5-4.「いざお遣いクエストへ」
子ども向けのお遣いクエストといえど達成すれば私のポイント稼ぎにもなるし、そもそも事前にほかの魔女狩りさんが下見をし、危険がないことは確認してくれているとのこと。
「そうそう心配は要らないはずだから、安心して行っておいで。ゼノンには僕から伝えておくよ」
そうリクニさんから肩ポンされたのもあって、そのときは頷いてしまったのだけれど。完全に安請負いだったと後悔することになるのは数時間後、現場を訪れてからのことになる。
そこにあったのは街の郊外にある、とあるお屋敷風の建物なのだが。
暮れなずむ空にギャースギャースと野鳥の鳴き声が飛び交って、なんだかすごくおどろおどろしい感じの漂うソレだったのだ。
ずっと前には富豪が住んでいたとか、遺産の相続争いがまだ続いていてずっと野ざらしになっているとか、こうなった経緯はもろもろ書いてあるけれど。そんなのは流し読みですっ飛ばし、私は戦慄した。
どうやらこの建物にまつわることでここ最近、不審な目撃情報が相次いでいるらしい。誰もいないはずなのに灯りがついていたとか、窓を横切る人影のようなものを見たとか。
つまり今回のお遣いクエストの内容は、この屋敷内の見回りやパトロールということで……。
「今からこの中に、入るってこと……?」
悟った瞬間、私は気が遠くなりそうだった。
ダメなのだ、こういうのは昔から。虫とかは比較的平気な方なのだけれど、オバケと雷だけはどうしても克服できない。
本を読むのは好きだけれど、ホラージャンルは絵本だって避けているくらいなのだ。
だから心霊現象なんてもってのほかなのに。
きっとそのときの私は、すごく眉間にシワとかが寄っていたことだと思う。
それくらい真剣に進退を悩んだのだ。
そして、決めた。
一応は年上お姉さんだから、なんて安いプライドはすぐにポイして。
「ねぇルゥちゃん、やっぱり……」
言いかけたところ、すでにルゥちゃんはおおおーっみたいな感じで、目をキラッキラさせながら興奮していた。完全にスイッチが入り、ボルテージもあがってきているご様子。
もしここで引き返そうなんて言い出そうものならどうなるか、悪くすれば一生の怨みをここで買うことになるだろう。
経験から分かるのだ。
ちょうどルゥちゃんくらいの子は、もう何人も見てきたから。
ともすればもう、選択の余地はない。
すべてを諦め、ため息。
「行こっか……」
ルゥちゃんと手を繋いでトボトボ、私は中へ入っていくのだった。
◇
で、それからの事についてはサクサク話していきたい。
というのも何がどういうことだったのか、私もまだイマイチよく分かっていないからになるのだけれど。
こうなった以上はもう仕方がない。
とにかく早く終わらせようと屋敷内に踏み込んだ私たちなのだが、思わぬアクシデントに見舞われたのがそれから間もなくのことになる。
ほんの少し目を離したスキに、なんとルゥちゃんがいなくなってしまったのだ。いったいどこにと、薄暗い回廊に視線を彷徨わせながら私はたいそう慌てていた。
これでは帰ろうにも帰れないではないか。
いったいどうしたらと、おっかなびっくりになりながらも先へ進むしかなくて。
「ルゥちゃーん、どこー……?」
薄闇の向こうにひっそり、消え入るような声を届かせたそのときだった。
カシャンと奥から、微かな物音を聞き取ったのは。
耳を澄ませばそれが足音だと分かって、私はすぐに駆けだした。
早くルゥちゃんと合流して、こんなところ早く出よう。
その一心で。
でも何かおかしいとは途中で気づく。
だってルゥちゃんはまだ背も小さくて、私よりもずっと軽い女の子なのだ。
それがこんなに確かな足音を響かせるとは、どう考えても不自然だろう。
加えてなんだろうか、このまるで金属の擦れるような音は……。
「ひっ……」
小さく悲鳴を漏らしたときにはもう遅かった。
その足音と重厚そうな人影は、もはや逃れられないほど目前まで迫っていて。
「――は? ちょっと待て、なんでおまえがここに」
瞬間、いやああとそれは大きな私の絶叫が屋敷内に轟く。
だって常識的に考えて、あり得ないだろう。
「のわあああっ、何だよ!? 何だよッ!?」
見上げるほど大きなフルメイルがひとりでに動いて、まさか口まで利いてくるだなんて。
◇
というわけで、なんと。
「はぁ、びっくりしたぁ。もう驚かさないでよ、リィゼルちゃん」
「いやこっちのセリフなんだけどな」
お遣いクエストの最中、屋敷内で遭遇したのはリィゼルちゃんだった。
基本的にアリスの姿でいるのはゼノンさんと一緒にいるときだけなので、すぐに気づいてもらえたことが幸いになる。
とにかくお化けじゃなくてよかったとほっと一息、安堵に胸をなで下ろす私だった。当人からは「失敬な」とでも言いたげに、すごく迷惑そうな目を向けられてしまったけれど。
久しぶりなので簡単にサラサラーっとおさらいしておくと、この子は名前をリィゼル・ラティアット。ゼノンさんと此処セレスディアまで旅をしていたころに出会った、かつては(今も?)魔道具職人『ヘンゼル』を名乗っていたという魔女の子どもになる。
私よりもずっと幼くて、たぶんルゥちゃんともさほど変わらないほどだ。
でも年齢にそぐわずその技術力はピカイチで、まさにいま私の愛用している杖を作ってくれたのがリィゼルちゃんになる。
普段は今のように『ヘンゼル』という自作した魔導人形のなかに籠っているのだけれど、これが内部はラボのようになっていて外見よりずっと広く、なかなかの快適空間が広がっているのだ。
負けん気が強いうえにすごい逞しい子で、セレスディアに到着するなり「もうお前らとつるむ理由がない」的な感じで、すぐにどこかへ行ってしまったのだが。
こうしていま(夜分に)よそ様のお宅、廊下のど真ん中で互いに腰を据えながらと、すごく奇妙なシチュエーションでの再会を果たしていた。
あれからどうしてるのかなー、ちゃんとご飯食べてるかなーなんて時おり気にかけてはいたのだけれど元気そうで何より。それこそセレスディアに来て以来だから、数か月ぶりくらいになるだろうか。
ひとまず身振り手振りで私がここにいる経緯を話すと、「ほーん、なるほどなぁ」みたいな反応が返ってくる。
「それで聞きたいんだけれど、小さな女の子見なかった? 髪の色は赤くて、年はたぶんリィゼルちゃんと同じくらいなんだけれど」
「いや、見なかったぞ。もう外に出たんじゃないのか?」
「そうなのかな……」
「知らねぇけどよ。つーかちょっと待て、そもそもおまえ地図読み違ってねぇか? これに書いてある住所、ココじゃないぞ?」
「えぇっ!? そんなはずは……あれ本当だ……。なんで」
そのときハッとし、失態に気付く。
ここに来るまでマップを見ていたのはルゥちゃんだったのだ。
やりたそうにしていたので「じゃあお願いね」と任せてしまったのだけれど。
「しまった……」
「なにやってんだよ……。でもそうか、もう1人いるんだったら急がないとな」
するとそんなことを言いいながらよっこらせと、リィゼルちゃんは立ち上がる。
聞けばリィゼルちゃんは、ある人物を追ってこの屋敷まで来たのだそうだ。
「追ってるって、誰を……?」
「おまえには関係ない。とにかくボクはそいつを探すから、おまえはとっととそのルゥとかってガキを見つけてここから離れろ。人質にでも取られたら面倒だからな」
「人質って……どういうこと、リィゼルちゃん? もう少し詳しく……」
「時間がないって言ってるだろ、ボクはもういく。でもそうだな、おまえも一応杖は出しておけ。あと万が一、妙な男を見つけたら何でもいいから魔法を使ってボクに知らせろ。それだけだ、じゃあな」
積もる話もいろいろあった。
話したいことも、今どうしてるのかとかももっと聞きたかった。
もし困っていることがあるなら力だって貸すのに。
何も話さず、来た道を引き返してリィゼルちゃんは行ってしまう。
やがてフルメイルの足音は薄闇の向こうに遠ざかり、ぽつり。
「リィゼルちゃん……」
私だけがその場に取り残されるのだった。