11-18.「選択のとき」
それからもいくつか、テグシーのあれこれ裏話紹介は続いていた。
ウィンリィをやられて頭に血を昇らせたアリシアが、火事場の馬鹿力でリリーラをふっ飛ばした話とか。(初耳すぎて最初は何の冗談かと思った。)
脱獄したケインが逃走より魔女のつまみ食いを優先した結果リオナからフルボッコにされ、挙句マーレ出現時には立派な噛ませ犬役になった話とか。(ご苦労なこって。)
何分、直後にアリシアがいなくなって、ガガイアの仕業と気付いてからすぐにもまたセレスディアを飛び出したものだから、そんな細かいところまで聞き及んでいるヒマなんかなかったのである。
ようやく無事を確かめたアリシアにしろ、中盤ほとんど寝てたとかで。
『それが……。実を言うと、私もあんまりよく分かってないんですよね……』
どういうことだったんでしょうね?と頬をポリポリしながらそんな感じだった。だからまぁ今日ついでに聞きゃいいかと、軽い気持ちで足を向けた墓参りだったわけだが……。
ときにヒいたり、呆れたり。
とてもローテンションながら、いちいち一言コメントくらいは入れてやりつつ。
ゼノンはどこまでも気だるげだった。
ウゲェと軽く放心状態の昼あんどんとなりながら思う。
思ってしまう。なんでこんなことになっているのか、と。
こちらのどんより気分なんて露ほども知らずそうに、やたらいい具合に晴れ渡っている快晴の青空を見上げながら。
「…………」
そのときふいに、視界を蝶が横切った。
ヒラヒラと飛んでいく。
あまりにぼーっとし過ぎてしまったせいか、何となくそれを目で追っていると「おお……」。傍らから何とも言えない反応を示したのはテグシーだ。
「……あんだよ」
「いや、済まない。しかし今なんだか、とても珍しいものを見た気がしてな」
なに見てんだおら風にオラ付いたところ、なんだかバツの悪そうにもされたが。
誰のせいでと文句を付けてやる気力も、もはやそんなに湧いてこない。
故にゼノンは何の工夫もなく、すでに何度繰り返したかしれない同じ返答に終始する。
「そうかよ……」
ため息や嘆息混じりに、プイとソッポを向くばかりだった。
さて、ここで改めて状況について整理しよう。
まずこの場に居合わせているのは全部で4人だ。
手で望遠の庇を作って「なにやってんだ、あいつら?」「さてな」とひとまずは引き続き脱走防止柵役に徹しているリオナ、ライカンを加えると6人だが、さておき。
ゼノンとテグシー。
それと少し離れたところに、ミレイシアとアリシア。
合わせて4人。
直前までここに隠れていようと、テグシーがこさえた迷彩のベール。
それをアリシアが言われた通り、思いっきりズドンと撃ちあげた魔力砲で取っ払ったことによりドドンと登場したのが先刻のことだが。(かかったわねゼノンもう逃がさないわよとも言いたげに腕組みし、自身満々に現れたミレイシアの様相に当人はいたく顔を引きつらせていた。)
それから、ずっとだ。付かず、離れず。
この一見して不可思議な膠着状態は、ずっと続いている。
差し当たって。
テグシーがまずやってのけたのは、ジャジャーン実はこういうことでしたーとパッパラパー種明かしからだ。
ゼノンがアリシアをセレスディアに連れ帰ってきたほぼ当初から、ミレイシアもまたアリシアをかなり深く知っていたことに始まり。
『私たちで、アリシアちゃんを此処から脱出させる!』
そうと決まってからの裏話を挟みつつ、
(ミレイシアは城に住まう魔女たちにお願いして回り(ルーシエが最初でアニタが最後だった)、テグシーもまたライカンやリクニといった魔女狩りたちに協力を要請しつつ、リィゼルたち平均年齢ひと桁代の救援ユニットを組むにも至った。)
こと現状に至るまでの経緯を――。
ちなみにこの日、ゼノンの予定は3本立てだ。
1本目がリクニのお見舞いで、2本目はこの墓参り。
では3本目が何かというと……。
実はまだ、その答えはゼノン当人も知らないことだったりする。
というのも、そもそも明かしていないのだ。
ねぇ一緒にお墓参りに行こうよと誘って、別にいいだろそんなんと案の定、面倒くさがったゼノンをまぁそう言わないでと宥めつつ。
『済まないが、その後ももう少しだけ付き合えるか? 野暮用があってな』
そんなホラを吹聴して、きっちり予定だけ開けさせておいたに留まっているから。
『なんだよ? 野暮用って』
『うむ、大したことではないんだが……。ちょっと気になることがあってな。念のためだ』
訝しげにされたが、そこは意味深な感じにして乗り越える。
『別に構わねぇが……。ったく、また面倒事じゃねぇだろうな』
『現段階では何とも……というのが本音だ。そうならないことを祈っておくとしよう』
リクニもいまはあんな具合だしなと付け足すと、ゼノンも渋々ながら了承してくれて。
さて、そんなことをした真意を今ここに明かそう。即ち。
このあとゼノンに待ち受ける、本当の3本目の予定とは。
「はぁ? ショッピング……!?」
なに言ってんだコイツみたいな反応を被ったが。
それにもさして構わず、テグシーはウムリとしたり顔で頷き返してから淡々と続けた。
何故マーレの墓参りを口実に、こんな形でゼノンを誘い出したのか。
その目的と目論見を。
といっても単純なことだ。
込み入ったことなんか何もない。
早い話が、ミレイシアはずっと悔やんでいたのである。
自分が中途半端なことをしてしまったばかりに、人々がゼノンに抱く嫌悪感、忌避の念に決定的なものを植え付けてしまったと、そのことを。
『ふざけないで! こんな記事……何もかもデタラメじゃない!?』
『いい加減にしてよ! なんで外に出してくれないの!? いったいいつになったら、私は……!』
その事実を知ったからこそ、居ても立っても居られなかったのだろう。
一度リリーラにも黙って、城を抜け出そうとしたこともあった。
だけど結局それも失敗に終わり、実に1年以上もの月日が過ぎてしまって。
だからいまミレイシアは、満を持してそれを実行に移そうとしている。
やっと自由になれたから。今までできなかった分も合わせて、今日は――いや、今日からはもうとことんやってやろうと。
「それで早速、ショッピングというわけだ」
「いや、なんでだよ……」
「まぁ名目はなんでもいいのだろう。これから一緒にお出かけさえできればな」
最悪、無理やりにも連れ回して、自分のせいで出回ってしまったゼノンに纏わるあらゆるデマを根こそぎ払拭してやろうと、そんな意気込みでの計略だった。
だが、どうせゼノンのことだ。
そうと分かったら途端に「やなこった」とか言って、トンズラしようとするに違いない。そこまで見越したからあの2人にもお声がかかる。
『いい、2人とも! 絶対逃がしちゃダメだからね!?』
まぁライカンが狩り出されるのに理由は要らないとして。
リオナについてはちょこっとあった。というのも魔女狩り試験が終わった後くらいから、なんか最近ミレイシアからの当たりが妙にキツイんだよなぁ視線が冷たいっつーかなんつーかよーとか思っていたのだが。
そうなった原因は、言うまでもなくあのことだ。
それが後から発覚したもので、リオナとしてはとてもバツの悪いことになる。
なまじ『アリス』がアリシアなことも知ってたなどと言うものだから、『ちょっと、知ってたってどういうこと!? まさか知っててわざとやったの!?』とあらぬ誤解まで受けて。(誤解が解けても「ちゃんとアリシアちゃんに謝ったの!?」とガミガミは続いた。)
とまぁ、大体そんな感じで狩り出されることになったと運び。
要は埋め合わせだった。
同じ理由でウルとの仲介役も請け負わされたとは、また別の話だが。
そして、最後はアリシアだ。
といっても、なぜ彼女がここに居合わせているのかについても、もはや不問で良いだろう。むしろ居なかったら、そっちの方がよほど不自然だ。不義理まである。
なにせいま迎えつつあるこの状況こそ、アリシアがずっと願ってやまなかったものに他ならないのだから。
他の誰より間近で、特等席で見届ける権利がある。
是非そうしてほしいと、心からそう思う。
だけど――。
せっかくなので紹介させてもらうとしよう。
そこにも立派な、戦術的意味合いが含まれていることを。
テグシーはそれをツラツラと明かした。
何のことでもないように、ゼノンがさらにウゲェとなって「嘘だろ……」と途方に暮れるのも構わず。
でもそれは、あくまで最後の手段だ。
できればそんな偽装なんかさせないであげてほしいし、それが彼女たちのもっとも望む結末ではないことも知っているから。
「さて、ゼノン」
テグシーは問いかけるのだった。
そっと、静かに。優しく諭しかけるように。
どうかそれが、最後のあと押しとなってくれることを願って。
「キミはどちらを選ぶ?」




