4-5.「魔女狩りの成り立ち」
(この話には少しダークっぽい内容が含まれています。)
いったいどんな質問が飛んでくるのかと、戦々恐々しながら臨んだ初回面接になる。でもゼノンさんの言った通り、身構える必要なんてまったくなかった。
たとえば志望動機とか、登録を受けたら何がしたいかとか。
てっきりそんな畏まったことも聞かれるとばかり想像していたのだけれど。
結局、尋ねられたのは名前とか出身地、誕生日などごく基本的なことばかり。
それもゼノンさんが事情をバーッと説明した後で、「では最後に」とオマケ程度のことだった。それこそ拍子抜けなくらい面接官の人もみんな優しくて、怖いことなんて何もなくて。
「ぃよかったああ……」
ともかく何もヘマをやらかさずに済んだと、会場を後にするなり安堵を決壊させる私だった。トボトボ肩を撫で下ろしながらスリラーしていると、「だから言ったろうが」とは呆れたようにゼノンさんから。
「確かに魔女登録は、誰でもすんなり通過できるかつったらそうじゃねぇ。認可されるまでに下手したら数年かかる場合だってある。だがそれはよっぽど年食ってたり、何かやらかしてた場合だ」
それは最初のときにも教えてもらった、魔女登録という仕組みについてのおさらいだ。
「おまえみたいなガキなら、そうそう厳しいものにはならねぇんだよ。ましてや変異型で、人里で暮らした経験もあるなら尚さらな。出身がロマールってことも汲めば、それなりに情も引けんだろ」
「それで皆さん、あんなに優しかったんですかね……? ところでなんですか、ヘンイガタって」
「魔女にもいろいろタイプがあんだよ。で、人間の親からいきなり生まれちまった魔女を、俺たちはそう呼んでんだ。話を聞く限りじゃ、たぶんおまえはそっちだろ」
よく分からないけど「ふぅん、そうなんですね……?」と、とりあえずそれも有利に働いたらしいということで腑に落としておいた。ともあれ話を戻す恰好で、私は改めてゼノンさんに確かめる。
「何か良くない経歴があると、魔女登録ができなくなっちゃうかもしれない。だからゼノンさんは黙ってくれてるんですよね。私がその、イル――」
「分かってんなら、わざわざ口に出すな」
口にしかけたところで、頭をワシ掴みにグイとされる。
小声で謝ったら、すぐに放してくれたけれど。
「あの、前から気になってたんですけど……。そうすることでゼノンさんの立場が、悪くなったりはしないんですか?」
「そりゃなるだろうよ、バレたら」
「そんな、だったらやっぱり今からでも……!」
「名乗り出るか? やめとけ。べつに隠してるのは、魔女登録のためだけじゃねぇんだよ」
「え、他にも理由が……?」
いったいどういうことかと困惑する私に、「まぁ丁度いいか」とゼノンさんは後ろ頭をガリガリ。
「いずれ話そうとは思ってたしな」
それから語られたのは、そもそも魔女狩りという存在の成り立ちについてだ。
「おまえ、魔女狩りってそもそも何だか分かるか?」
ふいにそう尋ねられて、私はうーんと眉根を寄せる。
実を言うと、そこは今ひとつ分かっていなかったからだ。
魔女は種族名で、生まれながらに体内に魔力を生成する器官を持つ人間だとか、場所によっては『ヒトの魔獣』という解釈もされているらしいけれど。(私の出身地であるロマールがまさにそういうところだったから、あんなに怖がられたみたい。)
でもそうと聞いたとき、私は率直に思ってしまったのだ。
それは魔女狩りさんたちも同じか、大差ないことではないのかと。
確かに体の構造的な違いはあるのかもしれないが、どちらも魔法や魔力を扱うという点でそう大きな違いはないはずだ。それこそ男女の違いくらいのものに思えて。
歴史的な背景もあるのかもしれないが……。
なぜ現代、魔女ばかりがこんなにも忌避されているのか疑問だった。
ぶつぶつとそんな独り言ちを零した私に、ゼノンさんは告げる。
「もともとこの世界に、魔女狩りなんてもんはいなかったんだよ」
「……どういうことですか?」
聞けばそれはずっと昔――魔女の勢力が今よりずっと強く、人々に猛威を振るっていた時代のことだ。このセレスディア王国に初めて、『変異型』の魔女が現れたのだという。ちなみにその人も私と同じくらいで、まだ成人には達していなかったそうだが。
子どもだろうが関係ない。
即刻処分すべきだと声は、すぐに国中からあがった。
放置するにはあまりに危険すぎると。
しかしそこに希望を見い出し、異見したのが他でもない当時の国王になる。
王はその少女を厳重な監視のもとで管理し、生かすことに決めたのだ。
そして彼女が身ごもってしまうまえに、人為的に孕ませたのである。
このまま放っておけば、魔女のもたらす厄災はいずれこの国をも炎に包むだろう。
事実としてすでに滅ぼされた隣国のこともあったからこそ、なりふり構ってはいられなかった。藁にも縋る想いで、国王はその非道に踏み切った。
そうして魔女が身ごもったところで、魔女が魔女を孕んだだけのことではないのか。そんな懸案も国中に蔓延していたが、しかし。子が生まれ落ちると同時にその懐疑は晴れることになる。
どういう摂理なのか、魔女がひとりでに孕むのは女児と決まっているのだ。
ところが生まれてきたその子が、男児だったから。
『見よ、この子は魔女ではない。我々の希望だ。』
生まれて間もない赤子を高々と掲げ、王は民にそう宣言したのだとそんな史実を――。
「男の子って……。じゃあ、その子が最初の魔女狩りだったってことですか?」
「そういうこった。それで1人目がすくすく育ってくもんだから、頃合いをみて2人目、3人目ってな。休みなく孕まされたって話だぜ」
「そんな……」
已むに已まれぬ事情、というものもあったのかもしれない。
でも、だったら仕方ないで済まされるのか。
とてもそうは思えなかった。思いたくなかった。
思わず顔を伏せていると、低い声でゼノンさんが言う。
「ショック受けてる場合じゃねぇぞ」
「え……?」
なにせ話はそれで終わらなかったのだ。
最初の魔女狩り、その誕生をきっかけに人類の反転攻勢は開始されていくわけだが。
ゼノンさんは続ける。
それは同時に『血の実験』の始まりも意味していたと。
つまりはより強い魔女狩りを生み出すために、たくさんの魔女の血を混ぜ合わせたのだ。それは何世代もかけて、より多くの魔女の血を自らの家系、血筋に取り込んだということ。
「なんでそんなことを……?」
「知らねぇし興味もねぇが、どうせ権力絡みだろ。家系のなかに力のある魔女狩りが何人いるか、それが連中の地位に直結してる時代もあったんだ」
そんな政略的な意味もあって、たくさんの魔女がこの王都セレスディアに連れ帰られたのだという。当然そんなのはずっと昔のことで、今ではもうとっくに禁止されているそうだが。
でもそこまで聞いても、いまいちピンとこなかった。
「あの、すみません。分からなくて……。それと私の正体がバレちゃいけないことと、何か関係があるんですか? だってもう、禁止されてるんですよね」
「ルール上はな。だがどいつもこいつも、そんな聞き分けのいいやつばかりじゃねぇ。復権を狙ってる没落貴族なんざ腐るほどいる。つーか、そういう意味じゃこないだも危なかったけどな」
「え……? それってもしかして、男爵さんのことですか?」
「男爵さんって、おまえ……。まぁいい、そいつだ。アイツは元貴族の奴隷商人なんだが、おまえを連れ帰ろうとしたのも同じ理由だろう。他の貴族に売りつけようとしたんだ。コネだけはムダにもってるだろうからな」
もと貴族と言われれば、確かにそんな感じもしてくる男爵さんの装いを思い出す。
加えて私が魔女だと分かった途端に、急に態度が変わったのもそういうことだったのかと。
「で、でも私にそんな価値あるわけ……。だって、まだこんなガキンチョですよ? いくら魔女でも」
「バカか、だからだろうが。おまえがガキってことは、それだけ将来孕めるガキの数も多いってことだ。考えりゃ分かんだろ」
「あ……」
「それに魔女の価値が跳ね上がる理由はもう1つある。魔女コードだ」
「魔女コード……? 年齢は分かりますけれど、どうして魔女コードが……?」
「言ったろ。母体となる魔女が強ければ、それだけ生まれてくる魔女狩りも有望株の可能性が高い。つまり魔女コードを持ってるってことは、俺たちのお墨付きがあるようなもんなんだ。それだけ価値も跳ね上がる。要はブランドだな」
それを聞いてゾッとした。ようやく理解に至ったからだ。
「あの……もしかして私、どっちも満たしちゃってる……?」
「だから黙っとけつってんだよ。ったく、ガキでコード持ちってだけでも厄介なのに、おまけに精霊獣まで付けやがって。まぁ、あのまま森で暮らしてるよりは王都の方がまだ安全だろうが、それでも気ぃ抜いたら一瞬なんてこともあり得る」
「そんな……」
「だから口が滑ったじゃ済まねぇんだよ。分かったら、せいぜい気を付けとけ」
私の髪をクシャリとやってから、ゼノンさんは言うのだった。
「一生、孕み袋で終わりたくなかったらな」