4-4.「ようやくの王都、セレスディア」
ところで、それと同じ頃――。
『イルミナ』を宿に連れ戻した後で再び、ゼノンは一人で夜の郊外を出歩いていた。なにも夜風に当たりたくなったわけではない。
ただ、そろそろ確かめておく必要があったのだ。
さっきからちょこまかと、どうにも意識の端に引っかかってくる目障りな気配の正体どもを。
わざと人気のない路地裏に入り込んだところで、足を止める。
さてとと目を閉じれば、より鮮明に知覚できた。
「五、六、七人……いや、八人か」
暗闇に灯る、白い灯火のイメージを伴って。
大小あるが、それはいずれも息を潜めたような魔力の気配。
まったく、ウンザリする。
動きがいかにもプロですよと言いたげに、やたらシュバシュバしているところが。
自分からすればそんなの、耳元を蚊がプーンと掠めたようなもので、まったく隠れおおせてなどいないというのに。こうもバレバレな隠密をされると逆に、気付いてるぞと教えてやるタイミングの方が計り辛くて仕方ない。
「おい、いつまでコソコソやってんだ。いるんだろ? 出てこいよ」
呼びかけてやれば、四方八方から。
ゼノンを囲むようにして、顔を隠した黒装束たちが現れる。
「おうおう、わらわらと」
尾行され始めたのはたぶん、街に入った直後くらいからか。
身バレしていないためかリィゼルはノーマークのようだったので、たぶん『イルミナ』狙いの手合いだろう。
なにせ、あれは魔女の子どもだ。
まだ曲芸レベルにしろ『光』の素養があることも含め、その希少価値はかなりのもの。まさかそこに精霊獣だなんて、さらに余計なレア度を付け足してくるとは思わなかったが。
狙っていた獲物がまさか1人で夜のお散歩に出てきてくれたという千載一遇の好機にも自分が水を差してしまったものだから、痺れを切らして先にこちらを叩きに来た。
どうせそんなところだろうと辺りを付けてからハァとため息をつく。
これだから魔女のお守りはイヤなんだとウンダリして。
「まだ1人隠れてやがんのは人除け役か? まぁいい、そうしてくれた方が俺もやりやすいからな。言っとくが、尻尾巻いて逃げ出すんなら今のうちだぜ」
そんな忠告も無視し、さっそくと躍りかかってきたのは月明りを背にした1人目だ。
トンと軽く足踏み。
それをジャリンと呼び出した鉄鎖で受け止めながら、ゼノンは告げる。
「――ったく、人が親切に忠告してやってるってのに。テメェらごときじゃ、何人束になったとこで同じだつってんのが分かんねぇのか?」
人知れず行われた開戦の合図と、その分かりきった勝敗の行方を。
「俺とまともにやり合いてぇなら、もう少しマシな奴を連れてこい」
◇
ゼノンさんとの旅が始まって、ちょうど今日で1か月くらいになるだろうか。
いろいろあってリィゼルちゃんとかウィンリィとか、解禁の日を楽しみにしている新しい杖さんとか。旅の道連れもたくさん増えた道すがらだったけれど。
ついに。
ついに待ちわびたその日はやってくる。
「わぁあ、きれい~っ!」
今までに見たことないほどの人通りの多さや建物にはしゃぎ、目を輝かせていたのは私だ。きっとどこからどうみても、田舎者丸出しのおのぼりさんと映ったに違いない。
でも構わなかった。
目指した王都、セレスディアについに足を踏み入れたのだ。
だいぶ前にパンフレットでしか見たことのなかった都会の光景がいま、目の前にありありと広がっているのである。いつか訪れたいとは思っていたけれど、まだずっと先のことだと思っていた。それだけに、この興奮はなかなか抑えきれるものではない。
街なかを歩きながら、キョロキョロあちこちに目をやる私だった。
ショーウィンドウのガラス細工をのぞき込んだり、アクセサリーショップの店頭を食い入るように眺めたり。「おい何してる、離れんじゃねぇ」とたまにゼノンさんからどやされてはごめんなさいいとピュー、慌てて追いついて。
ところでもうリィゼルちゃんの姿はそこにない。
さすがに王都に入ってまで『ヘンゼル』の姿だと目立つと判断なのだろう。
珍しくラボの外に出て、本来のリィゼルちゃんの姿でさっきまで一緒にいたのだが。
「それじゃあ、ボクはそろそろ行くからな」
「あれ、リィゼルちゃん。どこかに用事?」
「用なんかなくたって行くさ。ここまで来ればもう安心だからな。お前らと一緒にいる理由はない」
「理由って……。でも行っちゃうなんて寂しいよ、やっぱりこのまま一緒に」
「やだね、まえも言ったろ。ボクは魔女登録なんてゴメンなんだ。そういうことだから、ゼノン。構わないな?」
「勝手にしやがれ。ただし、忘れんなよ」
「……あぁ。一応、礼ぐらいは言っておいてやる。世話になった」
そう言い残すなり、繋いでいた手を振り解いてリィゼルちゃんは行ってしまった。
小動物か何かのように、トタトタと。相変わらず逞しい子ではあるけれど。
「リィゼルちゃん……」
補導されないかだけちょっと心配ではあった。
◇
ようやく王都に到着し、ウキウキ観光気分に浸っていた私である。
でも忘れてはいけない。
はるばるここまで来た本来の目的は、魔女登録を受けることなのだ。
地域により差はあれど、人々が魔女という存在に対していだく畏怖や懐疑の念はいまだ根深い。しかし魔女登録を受け、魔女狩りの監視下に置かれることでのみ、この王都セレスディアではある程度の自由と権利が認められるのだという。
と言っても、やはり裁定結果にランクはあるそう。
つまり成績が悪いと、それだけ課される制約も多くなるというわけで。
魔女狩り協会の本部を訪れる直前、改めてそんなことを聞かされてゴクリ、生唾を呑む私だった。形式もさまざまで、面談だったり筆記・実技テストもあるらしい。実に半年近くもかけて、どこまでの自由を許容するのかじっくり判断されていくのだそうで。
「だ、大丈夫かなぁ。私……」
その初回となる面談がこれから控えているともなれば、もう緊張して仕方がなかった。ぎゅっと丸めたグーを膝に乗せ、待合室で肩を強張らせていた私である。(ちなみにウィンリィには、申し訳ないけれどリュックのなかで大人しくしてもらっていた。)
すると「まぁ大丈夫だろ」とは隣で腕組みし、かったるそうにしながらゼノンさんだ。
「面談つっても今日は初回だからな。突っ込まれんのはむしろ俺の方だろ」
「え、ゼノンさんが何か聞かれるんですか?」
「そりゃな、いくらガキだって魔女を1人国内に連れ込もうってんだ。俺が魔女狩りなことを差し引いても、多少は詰められんだろ。おまえをどこで拾ったとか、どういう経緯で連れてきたとかな」
「ゼノンさんも疑われちゃうんですね。緊張、しないんですか?」
「べつにしねぇよ。辻褄さえあってれば、向こうもそうそう突っ込んでこねぇ。よほどのことでもない限りな」
「よほどのこと……?」
「緊張しすぎて魔法をボンとか。最近だとリクニのとこの奴がやってたぜ」
そんなことを聞かされては、顔を引きつらせるしかない。
魔力のコントロール訓練は散々してもらったので、たぶん大丈夫とは思うけれど。
うぅとなっていると、コツン。
頭を小突かれた。「まぁ、そう心配すんな」と。
「よっぽどヘマでもやらかさねぇ限り、今のおまえなら問題ねぇだろ。とりあえず今日のところは聞かれたことだけ答えとけ」
「そんなので大丈夫ですかねぇ……?」
「何とかなんだろ。口さえ閉じてれば顔は賢そうだからな、おまえ」
「そっか……。私、賢そうなんだ。よし!」
「よく今の言い草で気を持ち直せたよな」
とにかく私はボロを出さないように、ゼノンさんと示し合わせた『設定』を頭の中で復唱するばかりだった。
「とにかく、妙なこと口走るなよ」
「が、がんばりますぅう!」