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3-7.「準備に時間がかかるタイプなんだ」


 時は少しだけさかのぼる。


「私が出たら、すぐにヘンゼルを転ばせてね!」


 そんな思い付きにしてもデキの悪いとしか言いようのないおとり作戦が、ことのほか功を奏してしまってからしばらく。きぃと、マンホールのふたみたいにグレーテルのハッチをそっと頭で押し開けたのはリィゼルだった。


 辺りに危険がないことを、そろそろと確認してから外へと飛び出し。


「来い、レノボ!」


 すかさずと地面に投げつけたのは、手にした何やらボール状の魔道具である。

 バリバリとそこから錬成れんせいされたのは、土くれでできた番犬型の魔導機ロイドだ。それに飛び乗るようにして一目散、リィゼルはその場から離脱し、駆け出して。


「ちくしょう、アイツ……! どこいきやがった、余計なことしやがって……!」


 追っていたのはアリシアの行方ゆくえだ。

 頼んでもないおとり役を勝手に引き受け、一人で飛び出してしまったあのお気楽能天気のお節介焼きがいったいどこまでいったのかと。


 本当にバカだと思った。

 武器もないのに手ぶらで飛び出して、あんな魔獣に太刀打ちできるわけないではないか。


 足には自信があるだって? バカも休み休み言え。

 頭に花畑でも湧いてるんじゃないかと、そうののしってやりたくなる。

 文句は尽きなかった。


 正直に言えば、見捨てたい。切り捨てたいのだ。

 勝手に貧乏くじを引いて、高い授業料を散財しかかっているバカの尻拭きなんてゴメンだ。

 関わりたくもない。


 だって世の中とはそういうものではないか。

 利口でなければ渡っていくことはできない。

 より賢い者だけがそうでない者を利用し、搾取さくしゅできるのである。


 実にシンプルだ。

 いやになるほど知っている。

 この身をもって、すでに味わっていることだから。


「……ッ」


 でも気付いてしまったのだ。

 魔獣を従えていたことと特徴から、あのデブ紳士の素性、正体に。

 ともすれば、殴ってでも聞きださなければならないことがある。


 知っているはずだ。

 アーガス・ゼルトマン、あいつなら。

 自分がずっと追っていた相手、その所在についてを。


 だから今、リィゼルは飛び出すようにして急行している。

 これが最後のチャンスになるかもしれないから。曲がりなりにもアリシアが稼ぎ出した時間で、ラボ内に秘蔵されていたありったけの戦力をかき集めて。


 そう、理由はただそれだけだ。

 極論アリシアなんかどうなったって構わない。

 知ったことじゃない。


 だってこれは全部、あいつが勝手にやったことだから。

 頼んだわけでもないのだからこちらに非はないし、負い目なんか微塵みじんもありはしなかった。


 そのはずなのに――。


『大丈夫だからね、リィゼルちゃん。安心して』

『大丈夫だよ。リィゼルちゃんはもう、一人じゃないんだからね』


 何だと言うのか。

 さっきのアリシアと、かつてまったく別の相手からもらった言葉がひどく、どうししようもなく重なるのだ。見下ろした小さな手にはさっき、アリシアから包み込まれたときの感触もまだほのかに残っていて。


「……クソっ!」


 違う!

 余計なこと考えてんじゃねぇ、こんなときに!

 森のなかを駆け抜けながら、リィゼルはそう自身に一喝し、振り払うのだった。


 自分は賢い。賢いのだ。

 そんじょそこらの大人よりよほど利口で、ものの道理というものが分かっている。


 だから決して。

 そんな短絡的な動機のために動いているのではないと、そう自分に言い聞かせながら。



 ◆



 魔道具職人『ヘンゼル』――もとい魔女、リィゼル・ラティアットがもっとも得意とするのは魔動機ロイドと呼ばれる魔術人形、その機操術である。


 加工した魔石にあらかじめ術式を組み込んでおくことで、意のままに操れる傀儡くぐつをいつでも、どこでも呼び出すことができるのだ。甲冑型ヘンゼルをはじめとする、この番犬型レノボもその1つだった。


 戦闘や耐久力に特化したヘンゼルに対し、レノボの持ち味はもっぱら走力になる。

 一人だけなら騎乗もできるし、少量でも魔力の痕跡さえあれば追跡だってできるとすぐれ物だ。


 ということで、いったん無事に追いつけはしたわけだが。


「やっぱこうなってたか……」


 少し離れたところの茂みに身を隠しながら、カチャリと望遠鏡を手に。

 リィゼルが目した状況はまぁ大方、予想した通りのものだった。


 ウネウネと山道を下っていく魔物と、その頭頂で両手を広げほっほぉ~と高笑いしているアーガスを見つける。


 ということはと視界を巡らせれば、案の定。

 うねる触手のなかにゴロリ、ゴツイ岩肌のシェルターも捉えて。


「でもどうやら、ちゃんと使いはしたみたいだな」


 ふぅとひとまず安堵の息を付く。

 それはアリシアが丸腰で飛び出そうとする直前、何もないよりはとリィゼルが投げ渡した魔道具、その防御機能によるものと見て間違いなかったから。


 売れば千金、それ以外にもいろいろ使い道はあるだろう魔女を、むざむざ魔物のエサにすることもないはずと思ったから、ガチガチにガードさえ固めてしまえば何とかなるものと踏んだが。


 どうやらその通りになってくれたらしい。

 マヌケな金庫強盗よろしく、アーガスはいま金庫ごと中身を持ち去ろうとしているところだった。


 つまりはあの中に、アリシアが納まっていると見て間違いなさそうで。

 傷つけられた様子もないので、たぶん中身も無事そうだと辺りを付ける。

 ともすれば、あとはあれをどう奪還するかだ。


 そのときリィゼルが地面にいたのは、バラバラと色とりどりないくつもの球体だ。そのすべてがレノボと同じように、まだ起動するまえの使い捨ての・・・・・魔動機ロイドたち。


 本当は別の目的のために用意していたもので、ここで使いたくはない。

 でもこのまま何もしなければどの道、ゼノンの不興を買うことになる。


「…………」


 かなりの悩みどころではあるが、一応それは避けたいことだった。

 ゼノンにはそこそこ、大きな仮りがあるから。もとはと言えば全部、ヘンゼルを壊したあいつのせいなのだけれど、言ったところでどうせ認めないだろう。


 だったらもう、ゼノンが帰ってくるまえに何とかこの事態に収拾を付けておくしかない。


「しゃあねぇよな……」


 肩を落とすように呟いてから、そう割り切る。

 あのレベルの魔物が相手では使える駒も限られるので、その中からコロコロと主力級のものをいくつか見繕みつくろって。


 そんな塩らしさの一方で、だんだん鬱憤うっぷんも溜まってきた。

 大体なんでこんなときに限って、ゼノンがいないのかと。


「ちくしょう。覚えてろよ、あのウドの大木たいぼくめ……。帰ってきたら絶対に文句を」

「誰が何の大木だって?」

「ぎゃっ!?」


 そんな恨み節を唱えていた最中、いきなり背後からした低い声にド肝を抜かれた。慌てて振り返ればそこにいたのは、実にうさん臭そうな目をこちらに向ける。


「ぜ、ゼノン……!?」


 当人だった。


「お、おいちょっと待て! 違うからな、早とちりするなよ!?」


 へたり込みアワアワしながら、リィゼルは差し当たって自身の潔白から訴える。

 これは違うのだアイツがいきなり襲ってきてアリシアのやつが勝手に出ていって決して身代わりにしたとかそういうことではなくてと、しっちゃかめっちゃかになりながら。


 それから「と、とにかく……!」とリィゼルは立ち上がって。


「事情は後でちゃんと説明するから、そこで見てろ! ボクが助ければ文句ないんだろ!? 今から」

「あぁ? さっきから何ごちゃごちゃ言ってんだ」

「何って、ひっ……!」


 すると無造作な手が伸びてきて、とっさにビクついてしまう。

 万事休すかと思いきや、ワシ掴みされた頭をぐりんと回されて。


「いいから見てろ、たまげるぜ。一応、素手でのやり方も教えといたからな」

「……え、素手?」

「準備に時間がかかるタイプなんだよ、あいつ」


 いったい何を言っているのだろうかと、そう思った次の瞬間だった。

 ズドオオンと、それはけたたましい光が目下に溢れて。

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