11-20.「ゴールイン」
「いい加減、勇気を出せ。嫌われ者の魔女狩り」
そんな激励を送っても、結局。
最後までゼノンのブツクサ文句は絶えなかった。
「両手に花だ。良かったじゃないか、色男」
そうとからかったらすかさず「花ぁ? どこがだ」と返ってくるし、頭をガリガリしながら犀だのガキンチョだのと悪しざまに言う。なんでミレイシアが犀呼ばわりされているのかはちょっと分からなかったし。
「また素直じゃないことを。女ったらしめ」
「あぁっ!?」
ボソリと悪口を言ってやったら、しっかり食ってかかられたりもしたけれど。
それでも、やっと。
やっと彼の腹は、決まったみたいだから。
「じゃあ早く、行ってこい」
最後は、それだけだった。
もうこれ以上、言葉を重ねる必要はないだろうとテグシーは瞼を伏せる。
「――あぁ」
彼の返事もまた、それだけ。
短くて低いし、相変わらずぶっきらぼうなことだが。
そこにもう、さっきまでのような揺れや迷いが感じ取れないことに心底、安心して。
そして――。
ついに、彼は踏み出すのだった。
この場で見守っていた誰もが望み、待ちわびていたその一歩を。
歩き出す。歩み出す。
ずっと遠ざけていた未来に向けて、着実に。
その瞬間を遠目に捉えて――。
「来たっ! 来ましたよ、ミレイシアさんっ!」
「もう、やっと……? いい加減、待ちくたびれたわよ……。でも、良かった」
早くも動き出したのは、ずっと待っていた彼女たちだ。
まず立ち上がったのはゼノンがこちらに足を向けるなり、パァと顔を輝かせたアリシアから。分かりやすく燥いで指差しし、もう待ちきれないとばかりにまっすぐゼノンのもとに駆け寄る。
「ゼノンさーんっ!!!」
行きましょう早く行きましょうよゼノンさんと、そのままぐいぐい腕を引っぱって。引っぱんなそんな急がなくてもまだ昼だろうがと結局歩くペースはちっとも変わらないまま、ミレイシアとも合流する。
「観念した?」
「……るせぇ」
どこかご機嫌を伺うようなミレイシアの覗き込みに、ゼノンはバツの悪そうに後ろ頭をガリガリして。さすがにアリシアみたいに気軽に手を取る勇気は出せなかったようで、摘まんだのはちょいと袖口だけにしろ。
「じゃあ、行こっか。用心棒、お願いね?」
「……あぁ、わぁってるよ」
そのまま3人で、やっと歩き出していく。
その瞬間を見届けて、ホッと一息。
「あぁ、良かった。本当に……」
心地よい安堵の情に、その小さな胸の内を満たしたのはテグシーだ。
「彼女たちが~」とか「あの2人が~」と散々、転嫁させてもらったが。このゴールに行きつくことは、テグシーにとってもずっと待ち望んでやまなかった結末だから。
ひとまず。
差し当たっておーいと手を振ってみせたのは、長いこと待ち惚けさせてしまったリオナとライカンに向けてだ。声は届かないが、まぁ見ていたから分かるだろう。
もう大丈夫だうまくいったとサインを送り、解任の合図とする。
ケガさえ無ければあそこに3人目として加わっていただろうリクニには(作戦のことを聞いてすごい残念がっていた)、後ほど連絡を入れてやるとして。
「済まなかったな、マーレ……。だが、やっと終わったぞ」
次にテグシーが語り口を向けたのは、傍らに佇む墓石に謝罪の弁からだ。
こんな形で利用してしまったのは、いささか不謹慎というものだろうから。
でも彼女のことだ。
きっと気を悪くしたりはしないでくれると思う。
むしろよくやったと太鼓判を押してくれそうではないか。
何言ってんだい礼を言うのはこっちだよこんなに面白いものを特等席で見させてもらったんだ大満足さねとか何とか言って、褒めてくれそうな気がする。
そんな勝手な想像を膨らませてから、フッと微笑み。
テグシーが再び見やったのは、ワイキャイと賑やかに遠ざかっていく3つの背中だ。
何度見ても、心地良くなる。
いつまでも見送っていたくなってしまうのは、そう。
これがテグシーにとっても待望の結末だったからに他ならない。
ずっと待ち望んでいた。
そう遠くない未来にいつか、こうなってくれたらいいなと。
何もできなかったから。
ゼノンが、このままでいいと。
つまりは嫌われ者を買って出ると、そう申し出たとき。
その時点でゼノンは自身の欠点をほぼ克服していた。
ポーションが効かないところだけはどうにもならなかったみたいだが、すれ違いざまに何かがガチャンと壊れたり、体調不良者が続出するようなことはもうなくなっていて。
だから強く、引き留めた。
キミがそこまでする必要はないはずだ。
もっと他に良い方法があるはずだ考え直せと、ライカンと2人で。でもゼノンはガンとして譲らなかった。
いち早く、気付いていたのだ。彼は。
ミレイシアの魔法、その本質が『死』を遠ざけることにあったのだとすれば。
逆に『死』を近づけることもできるのではないかと、そのことに。
だとすれば……。
たとえ過程や憶測の域を出なかったとしても、万が一にもそうと知れ渡ったら、どうなるか。おそらく今より、もっとずっと多くの輩がミレイシアを狙ってくるはずだ。
魔女狩り協会も黙ってない。
ミレイシアの身柄は厳重に管理されることとなり、二度と国外に出ることもできなくなるだろう。
ゼノンはその最悪の展開を突きつけた。
そうなってもいいのかと声を荒らげ、牙を剥いて。
『それは……』
だからテグシーも、ライカンも、何も言えなくなってしまう。
ミレイシアの夢が叶わなくなることもそうだが、何より。
その可能性を知ったとき、一番深く傷つくのもまた、彼女だったから。
『そんくらい、考えりゃ分かんだろうがよ……』
あるいは、あのとき。
――『それに……』
――『……?』
――『いや、まぁそっちはいいさね』
もしかするとマーレも、それを言いかけたのかもしれない。
故にゼノンは「だから、このままでいい。余計なことすんな、勝手に勘違いさせておけ」とする。
事実を隠蔽するため。
人々を少しでも真相から遠ざけるために、あえて何もしないことを選んだのだ。
嫌われ者やはみだし者であり続けた。
その結果、重荷のほとんどをいちばん無関係だったはずの彼1人に背負わせることとなってしまって。
でもだからこそ、嬉しかったのである。心から。
アリシアが魔女狩り試験に出たいと、そう申し出てくれたとき。
その願いの在処までを聞き届け、思わずトキめいてしまうほどに。
そして今、改めて思うのだ。
『では最後に1つ、聞かせてくれ。なぜキミは、あの男のためにそこまでする?』
『私もこれまであの人に、何回も……。同じことを思ったからです』
とても素敵な理由だなと。
だから、本当に良かった。この結末を迎えることができて。
アリシア、ゼノン、ミレイシア。
3人が一緒に居られる光景に、ちゃんと辿り着くことができて。
たぶんこんな感じで今日から何日も、ゼノンは無理やりセレスディア中を連れ回されるのだろう。次はこっち、その次はあっちと、たくさんの人の目に触れて、ゼノンにかけられたあらゆる嫌疑、疑惑を晴らしていくのだ。
自分たちをマスコットにして、はい皆さーんこの人目つきとか態度はちょっと怖いしウワサもいろいろありますけど実はぜんぜん悪い人なんかじゃないですよ~安心してくださいね~アピールをやっていく。
ともすれば、時間の問題だ。
ずっと嫌われ者だった魔女狩りが、そうでなくなっていくのも。
アリシアが一人二役とかその他もろもろややこしい裏事情を抱えることなく、本来の彼女として。満を持して、ゼノンさんゼノンさんとルンルンできるようになるのも。
いろいろな事柄がやっと、あるべき正しい方向へと向かい始める。
その瞬間をマーレと一緒に見届けられたのだ。
こんなに素敵なことはない。
文句なしのハッピーエンドだろう。
心はどこまでも晴れやかで、もうゆっくり眠ってくれマーレと。
墓石に手を添え、そう締めくくりたくなってしまう。
だが――。
「…………」
実を言うと。
そうするにはまだ1つだけ、足りなかった。
終わっていない、でもどうにかしなければならない問題が。
まだ1つだけ、残ってしまっている。
「あと、1つだけ……」
その解決策がどうしても見えなくて、ぼんやり。
気持ち、空の遠くの方を見上げるテグシーだった。
最終パート ゼノン編 ー終ー




