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5-8.「大人の事情があるのです」


 魔女狩り試験の目的はその名の通り、次世代を担う新たな魔女狩りを輩出はいしゅつすることにある。


 しかしそれはあくまで表向きの側面で、実際のところはそう単純なもよおしともなっていない。その裏では、とくに利権絡みの様々な思惑が交錯こうさくしているのが実情だった。


 早い話が、貴族間におけるマウントの取り合いである。

 かつては血族にどれだけ優秀な魔女狩りや魔術師を抱えているかが、その家名の握る実権に直結している時代もあったのだ。


 今やすたれた時代遅れの慣習と、そう思いたいが。

 事実、その名残はまだ少なからず残っている。


 だってそうだろう。

 これが真に『選抜』を目的とする試験なら、これほど多くのオーディエンスを集めて大々的に執り行う必要がどこにあるのか。


 しようと思えばもっといくらでもコンパクトにできるはずだし、招待された顔ぶれもこれ見よがしに国内外屈指の富豪や権力者ばかり。


 だからつまり、そういうことなのである。

 魔女狩りの称号なんて二の次だし、そもそも成れるなんて期待もさしてしていない。


 それよりただ「ヨソよりウチの子のほうが優秀ですよ~」と見せつけ、アピールできる品評会としての意味合いの方がずっと大きくて。それがこの魔女狩り試験のはらむ、もう1つの目的なのだ――とはルーテシア・レイスがリクニから聞いたことになる。


 受験資格の門戸もんこを広く構えているのも、そういうギスギスしたのをなるべくカモフラージュするためとか割りとしょうもない理由も大きくて。


 「だからほんとはこんなの行きたくないんだよなぁ」とリクニが悩ましげに本音をぶちまけていたのが昨日のことだった。でも「上からのプレッシャーがすごいんだよねぇ」とかでほぼ拒否権もないらしい。


 これが大人の事情というやつなのだろうか。

 よく分からないけれど。


 でもルーテシアにとっては幸いなことだった。

 だってそんなリクニの苦悩と引き換えに、こうしてアリシアの応援に駆けつけることができたのだから。


 なかなか声を届かせることは難しいかもしれないけれど。

 預かっててほしいと言われたウィンリィを抱いて、できる限りの声援をここから送りたいと思う。


 どうか負けないでほしいのだ。

 少し耳をすませば会場のどこからでも聞こえてきそうな、『アリス』に対して向けられる心無い声に。


 ――何があっても、私だけはアリシアの味方だからね。


 そう心からの祈りを込めて、一次試験の経緯をそっと見守るルーテシアだった。

 次の瞬間、フィールドの中央にバチバチと召喚陣が現れるとともに、ゾッと血の気が引いたけれど。


 ――だ、ダメッ……!


 それは「防いではいけない」と直感から、思わず放ってしまった心の声になる。

 ほぼ同時に「おい……おいおいおい、ちょって待て!! 冗談だろっ!??」とかなり慌てた様子で、隣のリクニも動いていた。立てた2本指をフィールドに向けてビッとやる。


「おまえたちに、この一撃をォ……! しのげるかぁああああーッ!!!?」


 次の瞬間、フィールドほぼ全部が破壊の衝撃波インパルスに飲み込まれて。ビシビシと痛いほどの風のあおりを受けながら、ルーテシアはもう天を仰ぐしかなかった。



 ◆



 本当はソレ用のゴーレムを用意していたのに。


「どきなぁッ、ルーシエっ! アタシがやるッ!」

「えぇ、ちょっと何してんすかリリっち!?」


 とその直前でリリーラ・グランソニアが乱入。

 まさか直々(じきじき)に受験者らを一網打尽にしてしまうという、波乱の幕開けを迎えた一次試験である。その舞台裏を知る者こそ少ないが、結論から言おう。


 100名以上いた受験者らのなかで、無事にフィールドに残ったのはわずか数名――片手の指の数もいなかった。その内約はセレスディア屈指の名家とされる貴族出自の魔導士が数名のみで、いずれも今大会の優勝候補とされる者たちである。


 それ以外はものの見事に全滅だった。


「おいこらッー! リクニッ、ライカンッ、ジーラッ、それにテグシーッ!! テメェら何のつもりだ、いま邪魔しやがったな!? おかげで何人か残っちまったじゃねぇかよ、どうしてくれんだああッ!!?」

「いやいや。邪魔してくれたのはどっちだい、リリィ……?」

「うーん、そう言われてもなぁ。今のはさすがに見過ごせないって、リリーラさん。というか結構なファインプレーだったと思うんだけど……。まぁ結果は見ての通り、振るわないけどね」

「むぅ、少し遅かったか……。しかし4人がかりで抑えてなお、これほどの被害とは。相変わらずデタラメなことだ、リリーラ嬢よ……」

「というか1人も残さない気だったのか……」


 こっちのセリフだとも言いたげに表情をヒクつかせながら、困ったように手をヒラヒラさせ(最後に皮肉込み)、端然たんぜんとしたおごそかさで、呆れたようなため息交じりに。


 向けられた憤慨ふんがいの声に、咄嗟とっさに手出しをした魔女もしくは魔女狩りが各々のポジションから苦言をていする。(きゃーリクニ様よステキー!と目をハートにした黄色い声援もチラホラ。)


 ともあれ再び転移門が開き、リリーラはそこで強制退場。

 ヒューと糸のターザンで飛んできて、場を収めたのはテグシーだった。


「受験者諸君、済まなかった。少々手違いがあったようでね。ひとまず残ったキミたちは一次試験通過おめでとうなのだが……はて、どうしたものか。残りがこれだけではいささか盛り上がりにかけるというものだろう。少し時間をもらいたい。他の試験官らとも対応を協議し、繰り上げ合格の基準を定めたいと思う。ご観覧の皆様につきましても、今しばらくお待ちを」


 そして――。

 話し合うことしばらく「うん、そうだね。それでいこう」と決は下された。


「申し訳ないが負傷者多数につき、再試験は無しだ! これより一次試験の通過者と、その審査基準についてを告知する!」

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