4-1.「3人旅になりました」
パート4始めていきます!
目的が目的だったので必然、これまでの行き先は山奥とか岩谷とかそんな辺境になることが多かったけれど。ようやく王都も間近ということで景色もそれらしくなり、いま私たちがいるのは近郊の市街地だ。
今日はここまでとのことで近くの宿屋へ。
ゼノンさんがチェックインの手続きをしてくれている間、私たちはロビーの椅子でふぅと疲れた足を休ませていたのだが。
「太っ腹だよなぁ、最近の魔女狩り連中ときたら」
「え?」
コクコクと水を飲んでいたところ、腕組みをしながらシゲシゲと言ったのは『ヘンゼル』の中からリィゼルちゃんだった。いったい何のことかと思ったら、見ているのはすぐそこにあった掲示板だ。
何枚ものチラシが貼り出されているのだが、まぁ他人事ではなくてギョッとする。なにせそのどれもが懸賞金のかけられた魔女の『WANTED』、つまりは手配書だったからだ。
「ったく、どいつもこいつも大判振舞いじゃねぇか。このうちの一人捕まえただけでも数年は遊んで暮らせんぞ」
どこか鼻持ちならないといった感じで、アゴをさすりながら「なになに」とその名前を順に読み上げていくリィゼルちゃんである。だいたいは『~の魔女』のあとに魔女コードが続くのだけれど。
「月夜の魔女『ヨルズ』、こいつは最近捕まったみたいだな」
「――!」
ふいにそんなコメントがあって、私はとっさに目を向ける。
そこにあったのは目鼻立ちの整った黒髪の女性――紛れもないヨルズさんの顔写真だった。そのうえからバッテンマークが引かれているのは、たぶん手配終了の意味合いだろうか。
「…………」
なんだか物寂しい気持ちになりながら、私はしばらくその手配書を見つめていた。
あまり話す機会はなかったし、本当の名前も分からずじまいだったけれど。
パニック寸前だった私を励ましてくれた、とても印象に残っている人だったから。
何より私が初めて会ったほかの魔女さん。
衰弱していたものの命に別状はなく、しばらくは王都で療養することになるだろうとリクニさんは言っていた。あれから大事ないだろうか。
私もこれから王都に行けば、また会うこともあるのかな。
会えるといいな。
そしたら今度はちゃんと名前を教えてもらって、そのうえで改めてお礼を伝えよう。
そんな気持ちを密かにしたためながら、またチューと水分補給したときだった。
「おお? こいつもついに捕まったんだな。光芒の魔女『イルミナ』」
ぶぅと盛大に噴き出す。
「うわなんだおまえ、きったね!?」と飛び退かれるが、さすがに不意打ちすぎてケホケホ、なんでと涙目になりながら顔をあげる私だった。
そこにあったのが目深にかぶったフードに赤髪、不敵な笑みと紛れもなく私が扮していた怖い魔女そのものだったからだ。
ゼノンさんに初めてこれを見せられたときもそれは驚いたものだが。
まさか今ごろ、こうして貼り出されてるところを目の当たりにするとは思わなくて。
ヨルズさんと同じく、そこにも大きなバッテンマークが引かれているけれど。
ともかく気になるのは、今のリィゼルちゃんの言い回しだ。
「つ、ついにって……? そんなに有名な人なの、その人……?」
咳き込みながら指さして尋ねると「なんだおまえ、知らねぇのかよ」と呆れたような反応をされてしまう。「こいつやべぇんだぞ」とリィゼルちゃんは続けた。
その先はまえにゼノンさんが教えてくれた内容とも重なる。
重なるのだが……。
なんかおかしかった。
尾ひれがつきまくっていた。
私が魔女狩りさんたちが使っているベースキャンプの1つを丸々乗っ取ったとか。森に『霧』のダンジョンを張ってほかの魔女狩りや冒険者を寄せ付けないようにしたとか。
挙句には私がめちゃくちゃ強くて、ダンジョンを抜けた手練れの魔女狩りさんたちもみんなやっつけてしまったとかって。かなり誇張されているのだけれど、微妙に間違ってないところもあるのがまた厄介でグワングワンしてくる。
「なんで……。私そんなことしてないのにいいっ!」
「は、何言ってんだ? おまえの話なんかしてないだろ」
「何やってんだおまえら……」
目をグルグルさせながら、うひーと今さら頭を抱える私だった。
◇
四六時中、おまえらと一緒なんてゴメンだ。
そんなスタンスで間もなく、一人行ってしまったリィゼルちゃんである。
基本的にヘンゼル内のラボで生活しているので屋根には困らないのだろうが、こんな街なかをフルメイルが闊歩しているのも目立つだろう。
ということで今夜は冒険者ギルドにでも身を寄せるとのことだった。
さすが魔道具職人というべきか、登録カードも偽造したのをすでに持っているとかで。
たくましいなぁとか思いながら、ガシャガシャと行ってしまった大きな背中に「おやすみー、ちゃんと温かくして寝るんだよー」と手を振って別れたのがさっきのことになる。というわけで、今夜ここに泊まるのは私とゼノンさんだけになるのだが。
「ふつうに一室、あてがわれちゃったなぁ」
部屋についてから間もなく。
ベッドで足をブラブラ、白い天井を見上げながらそうぼやく私だった。
お金も余分にかかるだろうから、同じ部屋で大丈夫とは伝えたのだけれど。
「別に俺のカネじゃないからいい」とピシャリ、断られてしまって。
はぁとため息をついてから、ぼふんと私はベッドに体を落とす。
本音を言えば、そういうことではないのだ。集団生活時代の名残りか、こういう室内に1人きりというのはどうにも落ち着かないものがある。
このところ野宿続きだったから、久しぶりに屋根のあるところで寝れると聞いたときは飛んで喜んだものだけど。てっきり3人1部屋だと思っていただけに、この状況はがっかりでならない。
リィゼルちゃんを抱っこして寝ようかなとか、密かに計画もしていたのに。
「まさか、こうなるなんてなぁ……」
やけに広く感じられる室内で1人、ゴロンと横向きになりながらしょんぼりする私だった。久しぶりのベッドの感触も、これでは嬉しさ半減である。そんな感じでなよなよしていたときのこと。
「あ、そうだ……!」
途端に閃き、がばりと身を起こす私だった。
大きすぎたボリュームにハッとし、口元をしばし押さえながら。
せっかく今夜、私はこの部屋に1人きりとなったのだ。
だったら――。
こうしてはいられないと立ち上がる。
隣のゼノンさんの部屋に耳をそばだててからそーっとガチャリ、部屋を出るときもキョロキョロ、細心の注意を払って通路を見渡して。
「大丈夫、だよね……?」
そう確かめてから、私はこっそりと宿を抜け出す。
人通りもまばらとなった夜の街へテテテと一人、繰り出して。
まだいるかな。
ちゃんと待っていてくれてるかなと、その足を急がせるのだった。