5-5.「あらまるで新婚さんみたい」
幸い、それからルゥちゃんのことはすぐに見つけられた。
いったいどこにいたのかと聞けば、ずっと隠れていたのだという。
「え、魔法で存在感を消して隠れてた? ルゥちゃんってそんなこともできるの?」
ルゥちゃんがコクコクと頷く。
確かにまえに、リクニさんがそんなようなことを言っていたのを思い出した。
ルゥちゃんはとりわけ魔力コントロールが得意で、かくれんぼを始めるとなかなか見つけられないし、そういう違和を捉えることにも長けていると。大人でも難解な魔法パズルをものの数秒で解いてしまったり、私の変幻術を一目で見破ってしまったのがその良い例で。
ともかく気になるのは、それと一緒に出てきたルゥちゃんの証言になる。
ルゥちゃんも私とはぐれたことに気づいて、引き返そうとしたのだそうだ。
でも途中で妙な気配に気づいたとか。
「妙な気配……?」
それはつまり、リィゼルちゃんのことだろうか。
そうだったら良いのだが。
「もしかしたらその人、私の知ってる子かもしれないんだけれど……。鎧とか着てた? こうずんぐりした感じのおっきいフルメイルで――え、違う? 鎧なんか着てない……? 痩せた男の人……」
でも途中で首を横ふりされてしまえば、答えは1つしか残らなかった。
きっとその人が、リィゼルちゃんの追っていた誰かさんなのだろうと。
だから私はすかさず尋ねたのだ。
「ルゥちゃん、その人がどっちに行ったか分かる!?」
――でまぁ、追跡に乗り出したわけだ。
ルゥちゃんを見つけたら、すぐにこの屋敷から離れるように。
それがリィゼルちゃんからの言いつけだったが、素直に守ってはあげなかった。なにかリィゼルちゃんが危ないことに関わっているのではないかと、どうしても心配になって。
その案内役を買って出てくれたのがルゥちゃんになる。
大きな杖先で時おり空気をかき混ぜるようにしながら、たぶんこっちだよと教えてくれていた。
よく分からないけど、ルゥちゃんにはそれで分かるらしい。
その足取りには不思議なほど迷いがなく、はえーとなるばかりだった。
そんなルゥちゃんがもうそろそろかもと足を止めたのと、なにやら金属のぶつかり合うような物音を聞きつけたのがほぼ同時のことになる。たぶん元は応接間か何かだったのではないかと思うのだが。
壁際に張り付くようにして開け放たれた一室を覗いてみれば、フルメイルと誰かが相争っていたのだ。
片方は言わずもがなリィゼルちゃんなのだが、もう1人は分からない。
初めて見る顔、のはずなのだけれど……。
「あれ……? あの人、どこかで……?」
見たことあるような? 妙な既視感に、ハテと首を傾げたときだ。
キュピーンとそのチャーミングポイントでもあるアホ毛を、ルゥちゃんがアンテナみたいに佇立させたのは。慌ててポーチを漁って、何かを取り出すなり。
「えっなに、どうしたのルゥちゃん?」
バシバシとそれはものすごい勢いで背中を叩かれたので何かと思ったら、差し出されたのは1枚のチラシのようなものだった。
そこに写っていたのは1人のげっそりした男なのだが「あーそう、この人この人!」なんて言っている場合ではない。なにせそれは顔写真付きの手配書で、今まさに探していた「あれー、どこでみたんだっけなぁ?」の答えだったのだから。
ってことは……あの人、指名手配犯!?
なんでルゥちゃんがこんなものを持ち歩いているのかはナゾだが、気づけば勝手に体が動いていた。
「と、とにかくルゥちゃんはここにいて!」
それだけ伝えて杖を手に取り、私もすぐに中へと転がり込む。
すかさず魔法ミサイルで、不意の一発をスコンと撃ち込んで。
「な……っ、おまえ! なんで来てんだよ!? 離れろつったろ!?」
「だってリィゼルちゃんが言ったんでしょ? 妙な男の人を見つけたら魔法を使えって」
「バカ、そういう意味じゃ……!」
べっと舌を出して追及を躱していると、逆上した男が悪罵の声とともに襲い掛かってくる。おかげでそれ以上のお咎めは先延ばし、ウヤムヤとなってくれたことが幸いだった。
◇
2人がかりだったこともあり、手配犯の人を制圧するまでにはさほど時間もかからなかった。
相手の持っていたよく分からない杖型の武器をリィゼルちゃんが取り上げて破壊し、最後に私が魔力ミサイルを撃ち込んでノックアウトさせたと、決着だけ語ればそんな具合になる。
ともあれ悪人を退治し、一件落着。
リィゼルちゃんもさっきほど険呑な雰囲気ではなくなってくれたのだが。
改めて手配書をみればこの人、かなり多くの罪状をかけられたお尋ね者だったらしい。
しかもどれもこれも、物騒なものばかり。
するとやはり気になってくるのは、どうしてリィゼルちゃんがこの人を追っていたのかになる。顔色を窺いつつ、もう一度尋ねてみようとしたのだけれど。
「おまえには関係ない。さっきもそう言ったはずだ」
ピシャリ、またも跳ね付けられてしまった。
「目的は果たした。もうここに用はない、コイツにもな。魔女狩り共がここに来るようには後でボクが仕向けておく。だからおまえらも早くここから出ろ。本当は違う建物だったんだろ」
「あの、リィゼルちゃん。もし何か、私で力になれることがあったら」
「そんなの無い。もうボクに関わるな。それと――。今夜のことは、できれば誰にも言わないでくれ。とくにゼノンにはな」
「え、ゼノンさんに? どうして……?」
「頼んだぞ」
それだけ言い残して、リィゼルちゃんは行ってしまった。
結局なにも打ち明けてはくれなくて。
戸惑いを残したまま、私たちもその場を後にするしかなかった。
――というわけで、これがいったん事件の全容になる。
安請負してしまったお遣いクエスト、ルゥちゃんのマップの読み違え、そこに居合わせたリィゼルちゃん、さらには凶悪犯と、いろいろ不遇やアクシデントが重なってややこしいことになっていたわけだが。
ところで。
実を言うとあのとき凶悪犯を制圧するにあたって、私はお屋敷にちょっとした『穴』を開けてしまっていた。夜になればなんと1階から星空を臨めるかもしれない、かなり頑張れば見様によっては元からそういうデザインだったのではと思えなくもない大きさのプラネタリウムなのだが。
だから「黙ってて」なんて、お願いされるまでもなくそうするしかなかった。アリス=アリシア問題もあってとにかく目立つなと、ゼノンさんからも言われていたから。
私たちは昨日あの場にいなかったと、そういうことにするのが一番でみんなハッピーになれる落としどころだよねと。ルゥちゃんもマップを読み違えたことをリクニさんに知られたくないらしく、フンフンと首を縦に振ってくれた次第である。
それで今日は朝からソワソワして、大掃除なんか始めてしまったわけだけれど――。
どうにも落ち着かなくて、勉強もまったく手につかない1日だった。ゼノンさんがリクニさんに呼び出されたとき、急用と言っていたけれど何だろうと気になって仕方がない。
気づけばまたゴシゴシしていて、あとはいつもより手の込んだ夜ご飯の支度にお風呂まで焚いている私だった。とにかくゼノンさんが帰ってきても平常心と、そう自分に言い聞かせるしかなくて。
いざそのときはやってくる。
きっと内心ではもう、とっくに悟っていたのだ。
たぶんダメだろうなぁと。
「あっゼノンさん、おかえりなさい! 今日もお仕事お疲れ様でした! ご飯にしますか、お風呂にしますか!?」
だからそんな一度も言ったことのないセリフを口走り、火に油を注ぐ結果となったのだろう。ガッシと頭を掴まれ、修羅のごとき形相で睨まれる。
ともすればもう、私もニヘェとへつらうしかない。
「それとも、私……?」
「おう、よく分かってんじゃねぇかテメェ……! 目立つな、つったよなコラ」
揺れる幽鬼の影にヒッと、引きつった悲鳴が漏れる。
「昨日の晩、どこで何してやがったあああっ!?」
ミシミシとアイアンクローをもらい、私の苦鳴が玄関口に響くのだった。