1-3.「借りぐらしという名の不法侵入」
自分が魔女だなんて、そんなのは今まで考えもしなかったことだ。
でもいざそう言われてみると、思い当たる節はいくつもあった。
確かに昔から、私の周りでは不可思議なことが多かったように思う。
虹という現象を始めて知ったとき、見てみたいなぁと呟いたら本当に雨が上がって、それはキレイな虹が空にかかったりとか。みんな同じ時期に植えたはずの種が、私が水をやっていた鉢だけ異様な速度でグングン伸びていったりとか。
あとは木登りに失敗して、結構な高さから落ちてしまったのだけれど。
地面に激突する寸前に風がもの凄い勢いでビュオーとなって、ケガなく着地できたなんてこともあった。これはいくら言っても信じてもらえなかったので、気のせいかとも思っていたけれど。
また聞いた話、私はまだ赤ん坊だったころに高架橋の下に捨てられていたらしい。その夜は雪が降っていて、明け方にかけてとても冷え込んだのだそうだ。でも私はおくるみ一枚で、いたって健康な状態で見つかった。
当時は奇跡だとか、野生動物が偶然近くに寝付いて助かったのではないかとか、そこそこ騒ぎになったらしいけれど。それももしかしたら、そういうことなのかもしれなくて。
と、ひとまず私が魔女だと分かる経緯までをポツポツと話してみたところ。
「魔女が、忌まわしの存在……?」
魔女狩りさんから返ってきた反応が、訝しむようにそんな感じだった。
「え……?」
「おまえ、孤児院で育ったとか言ってたな。どの辺りだ?」
「ロマール地方、と言って伝わりますか」
すると彼はどこか合点がいったように「あー」となって。
「なるほどな、そういうことか。無理もねぇ」
「どういうことですか?」
「あとで説明してやるから、先に続きを聞かせろ。自分が魔女だって分かって、それでおまえはどうしたんだ? なんでこの森に住みついてた」
「それは……」
どこまで話すべきか。
どこまでなら、ちゃんと信じてもらえるのか。
そんな逡巡を抱えながら、私はまた口を開く。
自分が魔女だと分かり、この森に住みつくまでの経緯についてを。
◇
事件があってからさほど日を置かず、私は街を出ていった。
今にして思えば冷静な判断ではなかったと思う。
もっとよく考えれば、ほかにやり様だってあったかもしれない。
でもそのときの私はひどく動転していて、それしか思いつかなかったのだ。
とにかく一刻も早く街を離れなければと、そう考えることで精一杯だった。アイツは魔女だと後ろ指をさされ、周囲の目があからさまに厳しいものとなったこともそうだが。
このまま留まっていたら孤児院やみんなに迷惑がかかってしまうし、またいつこの力が暴発して、人を傷つけてしまうかも分からなかったからだ。それが何より恐ろしくて、行く当てもないまま一人、街を離れるしかなかった。
『みんな、ごめんね……。ありがとう』
引き留めようとしてくれたみんなに、ちゃんとお別れも告げられなかったこと。
ただそれだけを心残りに思いながら――。
それから私は街を転々と渡り歩いた。
木の実や川魚を釣ってなんとか食べ繋ぎながら、集めていたのは魔女に関する情報だ。
私はこれからどうすればよいのか。
この得体の知れない力をどう制御し、どう生きていけばよいのか。
そのヒントを同じ境遇の誰かに尋ねようと思ったのだ。
そして少ない情報を頼りにどうにか辿り着いたのが、この森だった。
聞けば随分まえのことらしいが、この森のどこかに魔女が出入りするのを見たという人がいたらしい。
『それってどの辺りですか!?』
すかさず食いつき、妙なことを聞いてくる子どもだなとかたぶん思われながらも、地元の人から大体の位置を教えてもらう。ありがとうございますとペコり、頭を下げつつ。
「まさか行くってんじゃねぇだろうな? やめとけよ。あそこは奥に進むと、とくにおっかねぇ魔物がウヨウヨいるって危険域だ。手練れの冒険者だって滅多に近づかねぇ、帰ってこねぇこともあるんだからな」
そんな忠告を笑顔でやり過ごし、私はさっそくとその場所を目指すのだった。
そして――。
「見つけたのが、このお家でした」
項垂れながら、私は魔女狩りさんに白状する。
ここが実は見ず知らずな他人の家で、不法侵入したうえに勝手に住み着いていたことを。
ここにかつて魔女が住んでいた、というのはたぶん本当だろう。
なにせこの家は普通のそれではないのだ。
大きな木の根を屋根に、地下に向かって掘られている。
単に人が手を入れただけではとてもこうはならないだろうと、ひと目で分かるほどに自然と人為が入り組み、融合していて。
でも肝心の魔女は居なかった。
待てども待てども、誰も帰ってこなくって。
『あの、誰かいませんかー? お邪魔、しちゃいますよぉ……?』
それで試しにそーっと玄関に手をかけてみたら、なんと鍵が開いているではないか。しかもそこに広がっていたのは柔らかそうなベッドやお風呂、暖炉まで備わった快適空間ときた。
『わぁーっ!』
そのときの私はといえば、それはもうキラキラと目を輝かせたものだ。
埃の積もり具合からして、かなり長い間人の出入りがなかったことは明らかなうえ、ゆっくり浸かれるお風呂やふかふかのベッドも長いことお預けだったともなればもう、誘惑を振り切ることなんてできない。
ちょっとくらい、いいよね……?
一回だけ。うん、今夜だけだから。
そう言い聞かせながら、私はこっそりお邪魔しまぁすして――。
「……で、そのまま住み着いてたってわけか」
「はい、すみません……」
「どれくらいだ?」
「たぶん半年くらい、でしょうか」
「はん……」
「あの、ごめんなさい……」
重ねられる追及にただ粛々と詫びいる。
謝る相手が違うとは思ったけれど、そうするしかなかった。
ちなみに反応からして、魔女狩りさんもここを私の家だと思い込んで踏み込んだのだと思う。つまりそういう意味では同罪になるのだけれど、口にする勇気はさすがになかった。
「まぁいい。それで?」
髪をがりがりしながら続きを促されるが、その先で語るべきことはもうさほど多くない。
不運だった。結局ほかの魔女さんを見つけることはできなかったものの、ようやくひとまずは屋根のあるところに落ち着く。安息の地を得られたのも束の間、偶然近くを通りがかった冒険者に姿を目撃されてしまったのだから。
私も必死だった。
ここに自分が住みついたことが知れたら、また追い出されてしまうのではないか。そう考えると怖くて、どうしていいか分からなくて。
『ダ、ダメ……! こっちに来ないでッ!』
気付くとまた、あのときと同じことが起こってしまっていた。
感情のまま、制御の効かない力が暴発してしまって。
「幸い、今度はケガをさせずに済んだのですけれど。それを期に」
「また森に魔女が住みついた。そんなウワサでも立っちまったてところか」
「はい……。たくさんの冒険者の人たちが、私を探しにここまで来るようになってしまいました。お家の場所がバレてしまうとまた困るので、私はその……迎え撃つしかなくて」
大人のフリをしていたのは単純に、その方がハクが出ると思ったからだ。
少なくともこのままの姿で出向くよりは良いと思った。どうせなら恐ろしい魔女を演じたほうが、いくらかハッタリも効くし、興味本位で近づく人も少なくなってくれるかなって。
絵本で読んだコワい魔女のイメージを再現してみた、とは余談だけれど。
「にしても、どうやって化けたんだよ。誰かから教わったわけでもねぇんだろ?」
「そこはなんというか……何となくです。できそうな気がしてやってみたら、なんかできちゃって……。と言っても、見掛け倒しですけど」
「……火事場のバカ力ってとこか。まぁ魔女にはよくあることだがな」
「そ、そうなんですか……?」
「あぁ、気付いたらできてたってな。そんなんばっかりだ。ったく、どいつもこいつも」
てっきり胡散臭がられるかなと思ったら、そうでもなく認可される。
文句垂れ垂れというか、呆れたようではあったけれど。
とにもかくにもこれが、私がこの森で怖い魔女のフリなんかしていたおよその経緯だった。