5-17.「静かな閉幕」
自我を失い、半ば暴走状態に陥ったアリス。
そうと分かれば会場全体がパニックに陥るだろうと判断で1人、その制圧にかかったリオナだったが。
最終的にそれを抑え込んだのは、トンと軽やかな靴音とともにフィールドに降り立った黒い影。魔女狩り、ゼノン・ドッカーだった。
彼はアリスのまえに降り立つと、全力を傾けようとしていたリオナのまえで見るもあっけなく彼女を制圧してしまう。
ジャリンと鉄鎖の奏でる金属音が響き、直視できないほどの光が納まったとき。そこにあったのはゼノンと、すでに意識を失い姫抱きに抱えあげられたアリスの姿だった。
いや――。
ん……?と、そこでリオナは訝しげに目を細める。
「あいつは……?」
よく見れば、それはアリスではなかったのだ。
まったく似ても似つかないというわけではないが。
その腕に抱かれていたのは、アリスとはやや風貌の異なるべつの少女で。
そこで1つ、合点のいくことがあった。
交戦中からなにか妙な違和は覚えていたが、その答えがこれかと。
恐らくアリスとは仮りの姿で、あっちが本来なのだろう。
なぜ正体を偽っていたのかまでは知らないが。
だがまぁ確かに、妥当な判断なようにも思えた。
あのゼノン・ドッカーと関わりを持つ以上は、不必要に強まってしまう風当たりもあるだろうから。
「そういうことかよ、ドッカー……」
証拠にゼノンはすぐに少女の身を抱え直し、その表情を自分側へと傾けてしまう。本当はアリスではないらしい何者かの素顔が、およそ端からでは見えない角度となるように。そのまま無言で退場ゲートへと向かって。
「紳士だねぇ」
仕方ないので、今ばかりは見逃してやることにした。
アリスの正体に個人的な興味は尽きないが、どこかの三流ゴシップ記者ではないのだ。人の隠し事を、見抜いた先からすっぱ抜きにしてやるような趣味もない。
詮索をかけるにしても、また機会を改めてやることにする。
だからリオナも踵を返した。
頭上に向けて放った隕石をパンと弾けさせて花火代わりに、観客たちの注意がそちらに向くように誘導すると、細やかながら援護射撃を送ってやってから。
「さぁて。撤収、撤収~」
ひと仕事終えた気分でグッと伸び、回した腕をゴキゴキと鳴らして。
ところが、次の瞬間だ。
「……ッ!?」
リオナの顔色からゾッと血の気が引いたのは。
いったい、いつからそこにいたのか。自分側の退場ゲートのまえに、リリーラ・グランソニアその人がのっそりと立ち塞がっていたのである。
さっき手向かったことで彼女の反感を買ってしまい、文句の1つでも言いにきた。
それだけなら、べつに構いやしないのだ。
どうとでもあしらえる。
だが不穏なことに、彼女の注意はいま欠片もリオナを向いてはいなかった。
それが捉えているのは奥にある、反対ゲート側に歩を進めるゼノンの背中だ。
もっと言えばおそらく、彼が抱えている少女に釘付けで。
「……あんだよババァ、わざわざ降りてきやがって何の用だ。オレに文句でも付けにきたのか? いいだろうがよ、べつに。オレだってそこまで手ぇ抜いてやったわけじゃ」
「リオ、あんた……何か気付いたかい?」
あくまで平静を装ったところ、すかさず低い声で問いを重ねられた。
やはり用件はそっちかと、逡巡した後にリオナは応じる。
「気付く? なんのことだ?」
「惚けんじゃないよ。アンタはそんなに鈍くないはずだ」
「……へっ、確かに最後のほうのアイツはちっとばかしオきちまってたけどな。でもオレが片すまえにきっちりアイツが引き取ったんだから、それでいいだろうがよ。こっちがとやかく言うことじゃねぇ」
下手にシラを切り通そうとすれば逆に怪しまれる。
だから丁度よかった別のイレギュラーを答えの身代わりとして、その場をやり過ごそうとした。ずんぐりと立ちはだかる巨躯、その傍らを穏便に通り抜けようとして。
「それだけかい、本当に?」
寸前で、これまた凄まじい威圧感に見舞われる。
驚くべくは、触れられたわけですらないという点だ。
ギョロリと蠢く眼光から、ただ睨みを利かされた。
それだけだというのに。
もはや人の域とも思えないレベルの圧に、さしものリオナも笑うしかなかった。
「野獣かよ」
「どうなんだいっ!?」
思わず止まりかかってしまった足だが。
それ以上突っかかってくるなら、この場でぶっ潰すまでと気概で強引に押し通る。
「それだけだろ? ほかに何があるってんだ」
押しのけるようにして、無理やりその場を後にする。
そうしてリオナが去ったあともしばらく、ただジッと一方向だけを見据えているリリーラだった。
その眼光をギラつかせながら、野獣のように声を低く唸らせて。
◇
「あ、う……?」
次に目が覚めたとき、私が見上げていたのは知らない一室の天井だ。
たぶん瞼だけ開けたまま、しばらくボーッとしていたと思う。
ひどく頭が回らなくて、ここはどこだろうとか私は何をしていたんだっけとか、そんなことを薄ぼんやりと考えていて。
――アン!
そこで元気なおはようをもらい、ようやく思考がはっきり冴える。
そういえばなんか重いなと頭を持ち上げてみれば、お腹の辺りにチョコンとそれが居座っていた。
尻尾をフリフリ、舌をハッハと出しながら、たぶん主人が目覚めるのをそこでずっと待ってくれていた――。
「ウィン、リィ……?」
名前を呼ぶと、ピョンとすかさず飛び込んでくる。
ぺろぺろと顔を舐められて「やめてよ~」みたくキャッキャしていると、それを聞きつけてかルゥちゃんがわーっとなりながら駆けつけてきて、少し遅れてリクニさんもやってきた。
「アリシアちゃん、良かった。目が覚めたんだね」
すると、いの一番にそんなことを言われる。
たくさん心配をかけたということなのか、感極まったルゥちゃんも良かった良かったとそればっかりに、膝元ですすり泣かれてしまって。
でもちょっと状況が掴めなかった。
こうなる直前のことが思い出せない。
どうやらここはギルドの医務室のようなのだけれど、どうして私はここにいるのか。なんで体のあちこちに包帯とかでっかい絆創膏とか、どうみても大袈裟そうな処置が施されているのか。
もちろんリオナさんと対戦していて、とにかく無我夢中だったところまでは思い出せるのだけれど。
「あの、ええっと……?」
「あれ、もしかして覚えてないのかい?」
「あ、はい。そうみたいで……」
胸中を察してくれたリクニさんに、私は困り笑顔でそう尋ね返すしかなかった。
「あれから私、どうなったんでしたっけ……?」




