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4-8.「眠りこけたまま遥々」


 事件が起きたのは、ゼノンがセレスディアに帰投してから半月ほどが過ぎたころになる。季節の変わり目で、物静かな夜の森には虫の鈴なりも響いていたのだが。


 最初に反応を示したのは、地面にこうべを垂らしていたウィンリィだった。耳をピクリとやって、何者かに呼びかけられたかのように鼻先を持ちあげる。


 すると立ち上がり、いきなりサイズを『小』から『中』へと変化させたではないか。ちょうどエサをやろうと外に出ていたところで、いったい何事かとゼノンも目を見張った。しかし半歩遅れてすぐにも違和を察知する。


 ウィンリィが見定めるのと同じ方向、月明りに照らされた薄闇うすやみの向こうから。

 小さいが何者かの気配と、引きずるような足音が近づいてきていることに。


 自分に恨みを抱いているだろうやからは数知れず、しょうもない闇討ち未遂みすいにあったのも一度や二度ではない。どうせまたその手の連中だろうと、チッと舌を鳴らしてから迎撃態勢を取った。


 ところが――。


「な、に……?」


 途端にゼノンは言葉を失うことになる。

 ヨタヨタと覚束ない足取りで、森の奥から出てきた人影。

 月明りに照らされあらわとなったその全体的に白い姿が、見知った相手なんてものではなかったからだ。


「イル、ミナ……?」


 いつもは二つ結びにしている髪を解いているし、パジャマ姿なので一瞬は見紛みまがったが。


 紛れもない彼女の姿が、そこにあって。

 なぜここにいるのかと疑問も当然だが、それより。


 何か様子がおかしいとはすぐに気取けどる。

 こちらを捉えるなりその足は止まったが、まるで忘我したかのように言葉もなく、少女がただその場に立ち尽くすばかりだったからだ。


 青白い燐光のともった瞳の焦点も、どこか定まっていない。

 まるでそこに彼女の意志がなく、何かに取りつかれているかのような薄気味悪さを秘めていて。


「おまえ、なんで……」


 ここに、と尋ねかけたところでとっさに体が動いた。

 釣られていた糸がプツリと切れたみたいに、その小さな体からふっと力が抜け去るのを見取ったからだ。


「ゼノ……さ……」


 その瞬間、ゼノンは見た。

 うるんだ瞳から、一筋の光が流れ落ちていくのを。

 体を滑り込ませてギリギリ、間一髪で受け止めることはできたものの。


「おいアリシア、しっかりしろ! ――おいッ!」


 何度呼びかけてもその夜、少女が目を覚ますことはなかった。



 ◇



「おいゼノン、いるか!? いるなら開けてくれ、頼む! 緊急事態なんだ!」


 それから間もなくのことになる。

 血相を変えた様子でドンドン、ゼノン宅にリクニが駆けつけてきたのは。


「分かってる。こいつのことだろ?」


 ベッドで寝息を立てているアリシアを見せてやれば、ひとまず落ち着きは取り戻したようだけれど。ひどく困惑した様子で、リクニは尋ねてくる。


「ゼノン……これはいったい、どういうことだ? なんでアリシアちゃんがここに……?」

「こっちが聞きてぇくらいだっつの」


 話を聞く限り、リクニもアリシアが床を抜け出しているのに気付いたのはついさっきのことだそうだ。リクニは魔力探知を得意としているがそれでも追いきれず、とにもかくにもまずはゼノンに報せに駆けつけたのだという。


「このことを知ってるのは……?」

「安心してくれ、僕を含めて数人だけだ。まだ騒ぎにしないようには言ってある。この半月足らず、本当に良い子でいてくれたからね。この子に限って滅多なことはないはずって、みんな少しだけ猶予ゆうよをくれたんだ」


 とにかく、見つかったことだけでも早くみんなに報せないと。

 そういって開け放った窓から、ふぅと数枚の紙札を飛ばすリクニだった。


 そうして状況が落ち着いたところで、改めて何があったのかをすり合わせる。

 そもそもアリシアは、ここにゼノンが住んでいること自体知らないはずなのだ。


 加えて意識を失う直前、彼女の様子は明らかに普通ではなかった。

 何者かの精神操作を受けているのかとも思ったが、眠っているあいだに解析トレースしてもそんな痕跡は見当たらない。ともすれば――。


「まるで眠ったまま、体だけが勝手に動いてたみたいな……」

「うん。僕も、たぶんそれが答えだと思う」


 ゼノンとリクニの見解はそこで一致した。


 聞いたことがあったのだ。

 魔女にとっての魔法とは、すなわち『願い』であると。

 魔法を『ロジック』として捉える魔女狩りと、そこがもっとも大きく根本的な違いであるとはよく言われることだ。


 だから、さして珍しい話でもない。

 アリシアのようにまだ子どもで精神的にも未熟な魔女が、感情の揺らぎにより魔法を暴発させてしまうことは。さすがに雷雲まで呼ぶかどうかは話を別としても。


 だから出会った時点でアリシアが誰からも教わらずに、すでにいくつか魔法を身に着けていたことも驚きはなかった。


 魔法ミサイルを打てたことも、光をうまいこと捻じ曲げて架空の魔女を演じていたことも、すべては必要に迫られて開花した才能。魔女の才覚とも呼ぶべき、生まれ持った彼女の素質だから。文句を付けたって、そこは仕方がないのである。


 しかし裏を返せば、それは――。

 どうしても叶えたい願いと、それを実際に叶えてしまえるポテンシャルさえ秘めていれば、どんな形であれその実現まで漕ぎつけてしまえるという、とんでも厄介な魔女の性質ともイコールで。


 きっと今回のこれは、そういうことなのだ。

 アリシアはこの半月ほど、ことあるごとにゼノンに会いたがっていたという。どうしてもゼノンと再会したい、その願望があらぬ形で魔法となって体現し、叶えてしまったのだとしたら。


「じゃあつまり夢遊病、みたいなものってことか……?」

「うん、しかも魔女版のとびっきり強烈なやつだね」

「冗談だろ……?」

「眠りこけたまま遥々はるばる、こんなところまで来ちゃったんだねぇ」


 衝撃すぎる真実。

 がっくりと膝をつきたくなりながら、もはや言葉もなしと面食らうしかなかった。

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