3-4.「パワーダウンしました」
何が起きたのかは、正直なところ私もまだよく分かっていない。
ただリィゼルちゃんが杖に最後の仕上げとか調整をしてくれている間、私はゼノンさん早く帰ってこないかなぁと足をプラプラさせていて。
「……?」
そのとき、なにか変な感じがしたのだ。
なにか良くないものが、こちらに近づいてきている。
そんな言いようのない違和を森の奥から感じ取って。
気のせいかもしれなかったけれど念のため、リィゼルちゃんにも相談しにいった。
鎮座している『ヘンゼル』のハッチをコンコン、「今ちょっといいかな?」とノックすると「なんか用か?」と頭でフタを押しのけるようにリィゼルちゃんがひょっこり顔を出して。
最初こそ「は? 何言ってんだおまえ」みたいな感じでウザがられてしまったけれど。たぶんそのとき、リィゼルちゃんも何かを感じ取ったのだろう。
「おい、中に入れ」
「えっ?」
「ぼさっとすんな、早くしろ!」
たちまち顔色が変わり、ぐいと腕を引っ張られる。
ゼノンさんからも最近、似たようなことをよく言われてしまうのだけれど、ともかく。
あいたたぁと顔をあげたとき、私がいたのはとても広いラボみたいな室内だった。
話には聞いていたのだ。
『ヘンゼル』の外見は大人1人が入れるくらいの全身武装だが、中は見かけよりもずっと広くなっていると。なんでも核となる魔石を支えに、せっせと空間を広げていったとか何とかで。
へぇそうなんだ~ちょっと覗いてみたいな~と、チラ目を送ってやんわりお伺い立ててみたことはある。でも即答で拒否されてしまって、もう機会もないだろうなと諦めていたのだけれど。
「おお~っ!」
すごい中はこうなっていたのかと、ようやく明かされた秘密にやや興奮気味となる私だった。でも途端にそんな場合ではなくなってしまう。ズゥンとそのとき、地響きみたいに大きな揺れがラボ全体を襲ったことによって。
いったい何がおきているのか。
それを確かめるため、すぐさまリィゼルちゃんが飛び乗ったのはすごいコックピット感溢れる操縦席みたいなところだ。
何やら忙しなくパネルをピコピコしてからバチンとやると、ブォンと投影されたのはたぶん『ヘンゼル』の視界。そして、そこに映し出されていたのは。
「何あれっ……!?」
まず目を引いたのは、尖った牙だらけの大きな口に、ウネウネと無数の触腕を生やしたような魔物。
そして、もう一人。
その傍らに、恰幅のよいシルクハットに紳士服姿の人影が立っていた。
ステッキを手に、両手を大きく広げながら。
「ほっほぉ~! ついに、ついに見つけましたぞ! 魔道具職人『ヘンゼル』よ! よもや私がここまで追ってこようとは夢にも思わなかったのだろうが、ぬかったな! こう見えて私は執念深いのだ! 言っておくが今さら謝っても遅いぞ! 私は今日まで貴様のことを思い出さない日は1日としてなかった! それほどまでに貴様のことが憎かったのだ! あの日の恨み、今ここで晴らさせてくれましょうぞぉ~!」
見たことのない男爵さんは、快哉をあげるようにしてそう高らかに宣言する。
「あ、あいつは……!」
「知ってる人!?」
「……誰だ?」
なんか見覚えがある気もするとのことだが。
結局、この人がどこのどなたさんなのか。
事態の進行している今なお、答えは分からないままだ。
◇
抵抗はしたのだ。
「くそっ、何の当てつけだか知らねぇが構うもんか! そっちがその気ならこっちだって黙ってないぞ、迎え撃ってやる!」
相手の宣戦布告を受けるなり漢気たっぷり、目にも止まらぬ早さでパネルに指を走らせるリィゼルちゃん。これでも食らえとばかりに、最後に強くパチンとキーを弾く。
「ボクのヘンゼルを舐めるなよ!?」
それで命令式がインプットされたのか、ブォンと意志が宿ったみたいに物言わぬヘンゼルの眼窩には光が宿った。ブチブチと手足を絡めとっていた触腕を引きちぎるようにして、たちまち魔物の拘束から抜け出す。反撃を開始する。
ヘンとドヤ顔をするリィゼルちゃんに、すごーいとパチパチ拍手を送る私だった。
対してニヤリと笑みを吊り上げ、近視鏡を光らせたのは男爵さんのほうだ。
「ほぅ。あくまで抵抗を選ぶか、無駄なことを。だがまぁ良しとしましょう、そうでなくてはこちらも面白くない。所詮キサマは狩られる側の獲物、なぶり弄んでこそ狩りの醍醐味というものよ」
その意気やよしと、持ち上げたステッキをこちらに向けて。
「せいぜい無様に足掻くが良いわぁッ!」
それが開戦の合図となる。
直後は戦局も拮抗していたのだ。
全身がうねる食指に覆われたような魔物には死角こそなかったが、リィゼルちゃんの操作するヘンゼルの動きも俊敏でパワフルだった。伸びてくる先から触腕を薙ぎ払い、親玉である男爵さんを討ち取りにかかる。しかし――。
「なんだ!? 急に動きが……!」
「隙ありいいっ!」
そこで想定外の事態が起きた。
ヘンゼルの出力が目に見えて下がったのだ。
まるで力が伝わらなくなったみたいに動きもぎこちなくなって。
「おや、どうされましたかな? やけに動きが鈍くなったように見受けられましたがはて、もしやとは思いますが」
捕らわれる寸前で後退はしたが、その変調を男爵さんは見逃さなかった。
「そのオモチャ、どこか調子でも悪いので?」
「くそったれ……!」
私たちは敗走を余儀なくされて――。
それから何がどうなったのか、これまた状況がややこしいのだが。
「ほっほぉ~、これは驚きましたな。私もそれなりに人生経験というものを積んできたつもりでしたが、まさか『ヘンゼル』の正体が魔女! それもこんなに小さな子どもだったとは! いやはや、世界がかくも広いものとは!」
そこは人知れぬ森のなか。
これ以上はもう逃げきれないと意を決し、私は近くにあった木の枝をどさくさに拾いとる。
そう、私だ。
いろいろあって、私はいま男爵さんと2人きりで対峙する運びとなっていた。
「でももういいでしょう、無駄な抵抗はおよしなさい。心配しないで。そう身構えずとも大丈夫ですよ、こうみえて私は紳士ですから。大人しく従うというなら、先日のことはひとまず水に流すとしましょう。私としてもあなた様はもう大事な商品、傷でもついたら大変ですからね。さぁ、悪いことは言いません」
どうしてこうなったのか、その説明のまえに補足を1つ。
「どうぞこちらへ、お嬢さん」
男爵さんは今、私をリィゼルちゃんと勘違いしている。