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1-5.「魔女コードというものがありまして」


 なんだかいまいち現実味を伴わないまま、私はその日の夜を迎えていた。


 月明りがあって、時おり虫の鈴なりなんかが聞こえて。

 それはいつもと何ら変わらない、静かな1日の終わりとも同じに思える。


 だが違った。まだ手首に残っている締め付けるような感じが、ついさっきまでの出来事が紛れもない事実であることを裏付けていたから。


「…………」


 長いこと眠っていたせいか、なかなか寝付けなかった。

 寝返りを打って天井を見上げながら、私はぼんやりと考える。

 これからいったい、どうなるのだろうかと。


 もう少しだけ――。

 あれからの話になる。


「――動くなよ」


 前触れなく振り下ろされた魔女狩りさんの手刀。

 バキンと砕けるような物音とともに、それが切り裂いたのは私を縛っていた鉄鎖だ。

 直後、ヒュルりと微かな風音が耳元を吹き抜ける。


 まるで死神の鎌が音もなく、首筋にかけられたような感覚があって。

 息をすることも忘れて、へたり込む私に彼は告げたのだ。


「とりあえずおまえ、俺と一緒に王都まで来い」

「へっ……?」


 一瞬何を言われたのか分からず、ポカンと見上げる私だった。

 でもつまりは、こういうことらしい。


 さっき魔女狩りさんが言っていた通り、私が思っていたいわゆる魔女と魔女狩りの構図はすでに淘汰とうたされた前時代的なものだそうだ。確かにそういう風習が根強く残っている地域はあるものの、魔女だからといって問答無用に狩り取られるなんてこと今時ではまずあり得ない。


 いわく、私のような行き場のない魔女を保護することも、現代の魔女狩りたちにとっては立派な仕事の1つなのだそうだ。


「つっても、のっぴきならねぇ悪事でも働いてたら話は別だがな」


 頭をガリガリしながら、最後にそう付け加える魔女狩りさんだった。

 ただその点、私はまったくの潔白というわけでもないのだけれど。


「住居不法侵入……」

「だからもうそれはいいっつの」

「あとはさっきも言った通り、窃盗罪が少しありまして……」

「べつに流血沙汰になったわけでもねぇんだろ?」

「それは、そうですけど」

「じゃほっとけ。知らねぇよ」


 個人の裁量によりざっくりと切り捨てられてしまった。

 温情をかけてもらった、というよりは単にその方が処理が楽というだけだろう。さも面倒くさそうにぶらぶらと手を振る仕草から、それは十分に察せられることだ。


 とはいえ、ありがたかった。

 正直なところ心苦しさより、ジーンとしてしまっている私がそこにいて。そんな自分にハッとして、いけないいけないと心の中で邪念をブンブン振り払っていると。


「まぁ出発は明日にするとして、そういうことだ。いろいろ目はつむってやるから、大人しくついてこい。それと分かってるとは思うがおまえ、二度とあっちの姿には化けるなよ?」

「え、あっちの姿って魔女の恰好のことですか? はい、分かりましたけど……なんで?」

「なんでって、決まってんだろうが。この森の外には、おまえを狙ってる奴なんてごまんといるんだからよ」

「へっ……?」


 急にそんなことを言われて、目がテンになる。

 そんな私の反応に、なんでか魔女狩りさんも固まっていた。


「まさかおまえ、知らねぇのか?」

「ええと、何がでしょうか?」

「魔女コード、『イルミナ』」

「魔女、コード……?」

「まじかよ」


 耳馴染みのないワードだったが、1つだけ思い出す。


「そういえば最初あったときも言ってましたっけ……?。どういう意味なんですか、その『イルミナ』って。よく分からなくて、聞き流しちゃってたんですけど」

「あのなぁ。いいか、落ち着いてよく聞けよ」


 すると疲れたように、魔女狩りさんはふところから何かを取り出した。

 それは折りたたまれた1枚のチラシのようなもの。

 差し出されたまま受け取り、おずおずと開いてみる。


「えっ」


 思わず声が出た。

 そこにあったのは魅惑みわくの雰囲気をまとった妙齢の女性……というか、私がふんしていた怖い魔女モードのときの顔写真。赤毛にすっぽりフードを目深にかぶって表情は見えないけれど、まぎれもなく私だった。


 そのタイトルはでかでかと『WANTED』、指名手配を意味していて。

 ちなみにゼロがいっぱい並んだ懸賞額まで書いてあるではないか。


「分かってねぇんなら教えとくけどよ。おまえもう、世間じゃ結構な有名人だからな?」


 そうして私はこの日、最後の悲鳴をあげることになるのだった。




 とまぁそんなこんなで、今日はもう休めと言われて今に至る。


 ちょっといろいろありすぎて、頭が追いつかなくて。

 なかなか寝付けない夜を過ごしていた。


 順を追って整理していこう。

 聞けば王都――セレスディアという国家には魔女登録というシステムがあるらしい。それさえ通過すれば、魔女狩りの監視下という条件付きのもとではあるが、さほど不自由のない生活を送れるようになるそうだ。


 もちろん無条件に誰でもというわけではなく、ちゃんと審査がある。あまり明確な基準も定まっていないようだが、おおむね年齢や経歴などが見られるとのこと。


 とりわけ重要視されるのは社会性だそうだがその点、私はさほど心配ないだろうと言ってもらえた。中には私よりもっと幼いころに魔法が発現し、捨てられ、そのまま山奥で育ったなんて境遇の子もいるのだそうで。


 こうして会話が成立している時点でまず大丈夫だ、とのことだった。

 その辺りは何度か面談を重ね、長い期間をかけて慎重に判断されていくらしい。


 だが1つだけ、問題があった。

 それが例の『魔女コード』の件になる。


 私は今まで、この森にきた冒険者たちを幾人も追い払ってきている。この森に近づくと危険。そう思わせることができればいずれ、彼らの足も途絶えると思ったからだ。


 だから怖い魔女のイメージに扮してまで、それを演じ続けてきた。

 だが聞けば、それがまったくの裏目に出ていたらしい。


 どうやらそれを繰り返しているうちに、どこかのタイミングで私にちょこっと懸賞金みたいなのがかけられたのだそうだ。つまり私を討ち取れば、お金がもらえるということ。ちなみに教えてもらった最初の額は、今よりずっと少なかった。それこそお小遣い程度のもので。


「それがなんでこんな金額に……」


 涙目となっている私に、魔女狩りさんは教えてくれる。


「おまえが追い返した連中のなかには、それを狙ってやってきた賞金稼ぎも混じってたんだよ」

「賞金稼ぎ……?」

「おまえみたいな値のついた手配犯を狙ってる連中のことだ。非正規、金目当てのな」

「でも、なんで……どうしてこんな額で人が集まるんですか!? しかも、こんなに膨れ上がって……」

「あのなぁ、連中にもランクがあんだよ。で、そいつらがコケるごとにお前にかけられた懸賞額バウンティもあがってくわけだ。次第に相手が大物になって、あとは分かるな?」

「だからいくら追い払っても、人がたくさん来てたんですか……?」

「そういうこった。ついでにその行きつく先が、俺たち魔女狩りだよ」

「そんな……」


 とにかく街ではもっぱらウィナー・テイク・オール状態と化していたらしい。

 手配書をクシャらせながら、あらぬ顛末てんまつに震えるしかない私だった。

 それであんなひっきりなしに、挑戦者が毎日のようにやってきたのかと。


 ちなみに『WANTED』された魔女は要監視対象ということで、魔女狩りさんたちのなかで『魔女コード』というものが付与されるそうだ。


 それが私の場合、『イルミナ』だった。

 命名はわりとテキトウだそうだ。チラシの名前もそうなっていた。


 つまるところそれが、二度とあの姿に化けるなと釘をさされた理由。

 私がその魔女であることが知れれば、また賞金稼ぎに狙われてしまうから。

 そして何より、魔女登録の障害になりかねないからだ。


 『イルミナ』と私は、まったく無関係の別人。

 どうやらそういう風に便宜べんぎを図ってくれるそうで。


「まぁ『イルミナ』がどうなったかについては、おいおい考えとくがよ。最悪、居なくなってたとか逃げられたでもどうにかなんだろ」

「どうして……」

「あ?」

「どうして魔女狩りさんは、そこまでしてくれるんですか?」


 素朴そぼくな疑問を、座り直してから私は伺い立てる。

 こんな計らいをするメリットが、魔女狩りさん側にあまりにもないと思ったからだ。


「だって私を突き出せばその、お金だってもらえるんですよね」

「そうしてほしいのかよ?」

「そういうわけでは……ないですけど」

「ったく」


 口ごもっていると頭をワシっとされ、そのまま突き返された。

 コテンと、ベッドのうえにバランスを崩しかける。


「別に理由なんざねぇよ。ただ俺が黙っててやった方が、てめぇにとっても都合がいいんだろうが。違ぇのかよ」

「いえ、その通りですけど……」

「なら黙ってあやかっときゃいいだろうがよ。さっきから要らねぇ自白ばっかしやがって」


 だって、とその先もないのに呟いてしまった。

 幸い、魔女狩りさんの耳に届かなかったのか。


「まぁいい。とにかく明日、昼前には出発するからな。それまでに荷物まとめとけよ」

「あ、あの……すみません。ベッド、お返ししますね」

「要らねぇよ、使ってろ。俺は外で寝る。あと魔女狩りさんじゃねぇ、ゼノンだ」

「え?」

「じゃあな」


 最後にそれだけ言って、魔女狩り――ゼノンさんは部屋を出ていってしまった。


「…………」


 これからどうなってしまうのだろうとか、王都ってどんなところなのだろうとか。

 月明りの差し込む天井を見上げながら、ぼんやりとそんなことを考える。


 考えるほどに不安と期待が入り混じって、目が冴えてしまった。

 心がざわついてしまう。


 だけど――。やめよう。

 それらを振り払うように努め、私は目を閉じることにした。


 何がどうなるか、まだ何も決まったわけではないのだ。

 結局、明日の今ごろも此処に帰ってきているかもしれない。

 その可能性を払拭ふっしょくしきれなかったから。


 実はまだ1つ、私はゼノンさんに打ち明けていないことがあった。

 言うべきか迷ったけれど、うまく説明できる自信がなくて。

 あるいはただ、私が勘違いしてるだけとか、気のせいかもしれなくて。


 でもどうかと、ようやくウトウトしながら私は最後に願っていた。

 どうか明日、おかしなことが何も起こりませんようにと――。

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