4-6.「ワッホーイとなったのも束の間……」
どうやらあの初回面接はそのまま、セレスディア王国への入国審査も兼ねていたらしい。
結果が出るまでは待機ということで、しばしの足止めとなった私たちである。でもただ待ちぼうけしていたわけではなく、その時間も私にとってはとても有意義なものとなった。
リィゼルちゃんに作ってもらった新しい杖がついに安静期間を終え、真の意味で完成を迎えたのだ。それでお待ちかねと、ワクワクしながらさっそく試しぶりをしてみたのだが。
念のためと、ゼノンさんに街からやや離れた丘のうえまで連れ出されていたことが幸いだった。少しビュっとやったら、思いのほかドゴォンとなってしまって。
「あ、あれぇ……?」
「おまえ、多少マシになったと思ったらこれかよ」
「ちょっと待ってください、今のは久しぶりだったからで……! もっかいやりますから見ててくださいね……!」
でもまたドゴォンとなってしまえば、申し開きようもなかった。
杖さんに訴えるように「なんでええっ!?」となる。
せっかくゼノンさんがまたいろいろ教えてくれると言ってくれたのに。
「こりゃあ調整しなおしだな」
そう頭を痛そうにされ、目をしょぼつかせるしかない私だった。
でもそれからの練習にはとても身が入った。こないだの話で、いざというときには自衛できなくちゃいけない理由もよく分かったから。
魔力を込めすぎてもダメ、抑えすぎてもダメとなかなかに我がままボディな新しい杖さんとの格闘の日々が続く。そんなあくる日のことだった。
ピュイーと甲高い鳴き声がして、頭上を見上げたゼノンさん。
そこに何やら書簡らしき包みが落とされ、危なげなくキャッチしたのは。
もしやと思ったら、そのもしやだ。
「審査の結果が出た。入国オーケーだとよ」
そこそこさらっと言われてしまったけれど……。
そうと聞いた途端に私は安堵がこみ上げる。
たちまちワッホーイとなって、木陰で休んでいた大型犬サイズのウィンリィにも抱き着いた。
「いや燥ぎすぎだろ、まだ本登録でもねぇってのに」
「そうですけど、そうですけど……! でもずっと不安だったんですよ! もしダメだったらどうしようって……!」
「心配しすぎだ。べつに弾かれたとこで突き返されるわけでもねぇ。まぁともあれ、これでひと安心ってとこか。とりあえず……良かったな、アリシア」
「……え?」
あまりに突然のことで一瞬、呆気に取られる私だった。
でも聞き間違えではない。
いま確かにゼノンさんは、私のことを。
「ゼノンさん、いまなんて……?」
「……いや。やっぱ、何でもねぇ」
するとすぐにも奥歯にものが挟まったようなムズムズ表情になって、ゼノンさんはプイと顔を背けてしまったけれど。えっちょっと、と私もすぐにリピートを求める。
「私のこと、今なんて呼びました……!?」
「呼んでねぇ」
そうはさせじと、しつこく追及した。
だってゼノンさんは今まで私のことを、必ずコード名の『イルミナ』で呼んでいたから。
出会った日から今日まで、本当にずっとだ。
それこそちゃんと名前で呼んでくれたことなんて、ただの一度もなくて。
最初のころはそんな名前じゃないのにとむぅとなっていた時期もあったけれど、いつしか慣れて何も思わなくなっていた。もうほとんど諦めかけていたのに、いま――。
「ゼノンさん……!」
「……あんだよ、ただ名前呼んだだけだろうが」
結局ワンモアは叶わなかったけれど。
その自供だけでも十分だった。
わぁ~っとさらに嬉しくなる。
もしかしてこれは、あれだろうか。
免許皆伝的な?
いや絶対違うというかそんなわけないのだけれど、雰囲気の話だ。
長旅ご苦労さまみたいな意味合いで呼んでくれたのかもしれない。
あるいはいよいよセレスディアに入国となるといつまでも『イルミナ』呼びというわけにもいかないから、そろそろ潮時か的にそうなっただけかもしれないけれど。
理由なんてどうでも良かった。
ゼノンさんが初めて、私をちゃんと呼んでくれた。
そのことがただ嬉しくて、ウキウキして。
でも――。
「まぁ、なんだ。あれだ……」
思いもよらないことが告げられたのは、その直後のことになる。
「……え?」
言われる意味が分からないままその間、私はただ硬直するばかりだった。
さも当然のことみたいにあれこれ、何かの説明は続いていたけれど。
まるで時間が止まってしまったみたいな停滞のなかで。
気付けばぽつり、私はその一言だけを聞き返していて。
「――最後?」
◆
――魔女コード、『イルミナ』。
魔女狩り、ゼノン・ドッカーが初めてその名を耳にしたのは、遡ること今から数週間まえのことになる。
「やぁゼノン、久しぶりだね。元気にしてたかい?」
ところでゼノンの住んでいるのは、人も滅多に立ち寄らない森の奥だ。
無用な人との関わり合いをさけるためで、何重にもセキュリティをかけて少なくとも一般人には見つからないようにしてあるのだが。
珍しく来客があったので一応出てみたら、そこにあったのは見知った顔。
キラキラと鬱陶しいくらいに笑顔を輝かせているリクニ・オーフェンだった。リクニとは昔馴染みで、一応は親友と呼べる間柄になるのだけれど。
「…………」
ゼノンは知っていた。
コイツがこうやって屈託のない笑顔を向けてくるのは、必ず何か裏があるときなことを。
どうせまた厄介ごとをため込んでいるのだろう。
立場と性格上、なにかと板挟みにあうことの多い奴だから。
そんな察しはすぐに付いたものの、関わり合いになりたくないのが本音だった。
「悪ぃな、いますこぶる体調が悪くてよ。また今度にしてくれ」
そっ閉じしてお引き取り願おうとしたら、ガンとすかさず隙間に足を挟み込まれる。
「なんだって、体調が悪い!? そりゃあ一大事じゃないか! 安心してくれ、僕が看病してあげるよ! そうだな、とても精のつくお粥を作ってあげよう! 食べたらカゼなんてすぐに吹っ飛ぶさ!」
「要らねぇよ、じゃあな。足どけろ」
「待つんだ、待ってくれ! 僕は今日、どうしてもキミと話がしたいいいっ!」
「あーそうだな、久々に話せて楽しかったぜ。つーか俺よりテメェの心配したらどうなんだ? 早くどけねぇと自分の看病することになんぜ? 薄っぺらそうなクツ履きやがって、天下のスターゲイザー様よ」
「あっ、こら! その呼び方はやめてくれって……あああ痛い痛い痛いっ! こらゼノン、やっぱりキミすこぶる元気じゃないか!? ぜんぜん体調不良っぽくないよね!? 有り余ったその力、今こそ人々の役にぃい!」
人知れぬ森の奥、ミシミシと足先をプレスされたリクニの絶叫が響くのだった。
◆
そんな感じでぎゃいぎゃい、ひと悶着はあったものの。
結局、折れたのはゼノンの方だった。お願いだよどうしても手ぶらでは帰れないんだと食い下がられ、仕方なく話だけでも聞いてやる運びとなる。
「ううう、こんなのひどいじゃないか。ゼノン」
「忠告はしただろうが。おまえがさっさと足どけねぇからだろ」
「挟まれて抜けなかったんだよ!」
ちゃぶ台を叩かれ抗議されても、知ったことじゃなかったが。
「で、本題はなんだよ?」
尋ねれば、それからリクニが持ち出したのはコード名『ヨルズ』とかいう魔女のことだった。何でもここからずっと西方にある岩谷に近ごろ住み着いた魔女のようなのだが、偵察に向かった調査員や魔女狩り補佐たちがもう何人も帰ってこないのだという。
よほど厄介な相手なのか、あるいは魔女が複数絡んでいるのか。
いずれにせよ、様子を見に行ってほしいとのことだった。
「なんで俺が」
「それがその、人手が足りなくってさ」
「こないだようやく帰ってきたばかりだってのに」
「面目ない。そこは本当に申し訳ないと思ってるよ」
「……ったく」
いろいろ思うところはあったが、確かに行方不明者の数が数。
これ以上、放置するのはタイムリミット的にも厳しいだろう。
まぁ余暇を持て余していたのは事実なので、腰を上げることにした。
よほど切羽つまっていたのか「信じてたよ、ゼノン!」と感涙しているリクニを「お、おう……」とちょっと不憫にも思いつつ。
ともあれ地図を広げ、ここから目的地までのルートを結ぶリクニだ。
そこには他の魔女の情報も書き込まれていたのだが。
ルートの近くにあった1つの魔女コードがふと目に留まる。
「イルミナ……?」
「あぁ、そうそう。彼女もね、最近なかなか気になってきてるんだよね」
聞けば、ここにも何人か魔女狩りを向かわせたとのこと。
でもこれがなかなか手ごわいらしく、軒並み返り討ちにあって帰ってくるそうだ。
幸い向こうにも害意はないということなのか、大きなケガ人や行方不明者は今のところ出ていない。しかし魔女狩りを追い返してしまったことで懸賞額があがり、腕試し気分で挑みにいく冒険者も増えているとか何とか。
「なんだそりゃ」
「ほんとなんだそれなんだけど、あんまり放っておくと本当に危ない奴もよってくるかも。早いところ手を打たないとなんだよねぇ」
そこまで言ってリクニも気付いたのだろう。
ややルートは外れるが、寄り道すれば『ヨルズ』のついでに向かえなくもないことに。
ちらっと何か言いづらそうにしている視線を送られて「ったく、わぁったよ」と、結局そういうことになった。といっても、これについてはべつに情けをかけたわけではない。
個人的にも、ちょっと気になることがあったからだ。
『イルミナ』が潜んでいるという森。
そこにはかつて、ゼノンが拠点としていた住処があって。
――いや、まさかな。
本当にそのまさかだったとは、さすがにこのときは思わなかったけれど。