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11-27.「泡沫の夢」


 そして――。

 気付いたときにはもう、何もかもが手遅れだ。


 護るためだったはずの手で。力で。

 アリシアを強く握り締め、傷つけてしまった後。

 取り返しなんか付けようもない。



『思い出して。私たち一人一人の手は、とても小さいんだ』


『ありがとね、リリーラ。アリシアちゃんのこと、守ってくれて』



 2人には感謝しても、しきれない。

 そのなぐさめがあったおかげで、自分はまた最後に立ち上がれた。

 ただ見ているだけで何もできなかったと後悔だけは、抱えずに済んだのだ。


 もしそうでなかったら、今だって。

 あの中途半端なサイズのまま、元に戻れてはいなかっただろう。

 だから、それだけで……。


 でも一方で、どうしても考えてしまう。

 頭を付いて離れない。


 もしかしてマーレはあのとき、そんなどうしようもない自分に罰を下すために現れたのではないかと。


 そんなわけはない。

 マーレが現れたのはもっと別の理由だと、テグシーはそう言ってくれたけれど。


 果たして本当にそれを救いとして良いのか。

 それが真にマーレの本願だったと、確信をもって言い切れるのか。

 リリーラにはもう、分からなくなっていた。


 それこそまだ、ちゃんと墓前に立つことすらできていなくて。


「バァちゃん……」


 尽きせぬ悔悟は、日に日に深まっていくばかりだった。




 けれど――。

 いつまでもそうやって1人、ウジウジしているわけにもいかないのだ。


 グランソニア城の修繕も着々と進み、いよいよ終盤に差し掛かろうとしている。

 現状こそテグシーがいろいろと、代理で受け持ってくれてはいるが。


 日常が戻ってくる。

 いや、戻らなければならない日はそう遠くないだろう。


 そんなリミット的な問題に加えて。

 気持ちを持ち直すきっかけとして、何より突き動かされたのが昨晩の出来事だ。


 夢を見たのである。

 それは、とても……。

 とても、懐かしい夢だった。


 覚えている。

 まだずっと幼かった頃の思い出だが。


 自分が良かれと思ってやったことでひどい失敗をして、台無しにして。

 マーレに何度も、泣きながら詫び入っていたのだ。

 ごめんバァちゃんごめんと繰り返して。


 でもマーレは、そんな自分をちっとも責めやしなかった。

 何をそんなに謝ることがあるんだいアタシのためを想ってやってくれたことなんだろうと慰めと共に、大丈夫だよありがとうねリリーラとヨシヨシポンポン、ずっとなだめてくれて――と。


 そんな優しく包み込まれるような、泡沫うたかたの夢。


 嬉しかった。

 本当にまたマーレと再会して、言葉を交わせたような気がしてウットリ。

 すっかり心を洗い流されたような夢見心地となる。


 途中で覚めてしまったし、部屋もまだ暗かったから、もっと見ていたかったなと名残惜しくもあったけれど。


 なかなかその温かな余韻よいんを手放せずにいたものだ。

 不覚ながら、目元も少しだけ濡れてしまって。

 けれど――。




 そんな都合むしの良い話が、そうそうあるはずもない。




 だからそれを確かめに、感傷に浸るのも程々に、リリーラはベッドから起き出す。

 心を静かにズシズシと歩いていって、ガチャリと部屋の外を覗けば、案の定。

 彼女はそこにいた。


 まぁそんなことだろうとは思ったのだ。

 昼にもリオナたちが、何やら立て続けにワチャワチャやってきたが。

 その企画に彼女だけは、加わってないみたいだったから。


 でも「なぜ?」ともとくに考えなかった。

 気を遣われて、あえて声が掛からなかったとか。

 当人の性格キャラ的に、単純に参加辞退となっただけとか。


 どちらも普通にあり得そうだったからだ。

 だから不審とも不自然とも取らなかった。


 だがまさかの時間差(寝込みを狙っての夜襲)にして、単独犯ソロ

 それもこんなやり方で仕掛けてくるとは。


「やっぱり、アンタの仕業しわざだったんだね」

「…………っ」

「アニタ」


 今にも泣き出しそうな顔となって、へたり込んでいる忠臣。

 そう、アニタ・ミストレイの姿がそこに。


「ごめん、なさい……」


 リリーラを見上げるなり、たちまち彼女は泣き出してしまった。

 ポロポロと涙を零しながら、喉を詰まらせ。

 震えた声音で何度も、同じ謝罪の弁を繰り返す。


 つまるところ今の夢は、アニタが見せたものだったのだろう。

 相手の記憶や思い出の深いところに干渉し、呼び覚ますことができると、アニタの魔法はそういうことも可能だから。


 それこそ事実確認のため、アリシアにやった・・・・・・・・のも同じことで。

 だが、それは――。


「アタシには使うなって、そう言ってあったはずだよ」


 正確には自分に限った話ではないが……。


 でもまさか、とがめるつもりも毛頭なかった。

 だって分かりきっていることだからだ。

 そうまでしてアニタが何をどうしたかったのかなんて。


 言い換えれば、それほどまでに自分がみっともなく、見るに堪えないほど不甲斐ない姿をさらし続けたということだろう。


 取り返しの付かなくなるまえにと懸命に動き、声をあげ続けてくれていた彼女ならば尚のこと。そんな資格、自分に有りはしない。


「リリーラ、様……?」


 だからリリーラはグッとその場にかがみ込み、泣いているアニタをそっと両手で掬いあげた。


 思えば本当に、アニタには心労ばかりをかけさせてしまったと思う。

 なまじ一番事情も知っていただけに、いてしまう選択だってあっただろう。

 とても苦しい立ち位置で、板挟みにしてしまった。


 でも……。

 それでもまだ、付いて来ようとしてくれている。

 こんな自分を見限らないで、元気づけようとしてくれているから。

 せめてその気持ちに応えたくて。


 リリーラは決めた。

 もういい加減、ウジウジしない。

 この気持ちに区切りを付けることを。


 振り切らなくてはならない。

 いつだかテグシーも言っていたことだが。

 もう確かめられない答えなら、自分にとってプラスの方向に考えるしかないのだから。


 それにマーレも教えてくれたではないか。

 やったことは消えない。消せない。

 だから泣いて後悔するより先に、やれることがないかを探すのだと。


 だったら――。

 すべきことなんて、1つしかない。

 それこそとても大切なことをたった今、アニタが思い出させてくれたばかりだから。



『何をそんなに謝ることがあるんだい?』



 同じようにする。

 泣いているアニタの頭を指先でポンとやって、できるだけ優しくヨシヨシと。

 かつてそう当たり前のように、にっこり笑顔で聞き返してくれたマーレのことを思い出しながら。



『アタシのためを想ってやろうとしてくれたことなんだろう?』



 リリーラも「気にすんな」とにっこり笑って、自分の方こそと謝って。



『さぁ、こっちにおいで。リリーラ』



 それでも結局、なかなかアニタは泣き止まなかった。

 ボロボロと涙を零しながら、ごめんなさいを続ける。

 だんだん泣きじゃっくりのようになっても、やめようとはしなくて。


 だからリリーラも同じ回数だけ伝えた。

 伝え続けた。


 大丈夫。

 ちっとも怒ってなんかない。

 ありがとう。ありがとうね。


 かつてマーレが自分にしてくれたのと同じように、ポンポンヨシヨシ。


 アニタが泣き止むまで、ずっと。

 ずっとそう声をかけ、はげましてやっていた。

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