。

 実はいまこの森には迷彩のベールみたいなものがあちこち無数に織り込まれていて、単純に進むだけではそこまで辿りつけない迷宮状態と化しているのだ。


 つまるところ、これからルーテシアが挑もうとしているのがコレの踏破だった。

 そして見事、ゴールを果たした暁にはこの口から直談判じこだんぱんしてやるのである。


 どうやら面会謝絶を決め込んでいるらしいキザ男に、ちゃんとアリシアに会って話をするようにと。だってあれから、アリシアはずっと塞ぎ込んだままだ。


 自分のまえでこそ心配かけないようにと、明るく振る舞おうとはしているけれど。彼女の心痛を、もう黙って見ていることなんてできない。


 どんな気持ちで、どんなに悩んで彼女があの魔女狩り試験に臨んだのか。

 その苦悩を誰より間近で見守り、応援してきたルーテシアだからこそ許せなかった。


 あんなにも頑張っていたのに。

 未だにねぎらいの言葉1つかけてやらず、逃げ隠れしているあの男の無粋ぶすいさが。


 リクニにしろ、もはや同罪みたいなものだ。

 何とかしてあげてって、もう何回もお願いしたのに。


 ちっとも何もしてくれないではないか。

 だったらもういい、自分でやってやる。


 それが今日び、ルーテシアがこの地に赴いた動機だった。

 ちなみに単身ではない。心強い同志、柔らかい毛並みの持ち主はすでにルーテシアの小さな股下に納まっている。


 ――準備はいい、ウィンリィ?


 そう示し合わせると「ワウ!」と、返ってきたのは抱っこサイズのときよりはやや太めの勇ましい声だ。心を痛める主人のためにと、彼のこころざしもまた同じだった。


 ウィンリィの鼻があれば、この迷路の攻略もより早く確実なものとなる。

 必ずやと、両者の決意は固かった。


 意気地なし! ウドの大木! あんぽんたん! おたんこなす!

 何が傷つけたくないだ、カッコつけるな臆病者!

 すけこましーっ!


 言いたいことリストは、ポーチにしまった紙片にしかとしたためてある。

 面と向かったとき、最低でもこれを投げつけてやるのだと、そう心に決めて。


 いざ、出陣。

 ブオーと心の角笛を吹き鳴らしてから、ポンと軽く相棒のお腹を蹴って。

 慎重な足取りで、迷宮踏破へと踏み出していく臨時タッグらだった。



 ◆



 というわけでゼノンを直訴じきそすべく、この疑似ぎじにして局所的『迷いの森』攻略へと踏み出したルーテシアとウィンリィである。


 ちなみにルーテシアとしては「な、なんでおまえがここに!?」からの「ふん、私にかかればあんなもの」みたいな。無駄な抵抗はよせ、おまえはもう完全に包囲されている(ライトがいっぱい)的な脳内イメージをもっての仕掛りだったのだが。


「なんだありゃ。ったく、リクニの野郎……」


 残念ながら、開始からものの数分で当人にはバレていた。

 陣取った木枝の上にしゃがみこみ、膝に頬杖ほおづえを付きながら。

 やめてくれよとも言いたげに眉根を寄せ、ため息をついている黒髪の青年――ゼノン・ドッカー、その人に。


 見下ろした目下では今、マップとにらめっこをしながら見覚えのある赤毛の少女と、クンクンと鼻を鳴らしながらウィンリィが、互いに指針を確かめ合いつつジリジリと森を進んでいっているところになるのだが。


 気だるかった。

 あれらがどこを目指しているのか。

 何をしにきたのかはまぁ、大体想像はつくとして。


 本来であれば、そのまま進んだところで意味はないのだ。

 また同じところに戻ってくるだけだろう。

 そうなるような迷彩を、ここら一帯にしこたま仕込んだから。


 おそらく今のアリシアなら、いつかのように夢遊病を誘発する危険もかなり減ったはずだが……。とはいえそのときの教訓を活かし、より複雑で一筋縄では突破できないようにした視覚のまやかしを、それはもう幾つも、何重にも張り巡らせたのである。


 めんどくせぇな、なんで俺がこんなことをとは散々思ったことだが。

 突き放したところで素直に割り切るとは思えないアレの思考回路をかんがみれば、講じざるを得ない予防策だった。


 それで念には念をと、かなり複雑に編み込んだのだが。

 あろうことか少女と(たしかルゥちゃんとか呼ばれてたはずだが本当の名前は忘れた)、ウィンリィが(一時はメシの世話までしてやったというのになに普通に寝返ってんだテメェと文句を付けたくなる)目下、スローペースとはいえそれを紐解き、正しい進路を取り続けているのである。


 無論、アリシアがウィンリィを頼るだろうことは想定の内だ。

 だから嗅覚対策のフィルターも、抜かりなく備え付けていたのだが。


 えいやと少女が杖を振るった先で、パコンとその効力が弾けて消えてしまう。

 つまるところ、そういう役割分担らしい。


 ゼノンがこの付近一帯に張り巡らせたセキュリティの数々を、少女が片っ端から除去し、ウィンリィがその足となって道案内まで引き受けていると。


 そうして地道だが確実に、着々と歩を進めていく異色のタッグらで。

 ほぅと素直に関心させられる一方で、ちょっとショックだった。

 心外だった。


 自分のこさえた力作がああも容易たやすくと、そう思うと。

 いくら魔女とはいえ、あんなお子さまくらいは完封してほしいものだが。


「そういえば、アイツ……」


 まえもアリシアの変幻術を一発で見抜いてやがったっけか。

 そんなことを思い出したら、わずかに不服感は目減りしたけれど。


 はぁとまたため息をついてから、後ろ髪をガリガリとかき上げる。

 ともかくこのまま放っておくわけにもいかなかった。


 なにせこの迷路で遠ざけるべき相手は、たった1人しかいないのだ。

 呼び立ててすらない相手から勝手に踏破され、またイチから作り直しなんてゴメンである。すでに壊された分の修復は、リクニにも手伝わせるとして。


「これだから魔女って奴は……」


 今まで何度零したか知れない、そんなグチをぼやいてから前のめりにかがみこみ、ひとまず現行犯捕縛へと乗り出すゼノンだった。


 ――しかし、それから間もなくのことになる。

 この時点ではまったく予期していなかった、想定外の事態に見舞われることになるのは。


 よほど業を煮やしていたか。現れたゼノンを見るなり、グルルと怒り心頭。

 本来の姿・・・・に戻ってからがなり散らすように、巨大な牙と爪で襲い掛かってきたウィンリィはともかくとして。


 あえなく御用となり、無念と涙ぐんでいる少女をひとまず保護責任者のもとに突き出してやろう。そんな腹積もりでリクニに連絡をかけようとしたところ、逆に連絡がかかってきたのだ。


 応じてみればやけに切羽詰まった様子だったので、てっきり最初はこの少女の行方を探しているのかと思った。


 だから、教えてやる。

 おまえんとこの奴ならココにいるぞと、軽い調子で。


 だが違った。

 次の瞬間リクニの口から飛び出したのは、このときゼノンがまったく予期していなかった別の少女の名前で。


「――な、に……?」


 まるで時が止まったかのような停滞に見舞われる。


 まさか考えも及ばない。

 アリシア・アリステリアの行方が、突如として分からなくなったと。


 そんな急報を、前触れなく告げられては――。

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