5-12.「デモンストレーションを挟みます」
「ふむ、どうやらリクニがうまいこと説得してくれたようだね」
とはそんな2人の様子を上から見守っていた、テグシー・グラノアラの独りごちになる。特等席というだけあってなかなか座り心地の悪くない座椅子に、一度は上げかけた腰を再び下ろしてからゆったりして。
何やら今しがたまでやいのやいのと、リクニとゼノンが仲睦まじげに取っ組み合いまでしていたのだが、いったん話はまとまったらしい。かなり渋々といった面持ちではあるが、ゼノンもひとまずは静観を決めたようだった。
まぁ、さすがにバレるよなと思う。
今日1日ゼノンを遠ざけるために適当な雑務をあれよと詰め込んだのだが、さっき見たらこれが結構ハチャメチャでパワハラチックなスケジュールになっていたから。
ミスったなぁとは思いつつ黙っていたのだが、そこは流石リクニである。
うまいこと切り抜けてくれたみたいだ。ちょうどアリシアがまた快勝を納めたところで、タイミングが良かったのもあるだろうが。
それにしてもきっと今、彼らはさぞ驚いていることだろう。
なんでアリシアがこんな、見違えるまでのパワーアップを果たしているのかと。
実はそこには他でもない、自分が一役買っているのだ。
というのも昨日、最終の意思確認のついでに秘伝のマッサージを施してやったのである。
テグシーも腕に覚えがある方だが、あんなに凝り固まったのも久しぶりで実にやりごたえがあった。痛いとかくすぐったいとかで、なかなか大人しくしてくれなかったがそこはもう力づくの荒療治に踏み切る。
腕によりをかけ、最後には足腰が立たなくなるくらい全身ぐにゃぐにゃにしてやったものだ。たぶんそれが今、アリシアがこれほどまでの快調ぶりを発揮している最たる要因だろう。
溜まっていた老廃物みたいなものを根こそぎ押し出してやったので、魔力の巡りがかつてないほど良くなっているのだ。とはいえその成果も予想以上で、とくに初戦の瞬殺劇には舌を巻かされたわけだが。
そこはまぁ、結果オーライということにして。
「これで少しは納得してもらえたかな、リリィ?」
「…………」
あたかも先見の明があったかのような振る舞いで、隣のもう一席にそう語りかけるテグシーだった。最後に慣れ親しんだ愛称を添えて、となりでムスリとしている巨大な彼女――リリーラ・グランソニアに。
癇癪こそようやく納めてくれたようだが、まだ機嫌までは直してくれないらしい。返事の代わりにぐぅと喉を低く鳴らし、いたく不機嫌そうに応じる彼女だった。
すぐさま突っぱねてこない辺り、ギリギリの及第点。
まったく脈なしのラインは超えたようだが。
「私の目利きも捨てたものではないだろう?」
「ふん、どうだかね。アタシからは尻尾巻いて逃げやがったじゃないのさ、アイツ」
「いやあれはふつー逃げるって。私でもそうする」
「なにをあの程度で、だらしない」
危うく受験者を根絶やしにしかけた一撃を「あの程度」と、そう宣った挙句にプイとそっぽを向いてしまう。
そんな主人の態度にいたたまれなくなったか、影から申し訳なさそうに頭を下げてくるのは傍付きの魔女、アニタ・ミストレイだった。だがまさか責めやしない。リリーラの扱いにくさは幼馴染みであるテグシーが誰よりよく知っていることだ。
だから苦笑いで応じた。
毎年この日に限ってはお互い大変だねと、心ばかりの慰労を込めて。――そのときだ。
「ところでよ、テグシー。アイツの魔法……」
頬杖をついたままムスッと、フィールドにいる『アリス』を見下ろしながらリリーラが何かを言いかけたのは。どう言葉を返すべきか、テグシーは判断に迷った。
きっとリリーラも同じことを思ったのだと思う。
初めてアリシアの魔法を見たとき、自分が抱いたのと同じ感想を。
今まで口に出さなかったのは、それがあまり不用意に触れていい事柄ではなかったからだ。でもその気付きを、リリーラの方から示してくれたというなら。
「あぁ、それは私も同じことを思った。とてもよく似ているよね、彼女のものに」
「…………。はっ、バカ言ってんじゃないよ。蚊ほども似てないね。似てるもんか」
やはりリリーラは素直でなかった。
ちなみに何かと虫となぞらえたがるのは、体が常人よりはるかに巨大な彼女のクセとかポリシーみたいなものだが、ともかく。
そうこうしているうちに二次審査も大詰め。
だいぶ受験者も絞れてきたところで、舞台は最後の三次審査へ移る。
「やっとかい、待ちくたびれたよ」
ズシリと座り直し、目にモノを見せてやると言わんばかりに、目をギラつかせるリリーラだった。
◆
リリーラ・グランソニア。
その一見して粗暴とも映る言動や振舞い、外見から誤解されがちなことではあるが。彼女が本当は深い慈愛と慈母の心に溢れた、優しい性格の持ち主であるとはテグシーもよくよく認知していることになる。
ただ素直じゃないのだ。
加えてその体の大きさ故か、加減というものが分かっていない。
あと少々ばかりのことではあるが、考えるより先に体が動いてしまう気質のようで。
「女のクセにー」とか「魔女狩りの恥さらしめー」みたいな、まぁ昔からいるしょうもない輩をぶちのめしてはよく騒ぎになっていたものだ。被害者が自身であるかに関わらず、友だちが絡まれていると聞けばズシズシ、彼女はその巨体を揺らしていつでもどこでも駆けつけた。
他ならぬテグシーも、そんなリリーラの短気に窮地を救われたことのある1人で。
『おいテグシー、大丈夫か!? って血ぃ出てんじゃねぇか!? おまえらあああっ!!!』
『大丈夫だリリィ、これはただの鼻血で……。あぁまずいぞミレイシア、放っておけば今度こそ死人が出かねん』
『ま、待ってて! 今パパか、ほかの魔女狩りの人を呼んでくるから! すぐに連れてくるからーっ!』
在りし日のそんな光景が懐かしかった。
野獣のような彼女の獰猛さを目にするたび、そんな一面とのギャップを思い出してはフッと笑みが零れてしまう。
しかしそれはあくまで子ども時代の、まだ純粋だったリリーラのまっすぐさに起因するものだ。根っこのところは変わっていないとはいえ、人間関係をある程度固めてしまった今、彼女の親愛は誰彼構わず向けられるものではなくなってしまった。
その詳細について述べれば、まず『男』はそうであるという時点で論外だ。時を超え、魔女狩りの家系から極まれに生まれ落ちるようになってしまった女性を魔女であると、そう捉える風潮はここセレスディアでもいまだ根強く、辛い幼少期を過ごした者は多い。
リリーラも少なからず、その害意や蔑視の目に晒されてきている。
かつては純粋だった彼女だからこそ、同じ境遇の自分などには仲間意識を抱く一方で、強い男性拒絶の意識も芽生えてしまったのだろう。
故に今リリーラは人間関係というものから徹底的に『男』を排他し、周囲を女性のみで囲っている。そこには魔女や魔女狩りだのという垣根すら存在しなかった。それこそアニタやほかの傍付きたちも、かつては魔女コードを付与されていた曰くつきの魔女たちで、とは余談だが。
話を戻してもう1つ、リリーラがぜったいに許容しないものがある。
それすなわち、自分以外の魔女狩りに与する魔女の存在だ。
男性を排するリリーラにとって、魔女狩りはそのほぼすべてが怨敵のようなもの。また先述した通りリリーラの仲間意識は強烈で、ほとんど縄張り意識と言い換えても差し支えないレベルのものになる。
良くも悪くも、敵味方の区別をはっきり付け過ぎてしまうのだ。
だからこそ、最悪だった。
表立ってはゼノン・ドッカーに付き従う、しかもこともあろうに魔女狩り試験に出てきた魔女という異分子の存在は、どうしてもリリーラの忌諱に触れてしまう。
それが今回、リリーラが『アリス』に「なんだアイツ気に入らねぇな」となっている最大の要因だった。ちょっと事情があって、リリーラがゼノンのことを目の敵にしていることも相まって。
自分やアニタでどうにか諫めはしたものの、その心火はまだまだ燻っているようで鎮火には程遠い。
そんなリリーラがここにきて上機嫌になり始めたのは、ようやく選考が三次審査まで進んだからだろう。二次審査のトーナメント形式は維持しつつ、ここでは1つの『デモンストレーション』を挟む。
これは魔女狩り試験。
ならば本物の魔女と渡り合えるくらいの実力は最低限、持ち合わせていなければお話にもならないと。そんな名目のもと、次の1戦に限りリリーラの手勢が放たれるのだ。
相手は魔女。
対策を講じさせないため、どの受験者に誰をぶつけるかは毎年、その場でリリーラが選定する。
通過条件はただ1つ。どんな手を使っても良い。
一定時間、相手魔女からの攻撃を防ぎ切り、最後までフィールドに立っていられること。
魔女狩りともなれば単独で動くことも少なくない。
どんな不測の事態においても、きちんと自衛の術を取れるか。
つまりはそれを問うための試験だった。
リリーラがそこに『格の差』を見せつけ蹂躙するという別の目的を見い出し、半ば悪用してしまっている節はあるのは否めないが。魔女狩りの資格を問う以上は、捨て置けない重要な科目で。
それが今回、アリシアに対しては必要以上に不利に働く。
案の定、リリーラが彼女にぶつけてきたのは自陣の最大火力だ。
――リオナ・コロッセオ。
かつては『紅焔の魔女』としてその名を馳せた、燃えるような赤毛の少女がリリーラの指名を受けてフィールドに。
先に登壇していた『アリス』をまえに、へっと挑発的な笑みを吊り上げる。
見るからに喧嘩っ早そうな顔つきで、パキパキと拳骨を鳴らしながら。
「おぉいテグシぃ~? 分かってんだろうが、コイツに屁理屈はなしだぜぇ?」
「屁理屈とは心外、というか言いがかりだが……まぁそうだね。こればかりは私も見守るしかないとは弁えているよ。だからそんなにガン睨みしないでくれ」
魔女狩り試験としては異例も異例。
2人の魔女が向かい合う事態に、場内の熱気も最高潮へと達していた。
「負けんじゃねぇぞ、アリシア」
リィゼルがぼそりと呟く隣で、ルーテシアが祈るように手を組み合わせている。
「危ないと判断したらすぐ止めるからな」
「分かってる。僕もそのつもりだよ」
ゼノンとリクニもそう示し合わせて。
彼らが固唾を呑んで見守るなかで、三次審査開始の合図は振り下ろされるのだった。