5-6.「魔女狩り試験が始まるよ」
たぶんだけど魔法って、少しまえの私が思っていたほど珍しいものではないのだろうな。とはこの頃、セレスディアに住む人たちの暮らしぶりを見ていてよく思うことになる。
たとえば街の灯りとか公園の噴水とか、あらゆる公共施設の動力源は基本的に各属性の魔石で賄われているし、生まれつき魔法適性の高い人はそれを活かして生業としていたりもする。
冒険者や魔道具職人などがその最たる例だろう。
たとえ小さな魔力しか扱えずとも、水の素養がある人は雨を降らせて畑の野菜を潤したり、魔力探知の得意な人が探偵業を営んでいたりと工夫の仕方は様々だ。
人々が恐れを成しているのはあくまで魔女という種族であって、魔法そのものではない。むしろそれらが生活に欠かせないものとなっていることは、新たな発見だった。
それにしてもここ数日やけに冒険者や、魔導士らしき人の姿が多いように思う。
というのも彼らは杖や魔剣、魔導書などを持ち歩いているので一目瞭然だからなのだが。
いったいどうしたのだろうと不思議に思っていたところ。
「へぶっ……なにこれ?」
その理由を、私は風に飛ばされ顔に張り付いてきた一枚のチラシから知ることになった。次の瞬間には晴天の霹靂、「これだーっ!」と叫ぶなり、走り出していて。
ちょうど悩みごとがあって、どうしたら良いのかと頭を悩ませていたところだったのだ。まさしくこれが、その解決の糸口になりそうな気がして。
いても立ってもいられず、私はまっすぐゼノンさん宅へと突っ走る。
ルンルンと首フリ、そのチラシを手に「ゼノンさーんっ!」と歓喜の声をあげながら。
それすなわち、今年度『魔女狩り試験』の開催を告げる広告だった。
◇
魔法使いや魔術師、魔導士といった具合に、魔法を使える人たちの呼び名にはいろいろある。
ぜんぶ同じに聞こえるかもしれないけれど、ここセレスディアにおいてそれらはれっきとした階級だ。その力量によって明確に区分され、ランク分けされている。
早い話、その頂点こそがゼノンさんたち『魔女狩り』だった。
全体で見ても一握りしかいない魔法戦闘のエキスパート集団で、交渉や監視など魔女という種族と関わるうえであらゆる特権が認められている。
力を誇示するためとか、単に箔を付けたいからとか、人によってその目的は様々だろうが。それほどまでに『魔女狩り』というステータスを得ることの意味合いは大きかった。国内にひしめく、多くの才ある者たちがこぞって目指す称号で。
なんでこんな話をするのかと言えばどうやら近日、そんな彼らにとって最大のイベントである『魔女狩り試験』が開催されるようだからである。つまりここで成績さえ残せれば、私だって『魔女狩り』になれるかもしれないわけで。(さすがにそれは無理か?)
「ゼノンさん! これ見てください、これ! 私も出たいです!」
「あ、何言ってんだおまえ。無理に決まってんだろうが」
すごいルンルンしながらダッシュで帰宅し、提案してみたところ秒でノーをいただいた。なんでどうしてと私は食い下がる。抗議した。
でも「無理なものは無理」とか「考えれば分かんだろ」とか、ゼノンさんはそんな感じでまともに耳も貸してくれない。しまいには「だぁもう、うっせぇな。いつまでもウジウジ言ってんな」と後ろ手でシッシされてしまった。
あんまりだと思った。
確かに魔女が魔女狩り試験に出たいなんて、突拍子もないことかもしれないけれど。
もうこれしかないのだ。
やっと見つけたかもしれない、唯一の活路なのに。
「ゼノンさんの分からず屋あああっ!」
結局取りつく島もなくて、びええとなりながらゼノンさん宅を飛び出すしかない私だった。
「……いや、なんで俺なんだよ」
そんな至極まっとうな文句も、まったく耳に届かないまま。
◇
というわけで、たぶん初めてゼノンさんとケンカらしくなってしまった私である。
と言っても行く当てもなくて、近くの川辺で三角座り。
心配して付いてきてくれたウィンリィを抱っこしながら「もう、ゼノンさんの頑固者。コチコチアタマ……」とグズるばかりだったが。
だって改めてチラシを見ても、私の出られない理由がとくに見当たらないのだ。
出場条件も「魔女狩りになりたい人」と一文しか書いてない。来るもの拒まずといったスタンスのようで、年齢制限すら無さそうだった。
というのもチラシの右下あたりで妙なマスコットキャラから吹きだしが出ていて、「子どもは大人に付き添ってもらってね」的なことが書いてあるからなのだが。
とはいえ、私は魔女だ。
しかも魔女登録もまっただなかで、まだ審査中の身である。
さすがにゼノンさんのお許しなしでは厳しそうだった。
だから許可を貰いにいったというのに、あんな……聞く耳もまったく持ってくれないなんて。
「もう、ゼノンさんのバカ―ッ!」
たまらずそんな心にもないことを叫んでしまう。
「いいじゃん、出るくらい……」
不貞腐れて、こうなったらいっそイルミナのときのように適当な大人の姿に化けて出場してしまおうか。いやでもそれじゃあ意味がないしなぁなどと悩んでいたときだった。
「おや、アリシアちゃんじゃないか。どうしたんだい、こんなところで」
見上げてみれば、そこにいたのはリクニさんだ。
いつものようにルゥちゃんを連れている。
聞けば簡単な『お遣いクエスト』の帰りみたいだったけれど。
そのとき、私はふと思い出した。
私の担当魔女狩りはゼノンさんだけれど、それは秘密裏のこと。
書類上は……。
「あああーっ!!!」
途端に指さし叫ぶ私に、「へっ?」となりながら首を傾げるリクニさんだった。
そして数日後、待ちわびたその日はやってくる。
集いしは魔法に心得のある老若男女、総勢にして100余名。
ボンボンと白昼のスタジアムに空砲があがって。
「やぁやぁ諸君、命知らずにして魔の道を歩む者たちよ。今年もついにこの日がやってきたぞ。盛大におっぱじめようじゃないか。開催にあたっていくつか注意点を。みんな仲良く、怪我のないように、結果はどうあれ恨みっこもなしだ。持てる力を存分に振るって――はい、リリィ」
「全力で穿ち合えッ! これより今年度『魔女狩り試験』を開催するッ!!!」
テグシー・グラノアラ。
リリーラ・グランソニア。
セレスディアの双璧とされる大小2人の女性魔女狩りが、その始まりを宣言する。
一方で『アリス』の姿に扮しながら、ごくりと生唾を呑む私だった。
噂に違わぬリリーラさんの、常人ではあり得ないほどの巨躯と威圧感もそうだが。
心なしか、ベロりと舌なめずりをしながらギョロリと蠢いたその眼光が。
「せいぜいアタシを楽しませろ。ウジ虫ども」
何だかまるで、私一人に向けられたみたいだったから。