3-3.「小さな魔道具職人さん」
ゼノンさんより頭1つ分は大きくて、とても頑丈そうなフルメイル。
そのなかに納まっていたのはなんと、私よりもずっと小さくて年幼い女の子だった。
名前はリィゼルちゃん。
ここからはゼノンさんにさらっと紹介してもらったことになるのだけれど。
予想はしていたが、やはりリィゼルちゃんも魔女とのことだ。
魔術回路の調整みたいな作業が得意で、何でも小さなころからプラモデル感覚でたくさんの魔道具を自作していたらしい。魔道具作りって何をどうするのか全然分からないけれど、とにかくとても賢くて頭の良い子というのは何となく分かった。
私と似たような境遇で1人きりとなってしまった後も、リィゼルちゃんは作った魔道具を売ることで生計を立てていた。全身武装のナゾの魔道具屋『ヘンゼル』を名乗り、一人街を渡り歩いて。
「逞しい……」
そんな折に出会ったのが、ゼノンさんだった。
「魔道具作りにも何かと安全基準ってのが定められてるんだが、それを度外視した奇天烈グッズが、大量に裏ルートに出回ってるってんでな」
「奇天烈グッズだと!? ふざけんな、あれはれっきとしたボクの発明品だ!」
「その出所を魔女狩りたちで調べてたんだ。それで見つけたのがこいつ、『ヘンゼル』って非正規の魔道具屋だった」
どうせ裏に魔女が絡んでいるとかそんなところだろうと目ぼしを付け、さっそく『ヘンゼル』をとっちめに行ったゼノンさん。ところが実際は、ガタイのいい『ヘンゼル』内部に小さな魔女が搭乗していて。(フルメイルの内部は見た目よりずっと広くて、研究所みたくなっているらしい。)
そのときゼノンさんが受けた衝撃は、きっとついさっきの私と同じものだったに違いない。加えて、なんだか聞き覚えのある話のようにも思えてクスリとなる。
ゼノンさんのことだ。
きっとリィゼルちゃんのことも、同じように助けてあげたのかなって想像は自然と浮かんできた。
「なにニヤニヤしてんだよ」
「いえ、なんでもないです」
「おい、昔話はその辺でいいだろ。それよりとっとと本題に入れよ、ゼノン」
他にもいろいろ気になることはあったけれど、話題を自分のことから遠ざけたかったのか。ゼノンさんにジト目を向けてから私に親指をクイとやったのは、頬杖を付きながら不服そうにしているリィゼルちゃんだ。
「いったいボクに何をさせる気だ? 見たところこいつも魔女みたいだし、それと関係あるんだろ。わざわざここまで連れて来たってことは」
すると「そういうこった」とガラの悪い笑みを浮かべながら、ゼノンさんは告げる。
これがオーダーメイドの依頼であることを。つまり私に合う杖を、リィゼルちゃんに仕立ててもらおうということらしい。すると実にうさん臭そうな視線を私に向けてから。
「一応聞くが、拒否権は?」
「あると思うか」
「……報酬もか」
「成果次第だな」
「なんでボクなんだ。魔道具職人なら他にいくらでもいるだろ」
「こいつがなかなか職人泣かせでな。さっき片っ端から蹴られて回ってきたところだ」
「職人泣かせ? こいつが……?」
まだ2人の関係がどのようなものなのか、見えないところは多いけれど。
どうやらリィゼルちゃんが逆らえないだろうことは、ゼノンさんもよくよく分かっていることのようで。
実に関わりたくなさそうにしながら「分かったよ」とため息。
渋々ながらその申し出を了承することになるリィゼルちゃんだった。
◇
「あいたぁっ! 何するの、リィゼルちゃん!?」
「いちいちうっせぇな。要るから採ったんだよ」
それから話が付くなりぷちぷちんと私から髪を何本か、無造作に引っこ抜いたリィゼルちゃん。解析するとかでしばらくフルメイル内の研究所に籠ったあと、ゼノンさんに手渡したのは1枚のメモだった。どうやらそれが、私の杖をオーダーメイドするのに必要な素材の一覧みたいなのだが。
「なるほど、職人泣かせか。言われた意味が分かったぞ。たしかにこいつは、にわか共じゃどうにもならん。手に負えないわけだ」
それを見てまず、うげぇと苦虫を嚙み潰したような顔をしたのはゼノンさんだった。
数が多いこともそうだが、なかなかに手ごわい魔物ばかりだったみたい。
「おまえこれ、サバ読んでるんじゃねぇだろうな」
「読んでない。言っておくが、これで最低限だからな。たぶんまだいくつか増えるぞ」
「まじかよ……」
「あと『ヘンゼル』の修理に必要な分も、きっちり弁償してもらうからな」
「正当防衛だろうが。おまえから襲ってきたんだから」
「ハッチが壊れたのはそれと関係なかっただろ!」
ともかく、とても私ひとりで集めきれるものではないと判断が下り(あとゼノンさんの弁償分もある)、この頃はゼノンさんと一緒に素材集めに勤しんでいるというわけだった。
とまぁそんな経緯を踏まえて、時点は現在へと戻ってくる。
本日の相手がこちら、クリムゾン何たらって狂暴なトリさんだ。
なんだかかなりお手を煩わせているようなので、せめて私も精一杯がんばろうと意気込んでいたのだけれど――。
「おい、ぼさっとしてんなイルミナ! 飛ばされんぞ!」
「ひゃああああっ!」
立ってられないほどの暴風に晒され、あられもない体勢でヒィコラなっていた。
なんとか雑草にしがみついて風を凌ぎながら、私はたまらず思ってしまう。
こんなに、こんなに大変なんだったらもう……!
「やっぱり木の枝で良かったーっ!」
◇
そんな連続狩猟みたいな日々はあっという間に過ぎ去り、リストにあった素材もようやくすべてを集め終わった。(私は終始ヒィコラなってばかりで、ほとんど役に立っていなかったけれど……。)
リィゼルちゃんによれば完成は近く、受け渡しだけなら近日中にもできるとのこと。
いろいろ馴染むまで待つ必要があるのですぐには使えないとも言われたが、それでも私は飛び跳ねるようにして喜ぶ。
プロに仕立ててもらった、自分専用の杖がもうじき出来上がるというのだ。
なんだかんだ言ったが、苦労もあっただけに浮かれずにはいられない。
楽しみだった。
そうして迎えた、今日が完成の日になる。
しかしここで2つほど、思わぬアクシデントに見舞われてしまった。
1つは、まだ素材が足りていなかったこと。
といっても、杖のではない。『ヘンゼル』のだ。
ゼノンさんがこじ開けてしまったハッチを直すために必要な鉱石を昨日採ってきていたのだが、どうもそれがよく似たまったく別のものだったとかで。
「一緒だろうが」
「一緒なわけないだろ、ナマクラ! おまえが壊したんだから責任を取れ、早く採ってこいっ!」
怒ったリィゼルちゃんにビシッと言われ、こればかりは仕方なしとゼノンさんがお遣いに出直すことになったのが今朝がたのこと。私も付いていこうとしたけれど、1人の方が早いと置いていかれてしまった。
でもきっとゼノンさんのことだから、そっちはさしたる問題ではないのだろう。
そういうわけで小一時間ほど、私はリィゼルちゃんとお留守番することになったのだが。
そこで起きたのが、アクシデントの2つ目になる。
きっと帰ってきたとき、ゼノンさんはさぞ驚いたはずだ。
「おい、どうなってやがんだ。こりゃあ……」
現場には明らかに争ったような形跡があり、山小屋はもぬけの殻。
そこに私たちの姿はなかったのだから。