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5-7.「のっけからアクシデント」


「ふぅやれやれ、参ったね。覚悟はしていたけれど、まさかあんなに怒るとは。危なかったぁ……。ケガしないでねとかアナウンスした矢先に、私が最初のケガ人になってたんじゃあ世話ない。まったく、伝説級のお笑いぐさになるところだったよ」


 開催宣言から間もなく、歓声と見物客で埋め尽くされたスタジアムの中央。

 用意された2つの特等席の片側に腰かけるのは、そう安堵の息を付きながらひたいをこするテグシー・グラノアラである。


 というのもつい今しがたまで、舞台の裏側でただならぬ剣幕となった幼馴染み、リリーラ・グランソニアに詰め寄られていたからだ。


『おおい、テグシぃ~。こいつぁどういう了見りょうけんだぁ~?』

『あはは。どうしたんだいリリィ、そんなに息巻いて。とても怖い顔になっているよ』


 こんな感じで思いっきりメンチを切られ、体を掴まれていた。

 念のためコメ印だが「胸ぐら」ではない。

 「体」だ。


 リリーラは開けた口の大きさだけで、テグシーの背丈くらいあるほどの巨躯きょくを誇っている。だからテグシーの胸ぐらを掴もうとしたらまむしかないのだが、それにしたって彼女の指先は太すぎるのだ。


 だからそうなる・・・・のも道理。

 にへりと口元だけ貼り付けたような笑みを浮かべているテグシーの、肩から上だけ残してガッシとワシ掴み。


『トボけてんじゃねぇぞ、このクソチビぃいッ!!!』


 恐竜のソレみたく、目のまえでゴギャアアと咆哮ハウルされた。

 耳も塞げないもので鼓膜こまくが破れないか心配だったし、やれやれ今年はまた一段と張り切ってるなぁとかも思いつつ。


 ひとまずは友情特典が働いてくれたのだろう。

 軽くニギニギされてから、ぶん投げられるだけで事なきを得る。

 それから『』をビュッとやって天井から宙ぶらりん、中空にぶら下がるテグシーにリリーラの怒号は続いた。


『聞いてねぇぞ、なんだありゃ!? 今年の出場者のなかに魔女が1匹混じってんじゃねぇかよ!? しかもアイツ、ゼノンのとこの奴だよな!? 確かアリスとかいう……!』


 案の定というべきか、やはり彼女が立腹していた要因はソレ――『アリス』に扮したアリシアのことだったらしい。昔からのことだが、リリーラは縄張り意識みたいなものが人よりちょっと強いところがある。


 他にも気持ちはいろいろあることとは思うが、つまるところ。

 魔女が魔女狩り試験に出ている――しかもよりによって・・・・・・、ゼノンと関わりのある『アリス』なことが鼻もちならないらしかった。


 まぁ無理もない。

 まさかそんな魔女がいるなんて思わないだろうし、他にもちょっと事情があるものだから。


 だがこんなこともあろうかと、その反論材料をテグシーはちゃんと用意している。『そう言われてもねぇ』とペラり懐から取り出したのは一枚の羊皮紙なのだが、それすなわちこの試験の参加者名簿だ。


 毎年のことだが、事前にリリーラにも「今年はこれで問題ないか」と共有しているものだった。何かとガサツで大雑把なリリーラのことだから、渡したところでどうせ見ないだろうことまで折込済みで。


『共有はちゃんと事前にしてたし、第一キミの認めた魔女しか出られない決まりはないだろう? それに来るものこばまずがずっとこの大会の信条だったじゃないか。そのおかげで現に、私たちも今の立場に落ち着けているわけだしね。ルールに抵触ていしょくしない以上、彼女の参加資格は誰にも剥奪はくだつできないよ。たとえそれがリリィ、キミであってもね』

『な、にぃ……!? こんなもの、私は見てないぞ!』

『いや見せたって』


 あらぬ言いがかりもあったが、そこは冷静にツッコミを入れる。

 その後もしばらくはグヌヌとなっていたリリーラだが、さすがに今さらくつがえせないと観念したのだろう。


『くそったれがぁッ!』


 ズガンと足元の機材に八つ当たりして、ズカズカとどこかへ行ってしまった。

 で、今に至る。


 もうすぐ一時審査が始まるというのに、いったいどこへ行ったのか。

 ちゃんと時間までに戻って来ればよいのだが。


 だがリリーラがあそこまで腹を立てたのも、一定の理解はできた。

 なにもリリーラは、アリシアのことが憎くて参加を拒んでいるわけではないのだ。彼女なりの考えや、このもよおしにかけている想いもあってのことだろうから――。


 そうこうしている間に目下では、さっそく一次試験の準備が進められていた。来るもの拒まずと門の広さも相まって、魔女狩り試験は毎年参加者が優に100名を超える。


 だから一次試験でまずはふるいにかけるのだ。

 だいたいの目安、三分の一くらいには候補者を間引けるように。


 試験方法は毎年変わるし、事前に知らされもしない。

 やりたがるクセに何も準備をしないリリーラに代わり、テグシーがあれやこれやと観客も退屈しないで済む企画を考えているわけだ。


 ある年はダンジョンに放り込んで早いもの順にしたり、またある年は巨大ゴーレムをフィールドに召喚して最後まで逃げ延びた者を一次試験の合格者としたこともあった。


 なんだかんだで毎年、楽しんで種目を考えているわけだが。

 中でも今年のは一風変わっているかもしれない。


 簡単にいえば、瞬発力や状況判断力が試されるテストだ。

 試験時間は一瞬。円周上、等間隔に並べられたすべての受験者たち、その中央に召喚陣からゴーレムが現れ、構えた大槌を思いっきり振るうのである。


 瞬間、とんでもない衝撃波インパルスが受験者たちを襲うことだろう。

 しかも1発ではない。

 ドゴンドゴンと怒涛どとうの勢いで続けざまに何発もくれてやるわけだ。


 それを凌ぎ、最後までフィールドに残っていられた者を通過者とするのである。

 テグシーにリリーラと一部の試験官だけが知っている(はずの)、それが今年の一時試験の内容だった。観衆らのあっと驚く反応が今から楽しみでならない。


 きっと中にはギリギリで耐え切れず、ポチャポチャと水に落ちてしまう受験者もいることだろう。それがまたコミカルな感じになって、がんばれがんばれと会場が声援に包まれれば尚良しと我ながら秀逸しゅういつな企画となっていた。


「だから早く帰ってくればいいのに、まったく。いつまでヘソをまげているのやら」

「テグシー様。ルーシエから、準備オーケーだそうです」

「ああ、ありがとう。アニタ」


 ともあれ、時間だから仕方ない。


「さて、今年は何人残るかな?」


 パチンとテグシーが指を弾けば、途端にバチバチとなって転移陣が発動。

 巨大ゴーレムが現れ、さっそく大槌を振るう――はずだった。


「……うんっ!?」


 素っ頓狂な声が出て、身を乗り出すようにして二度見する。

 だってそうだろう。召喚陣からはゴーレムが現れるはずだったのに、なぜかそこにいるのがサイズ感こそ同じなもののリリーラの巨体だったのだから。


 何か手違いでもあったのかと思ったが、そうでないとはすぐに気付く。

 なにせ彼女はすでにモーション・・・・・に入っていたからだ。


 持ち前の巨岩のように大きな拳をグッと握りしめ、二の腕をパンパンに膨らませるようにして高く持ち上げて。それもニタァと、イヤな予感しかしない悪魔の笑みとともに。


 まさか――。


「ちょっと待て、待つんだリリィ! ストッ――」

「心しろよ、ウジ虫どもぉーッ! これより一時試験を開始するッ!」


 気付いたときには遅かった。

 きっと受験者たちの多くも最後まで、クエスチョンマークでいっぱいだったことと思う。


 なぜの魔女狩り、リリーラ・グランソニアがいきなり召喚陣から現れるのか。

 加えてなぜ地竜の首を逆鱗げきりんもろとも素手でへし折ったと名高い伝説のグーが目前で、ブォンと風をまとうほどの勢いで振り落とされようとしているのか。


「おまえたちに、この一撃をォ……! しのげるかぁああああーッ!!!?」


 カッと閃光がほとばしり、ギュイーンと並々ならぬ破壊の衝撃波インパルスがたちまち広がる。フィールド全体がほぼ逃げ場なく、白光びゃっこうの方円に包まれる。


 間引くだなんてとんでもない。これでは根絶やしだった。

 まばゆいほどの光が収まったとき、残った者なんて実に数えるほど。


 コミカルな感じになって観客も楽しんでくれたらいいななんて、そんなテグシーの目論見とは裏腹に。


「おおぅふ……」


 お通夜つやみたいな静寂が、シンと会場いっぱいに満ちていた。

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