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11-26.「尽きせぬ悔悟」


 聞けば先日、大浴場でのことだそうだ。


 1人ずつではとても手が回らないので、子どもたちは毎日決まった時間にまとめてお風呂に入れている。アリシアだけでは大変だろうと、普段からそこにアニタも付き添っているのだが。


 きっかけは子どもたちの悪ふざけだった。

 じゃれ合いがエスカレートしてか、1人がザパァと浴槽の湯を魔法で宙に持ち上げたらしい。


 だがその直後、アリシアの様子が突然おかしくなったのだと言う。

 急変した。


 宙に漂う水の塊。

 それを見上げたままその場にへたり込み、まったく動けなくなってしまって。


「動けなくなった……?」

「はい……。なんと言いますか、その……ひどく取り乱している様子でした。そのまま呼吸まで苦しそうになってしまって……」

「呼吸も……?」


 幸い、外で休ませると、時間経過とともに症状は落ち着いたそうだが。


 また、水……。

 それはウルの気がかりとも重なる証言だった。


「誰にも言わないで欲しいって、あの子からはそうお願いされてしまったのですけれど……」


 そのうえで恐る恐ると尋ねられる。

 自分は何か、知っていることはあるかと。


 しかし心当たりはなかった。

 無いと、そう思いかけたのだ。


 第一、あの子は魔女狩り試験のときだって自分から……とやっぱり反証もあったから。

 だが――。


「水……」


 深く洞察を繰り返すうちに、リリーラは気付く。

 さかのぼれば確かに、1つだけ。

 思い当たる節と呼べそうなものがあったことに。


「まさか……」


 そして、その翌日にも呼び出したのがテグシーだ。

 問い質した。いったいどういうことなのかと。


 だってテグシーは確かに言ったのだ。

 再三に渡って事実確認をした末、無いと言い切った。

 本人にもちゃんと確かめたことだから間違いない、安心してくれと。


 でも、おかしい。

 それが本当だったら、あんなこと・・・・・にはならない。

 なるはずがないではないか。


 その矛盾を突きつける。

 アリシアが水に異常なまでの恐怖心を抱くようになっていると、それがまぎれもない事実であることは。躊躇ためらうアニタにそれでもと命じ、すでに確かめた後だったから。


 もし「そんなはずはない」と真っ向から否定されるなら、まだ釈明を聞く余地もあった。

 だがあろうことか、テグシーは言う。白状する。

 実は知っていた、などと。


「知、ってた……?」


 愕然とした。

 なんでそんな大事なことを黙っていたのか。

 突き落とされるような失意とともに、たちまち言いようのない激情がこみ上げる。


 やはりここはアニタの言う通り、いったんでもテグシーの説得を聞き入れ、アリシアの身柄を引き渡すべきなのか。


 そう迷いかけてもいたからこそ……。

 今さらそんな後出しに、裏切られたような心境の方がまさってしまって。


 いろいろ弁明はしていたと思う。

 自分も後から知ったことだったとか、いずれはちゃんと伝えるつもりでタイミングを窺っていただけ隠すつもりはなかったんだとか。


 だけどもう、どんな言葉も耳に入ってはこなかった。

 憤慨ふんがいあらわに席を立ち、リリィリリィとそれでも追いすがってくるテグシーにうるせえええと怒鳴り散らす。


「何をされたらあんなことになるってんだ、あぁッ!? 半端なことしてんじゃねぇぞ!? やり切れねぇなら最初っからすっこんでろっつんだよぉッ!!?」


 拳を振りかざし、もはや否やはないと黙らせて。


 同じことだった。

 たとえ後からミレイシアがやってこようとも(テグシーが連れてきたというよりは、行くといったミレイシアをテグシーが止められなかっただけだろうが)、何も変わらない。崩さない。


 ただもう、何も聞きたくなかった。

 否定されたくなかった。

 故にすべてを閉め切り、シャットアウトする。


 そうしてリリーラがフツフツと煮えたぎるような怒り、その矛先を向けたのは――。テグシーではなく、すべての元凶と見定めた魔女狩り協会だった。


 全部、おまえたちのせいだ。

 そもそもおまえたちが人数制限がどうなどとつまらないことさえ言い出さなければ、こんなことにはならなかったのだと。


 いったい何の文句があるというのか。

 くだらないケチをつけやがって。

 何様のつもりだ。このアタシに指図するな。


 苛立ちが。憤懣ふんまんが。

 グツグツと際限なく募り、嵩増しされていく。


 そのとき想起される訴えもあった。

 このままじゃ本当にと、事あるごとにテグシーが繰り返していたそれだ。


 けれどもう、それすらもどうでも良い。

 むしろ、望むところだといきり立つ。


 思えば、そうだ。

 最初からこうすれば良かった。

 頭を悩ませることなんて何もなかったではないか。


 やってみればいいのである。

 何やら権限だかを行使して力づくでも奪い返すと、随分ずいぶん上から目線な物言いだが。


 力づく……? やってみろ。

 この自分アタシを相手に、本当にそんなことができるというなら。


 いったい誰にものを言っているのか。

 わらわせんなと吐き捨てる。


 ただし――。

 くれぐれも覚悟はしてくることだ。

 もし家主である自身の許可なく、この城域に一歩でも踏み込もうというなら。


 教えてやる。

 家に入ってきた虫がどうなるか、その身をもって。

 片っ端から叩き潰して、踏み潰して、原型も残らないほどぐちゃぐちゃに。

 見せしめにして、徹底的に知らしめてやろうではないか。


「やれるもんなら、やってみやがれ……」


 そうしてどこまでも不敵に、尊大に。

 揺るがぬ絶対の自信をもって。


「1匹残らず、このアタシが駆除してやるよ。蛆虫ども……!」


 誰にともなく、そんな宣戦布告をくれてやるリリーラだった。




 ――そう。

 今にして思えば、このときにちゃんと気付くべきだった。

 いや、気付かなければならなかったのだ。


 いつの間にか色んなものの理由が置き換わって、すり替わって。

 自分がただアリシアを口実に、戦争を引き起こそうとしているだけだったことに。


 護るべき者たちをこれ以上ない危険にさらし、おびやかしてまでやろうとしていることが。


 ただの自己顕示。

 かつて犯したのと同じ過ちを、繰り返すものでしかなかった。


 そんな下らないことのために、どこまでも都合よく。

 利用しようとしているだけに過ぎなかったのだと、そのことに。

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