4-9.「あと少しだけ」
その翌日、ゼノンが訪れていたのは魔女狩りギルドの本部だ。
ここに来るのも随分、久しぶりのことになる。
正直ゼノンのギルドでの立ち位置はあまり芳しいものとは言えず、気もまったく進まなかった。
あることないこと含めてなにかと風評が飛び交っており実質、出禁をくらっているようなものなのだ。べつにそんなのは痛くも痒くもないが、行けば少なからずガイヤ共がざわつくので極力避けるようにはしている。
しかし、今回ばかりは仕方ないと重い腰をあげた。
幸いそこはリクニも気を遣って、なるべく他の魔女狩りとエンカウントしなくて済むように裏口ルートや時間帯から案内してくれたけれど。
「これはこれでムカつくぜ。なんか俺がビビってるみたいじゃねぇかよ」
「まぁまぁ、そう言わないで。無用なトラブルを避けるに越したことはないだろう?」
回廊を歩きながら、今さらなんだか納得がいかず、頭をガリガリ悪態をつくゼノンだった。
――こうなった以上、やっぱりアリシアの監査はゼノンが受け持つしかないだろう。それは昨夜、土壇場で行った協議の末に決まったことになる。
おいちょっと待てなんでそうなる、とはすぐに反論した。
だがそんなのはわざわざ聞き返すまでもなく、ゼノンにも分かりきっていることで。
今回、アリシアが寝床を抜け出してしまった最大の要因は自分だ。しかも自覚なしの夢遊病みたいな症状で、起きても何も覚えていない可能性が高いと来ている。ともすればこのまま元の生活に戻ったところで、きっとまた同じことが起こるだけだろう。
自覚もなく、毎晩ひとりでに起き出してしまう魔女の子ども。
そんな状態で、この先に控えている魔女登録の審査をクリアしていけるとは到底思えなかった。悪くすれば危険分子と判断され、監視や隔離がいっそう厳しいものとなることだって考えられる。
なぜアリシアが教えてなかったはずのゼノンの自宅に行きつけたのか。
そして数々のセキュリティを張り巡らせてあるあの森を、ゼノンに気取られることなく突破できたのか。その理由も分からず仕舞いとなれば、尚のこと。
しかし、その予防策が1つだけあるのだ。
それも完治率100%と銘打てるほどの、確実な処方箋が。
指摘されるまでそれに気づかないほど、ゼノンも鈍くはない。
そう、つまりは再びゼノンがアリシアと一緒になればいいのである。
正式に担当魔女狩りとして、ゼノンがアリシアを迎え入れれば必然、症状は収まるはずで。
『確かにそうかもしれねぇが……。お前だって分かってんだろ、リクニ。俺と関わりがあるなんて知れたら、こいつだって』
『そうだろうね。だからこれはあくまで秘密裏のことだ。名前を貸すから、表向きは僕ってことにしよう。でもさすがに誰にも伝えないわけにはいかないだろうから、そうだな。テグシー辺りには僕から話してみるよ』
『テグシーか……』
『あれ、浮かない反応だね。マズイかい?』
『いや、なんつーか……。アイツが関わると通らない予感がしねぇんだよな。てかアイツ、こういうのぜってぇ面白がるだろ。たぶん秒でゴーサイン出してくるぞ』
『はは、まぁ良くも悪くもテキトーだからね。彼女は……』
リクニ直属の上司で、人命でも関わらない限り、大抵のことならオーケーと2つ返事で頷いてくる彼女のことだ。この話も持ち掛ければ「ほぅ、面白いじゃないか」とか言って半ば悪乗りのいいぞもっとやれムーブで承認を下すに違いない。
なまじ立場もあるせいで、どんなに現実味のない話にも、首の皮一枚でそれが伴ってしまうのが厄介なところだ。おかげでできればやりたくない危ない綱渡りも、できなくもなくなってしまう。(リィゼルのこと然り。)
でもこうなった以上、致し方のないことだった。
することのマイナスより、しないことのマイナスの方がデカいのだからどうしようもない。付けたい文句や懸念点はまだ山とあるが……。
『実に健気な良い子じゃないか。ちゃんと大事にしてあげるんだよ、ゼノン』
『くそ、面白がりやがって。他人ごとじゃねぇだろうが』
ずっとというわけではない。
ただ、いましばらく。
もう少しだけ、この子の心が成長するまで。
そういう約束で、再び――。
◆
目が覚めたとき、知らない場所にいたのではきっと混乱してしまうだろう。
ひとまず今回のことは本人にも伝えない。
そういうことにして昨晩、アリシアのことはリクニが負ぶって連れ帰った。
それでいま、わざとらしく迎えに行っているわけだ。
ちなみにやはり、アリシアは昨日のことを何も覚えていなかったらしい。
ついでにゼノンが来ることもまだ知らないとのこと。
「いや、なんで言わねぇんだよ」
「サプライズだよ。その方があの子、喜びそうじゃないかなって」
「はっ、どうだかな」
本当にどうだかだった。
自分だったらゴメンだ。
あらかじめ反応を期待されたうえで、裏でこそこそ根回しされるだなんて。
嬉しいとか以前の問題で、普通にシラける。
なに勝手に盛り上がってんだと。
曲がりなりにもそれらしい反応を、なんて気も起こらない。
実にハタ迷惑な企画としか思えなかった。
仮に今回、自分がアリシアの立場だったとしたら「あ、なんかいる。いや確かに会いたいみたいなことは前に言ったかもだけど、まぁ実際にご登場されても別にそんな」みたいな反応になること間違いなしだろう。
そう考えると、本当に余計なことをしてくれたものだとウンザリする。
ともあれ――。
「ほら、あそこだよ」と指さされた先に、昨日ぶりの姿を見つけた。
ギルド内にある中庭の向こう、ベンチにちょこんと腰かけている小さな白い髪の少女を。リュックを抱くようにして俯き加減、見るからにションボリしている。
「なんであんな沈んでんだ?」
「今日から担当の魔女狩りがまた別の人に代わるとだけ伝えてあるからね。緊張してるんだと思うよ」
「くだらねぇことしやがって。言っとくがリクニ」
「いいから、早く迎えに行っておいで。善は急げだ、さぁ」
「……ったく。おまえが期待してるようにはならないからな」
ポンと背を押し出されるまま、仕方なく回収に向かう。
何を期待しているんだか知らないが、こんなお膳立てたっぷりな再会シーンなんてさっさと終わらせてしまおうと。
だが――。
「いいや? そんなことないと思うよ、ゼノン」
送り出したその背に、そっと語りかけたのはリクニだった。
きっと彼のことだから、ちっとも気付いてやしないのだろう。
いかにアリシアにとって、ゼノンという存在が大きなものとなっているか。
この半月足らず、誰より近くでアリシアを見守ってきたリクニだからこそ――。
案の定、それから間もなくのことだった。
俯かせていた顔をあげるなり、飛びつくようにゼノンを押し倒して。
「うわっ、なんだおまえいきなり! っておい、やめろ! くっついてくんじゃねぇ!?」
ほらね、と微笑ましくなる。
ゼノンさん会いたかった良かったゼノンさんびえええと、それはそれは元気な産声みたいな泣き声が中庭いっぱいに響くのだった。
パート4はここまでです。
このパート1~4までで第1部という感じでしょうか。
ので、次のパート5から第2部やっていきます。
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