表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/103

3-8.「デビューまでは今しばらく」


 まるで雷でも落ちたみたいにズドオオンとなって、視界に並々ならない量の光が押し寄せる。直前まで浮かべていたニカっと笑顔のまま、サングラスがパリんとひび割れて。


「――は?」


 気付いたとき、アーガスは全身バンザイみたいなコミカルな恰好で宙空に投げ出されていた。


「はぁあああーっ!??」


 いったい何が起きたのか。

 ぐっと腹筋を駆使してふり返り、遠ざかっていく地面にそれを捉える。


 ズシィンとなぎ倒れたのは、つい今しがたまでアーガスが足場としていた魔物だ。

 ただしその眉間には大きな風穴が開き、すでに絶命している。

 そして――。


 コロリと転がり落ちた半欠け状態の殻、そこからズリズリと這い出てくるもう1つの影に目が留まった。いわずもがな『ヘンゼル』である。


 いったい何が起こったのか。

 なおもアーガスの思考は停滞したままだった。


 まさかこれを奴がやったというのか。

 あり得ない、そんなのは。

 だって奪い取った杖は、まだしかとアーガスが握っているのだ。


 無論ヘンゼルならば、予備の杖の1本や2本は持っているかもしれない。

 それは想定していた。

 だとしてもこんな威力の一撃、奴に放てるわけが……!


「しまった、そういうことか……!」


 そこでアーガスは自らが犯した失態に気付く。

 ヘンゼルは魔道具職人だ。ならば魔力出量を高める補助装置くらい、開発していてもなんらおかしなことはないだろう。


 ぬかった!

 相手がヘンゼルである以上、もっとあらゆる可能性を想定してかかるべきだったと己が不覚さを噛み潰す。


「おのれぇ~っ! このまま終わってなるものか!」


 どうにか地上に戻る手段を求め、すかさず辺りに視線を巡らせるアーガスだった。

 何かないか何かと、それは血眼になって。


 そして、ふっとほくそ笑む。

 どうやら天は、こちらに味方をしたようだと。


 ぴぎゃああと彼方から、飛行タイプの魔物がこちらに迫ってきていたのだ。

 何のことはない、あれを懐柔かいじゅうすれば形勢は一気に逆転だ。

 フンと鼻を鳴らしてから、アーガスはステッキを構える。


 さぁ来いと、バットのように待ち構えて。

 ところが――。


「なにっ!? どういうことだ!?」


 なぜか力が発動しなかった。

 そんなはずはないのに何故と困惑する。

 だが、この空回りするような感覚にはとても覚えがあった。


 まさかと再び視界を巡らせてみれば、そのまさか。

 緑の景観のなかに分かりやすく、こちらに手を向ける黒髪の男が立っていて。


「な、なぜキサマが此処に!? ゼノ……」


 最後まで言う猶予もなく、パクリ。

 スカイキャッチで啄まれ、ぴぎゃああとそのまま連れ去られていく。


 おのれおのれまたしてもと、私怨のたっぷり込められた恨み節とともに。

 暮れなずむ空の遥か彼方へ、アーガスの姿は消え去って。


「こっちのセリフだっつの、ブタ野郎が」


 ――とまぁ。

 水面下でそんな攻防があったとはつゆほども知らずに。

 ああどうしよおおとんでもないことをしてしまったとアワアワ、地上で慌てふためく私だった。



 ◇



 もうイヤだー!


 と早くも音を上げそうになっていた素材集めの日々だけれど、良かったことが1つだけある。それはゼノンさんが合間を縫って、私に魔力コントロールの特訓を付けてくれていたことだ。


 おかげでこの頃ようやく、杖がなくても少しだけ魔法が使えるようになっていた私である。と言ってもまだまだ不慣れで、時間がかかってしまうのだけれど。


 でも今回、その時間は十分にあった。

 我ながら悪くない機転だったと思う。


 わざといっぱい話しかけることで、周囲に巻き込む人がいないことと男爵さんのいるおよその位置を探ったのだ。あの人は必ず魔物の頭のうえでステッキをついているから、その少し下を狙えば魔物を倒せると思って。


 結果は見事、狙い通りだった。

 思いのほかドカァンとなってしまったうえに、そのときちょうど飛んできたクリムゾン何たらさんにぱくっとフライングキャッチされてしまうとはさすがに予想外だったけれど。


 あとのことは、まぁ余談だ。

 とんでもないことをしてしまったとアワアワしていたところ、放せ下ろせと抗議するリィゼルちゃんを抱えながらゼノンさんがちょうど来てくれて。


「ゼノンさん! それにリィゼルちゃんも!? 良かった無事だったんだね! あっそれで大変なんですゼノンさん、今ですね! ええとどこから話せばなんですけど、とにかく……!」


 てんやわんやとなりながら空を指さす私に、べつの抗議の声が入り混じって。


 やいのやいのと騒がしい私たちに、はぁとダルそうにため息。

 億劫そうに髪をガリガリするゼノンさんだった。



 ◇



 そんな感じで紆余曲折うよきょくせつあったけれど、ともかく。


 無事に迎えた完成の日、私は受け取った杖を手にシャキーンとなっていた。

 自分で何をしたわけでもないのに、ふふんと誇らしげになる。


 これが本物の魔女の杖かと感動があって、しかもかつて愛用していた杖さんと比べても、重さや手触り含めてほぼ遜色そんしょくがないのだ。オーダーメイドとはこういうことなのかと感極まり、目をキラキラさせながら打ち震える私の姿がそこにあった。


 さっそくこの包帯みたいなのを外して、試しぶりとかしてみたかったのだけれど。


「おい言っとくが、まだしばらくは使うなよ。かなりいろんな魔物の素材を使ってるからな、馴染なじむまで時間がかかる。モノはできたから渡しとくってだけだ。ギプスもまだそのままにしとけ」


 ということでお預けとなった。

 シュンとなったけれど、こればかりは仕方ないと諦める。


 というわけで無事に杖も完成し、王都への旅路を再開することになった私たちである。ただここでビッグニュースが。なんとリィゼルちゃんも私たちと一緒に、セレスディアに向かうことにしたらしい。


 聞いたところによれば、かつてリィゼルちゃんは魔女登録を受けない道を選んだそうだ。事情はよく分からないけれど、魔女登録なんか受けたら魔道具の研究や製造ができなくなるのを懸念したとのこと。


 でも今回のことで気が変わったのだそうだ。

 また男爵さんみたいな人に着け狙われるくらいなら、いっそ王都近くに潜伏した方が魔女狩りも多いので安全なのではないかと。


 リィゼルちゃんらしいと言えばらしい、なんとも大胆な作戦だった。


「でもじゃあ結局、魔女登録は受けないってこと?」

「は? 受けるわけないだろ、そんなの。魔女登録なんか受けたら負けだ、負け」

「勝ち負けとかあるのかな……」


 ともかくそんな経緯で、思わぬ旅の道連れを得ることになって。

 横に並べば大中小の3人旅となった私たちだ。

 ところで――。


「おいリィゼル、これはどういうことだ?」


 とは私から出来上がった杖を摘まみ取り、どんなものかと品定めしていたゼノンさんからである。するとリィゼルちゃんはギクリとなって。


「な、なんのことだ?」

とぼけんじゃねぇよ。俺たちがくれてやった魔物の素材、こいつに半分くらいしか使ってねぇじゃねぇか。残りは何に使ったかって聞いてんだよ」


 気まずそうな沈黙こそがその答えだった。

 たぶん自分の研究用か何かのために横領したのだろう。


「さてはてめぇ、ボリやがったな……!?」

「う、うるさい! 元はと言えばおまえが前金まえがねをケチるからだろ!? かけて当然の保険だ、タダ働きなんか冗談じゃないんだよ! 職人なめんな!」

「職人だぁ? ペテン師の間違いだろうが、このクソガキっ!」


 にぎやかになったのは嬉しいけれど。

 片や突っ走ってからやいのと指さし、片や手をゴキゴキさせながら、私としてはかなり居たたまれなくなる口論が勃発ぼっぱつしてしまう。


「リィゼルちゃん、落ち着いて! 働けるようになったらちゃんと返すから、ねっ!? ゼノンさんも抑えて……!」

「おい、やめろ! そんなことしたらまた壊れるだろ、やめっ……!」


 ベキッ。

 またも取り返しの付かなそうな音と、うにゃああとリィゼルちゃんの絶叫を伴って、私たちの旅路は再開する。


 目指す王都、セレスディアまであとちょっと。

パート3はここまでです。

次話からパート4に入ります。


ブクマ、評価、スタンプ、とても励みになります。

気の向いた方は是非にお願いいたします(人ω<`;)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ