11-17.「そんなことがあったとさ」
それから暫しの時が流れた。
ゆるゆると、緩やかに過ぎ去っていく。
いくらゼノンでも自分とライカン、リオナの3人抜きは厳しいだろう。
そうと分かっているからこそ、テグシーの語り口はいつも通り落ち着いていた。
着々とネタ晴らしをしていく。
すでにあらゆる抵抗はムダと諦めたか、どこか『船酔いしている人』のようになって気だるげに空を見上げていたゼノンに。
実を言うとこういうことだったのさと、こうなった事のあらましを――。
早い話が、もうずっと前からミレイシアだけには共有してあったのである。
アリシア・アリステリアという、ある日ゼノンが連れ帰ってきた少女の存在については。
きっかけはルーテシアのことだった。
『テグシー聞いてくれ、見つかった……! ついに見つかったんだ! やっぱりミレイシアだけじゃなかったんだよ! まだ他にも居たんだ……!』
『お、落ち着けリクニ。どうしたんだ? まったく要領を得ないぞ。何が見つかったって……?』
『決まってるじゃないか、ルゥのことだよ! ちゃんと聴こえるって言うんだ! ゼノンの連れ帰ってくれた、あのアリシアちゃんって子が……!』
『……っ!?』
よほど嬉しかったか。
すっかり心急かしたリクニから期せずして、そんな吉報が舞い込んでくる。
テグシーはそれを、そのままミレイシアにも伝えたのだ。
ルーテシアのことは、彼女もよくよく気にかけていたことだから。
即ち。
『アリシア、ちゃん……?』
ミレイシアが初めて、アリシアのことを知ったのがこのとき。
良かったとホッとしてから『どんな子なんだろう会ってみたいなー』と興味を示す。
そして、それからさほど間を置かずのことだ。
ゼノンがアリシアの――いや、『アリス』の担当魔女狩りとなったのは。
たぶんルーシエ辺りから聞いて、先回りでそうと知ったのだろう。
リクニとルーテシアの関係に心和むものを覚えつつ、ミレイシアからもかつて同じような提案をしてみたところ(『ところでゼノンはどの子か面倒見てあげたりしないの?』)。
『やなこったメンドクセェ』
返されたのが案の定、全然その気のなさそうな返答だったからこそ、ミレイシアはこれまた大いに興味を示した。まさかあのゼノンがね~でどんな子なの、と。
でまぁ、ここでややこしいことになるわけだ。
『どんな子というか……』
『……?』
こないだ話したアリシアのことなんだよねーみたいな。
とても悩ましいことになって、どうしたものかとウンウン首を捻る。
思い悩む。
迷った。
あるいはそのまま別人設定を押し通してもよかったのだが。
ねぇってばどうなのと迫られたもので。
「話した」
「話すなよ……」
このヤロウみたいな反応を被ったが。
そう言わないでほしい。それが総合的な判断だったのだ。
説明不十分のまま一方的に辛抱を強いてしまっているミレイシアの置かれた状況や、ゼノンとの関係性を鑑みても。
彼女になら話しても、まず問題はないだろうと。
それにリィゼルのこともある。
大丈夫かなと、事あるごとにミレイシアが気にかけていた心配ごとの3点セット。そのすべてにアリシアが関わっていると数奇さを知ったらきっと、いろいろとマシマシになる気がしたから。
『えぇ!? じゃあアリシアちゃんとアリスちゃんって同じ子なの!?』
予感は的中で、ミレイシアのアリシアに対する思い入れはますます強くなった。
外に出られるようになったら絶対紹介してよねと再三言われて、その度にテグシーは分かってるさと繰り返す。ライカンの気持ちがちょっと分かって、シミジミしたりもしていた。
ところが――。
そんな彼女にとっての急展開は、遡ること数週間まえに突然訪れる。
『え、なんで……!?』
目を見張ったことだろう。
ふと見下ろした窓の外、ワーイとわんぱくな景観のなかにいきなり、写真でしか見たことのなかったアリシアの姿を捉えたのだから。
実を言うとこのとき、テグシーはまだ伝えられていなかった。
アリシアが巻き込まれた、例の誘拐事件のことについては。
言えるはずもない。
不安を与えたくなかったこともそうだが、何より。
主犯格となった人物が、かつてミレイシアが命を救った相手と分かったから。
その世迷言としか取れない動機を取っても、決して無関係とは言えなくて。
だからつい、軽はずみな返答でやり過ごそうとしてしまう。
自室に呼び出されたかと思ったらパタンとドアを閉められ、不自然に退路を塞がれてから。
『ねぇ、テグシー。私に何か、隠してることあるでしょ』
そうと核心を突かれたとき。
何もない。
キミが心配するようなことは何も……などと。
だけど。
『嘘よッ、そんなわけない!』
その受け答えがどんなに浅はかで、してはいけない迂闊なものだったか。
一喝を受けてからテグシーはハタと気付く。
気付かされる。
同じだったのだ。
いまアリシアが置かれている状況のあらゆるが。
自身がこの城に匿われたときと。
だから疑いようもなく彼女は確信してしまう。
何かあったのだと。
それもリリーラをそうまで突き動かすほど、何かよほどのことが。
何より、ミレイシアは知っていた。
リリーラがこうやってなりふり構わなくなるのは必ず、何かを守るための決断であることを。
『リリーラは理由もなくこんなことしない! そんなの私たちが一番よく知ってることでしょ……!?』
ともすればもう、どんな誤魔化しも効かなかった。
ミレイシアは強く求めた。知りたがった。
その何かが、何なのか。
『ねぇお願い、教えてよテグシー! 私に何を隠してるの!? いったい、あの子に何が……!?』
それ以上の言い逃れを、テグシーに許してはくれなくて。
『それは……』
「そうして彼女はすべてを知ったんだ。そのうえでリリーラの説得にもあたったが……結果はまぁ、語るまでもない」
「聞く耳持たずか」
「そんなの通り越して、実に惨憺たるものだったよ。私としても手を尽くそうとはしたんだが……。そのときにはもう、彼女は私の言葉に耳を傾けてくれなくなっていた」
それでいよいよ出禁まで食らったとのこと。
ただでさえマーレのこともあって、リリーラも相当気が滅入っていたのだろうと擁護もあったが。
でまぁ、そこまで来れば後のことは簡単だ。
さほど込み入った事情もない。
リリーラの説得に失敗したミレイシアだが。
めげずにすぐにも動き出したのは、その先に待ち受ける2つの展開を危惧してのこと。
1つは、リリーラと魔女狩り協会の全面衝突がそれだ。
このままでは本当に大ごとになってしまうと、何とか食い止めようとして。
そしてもう1つ、同じくらい懸案していたのがゼノンのことだった。
『このままじゃ……!』
またヘンな噂が立ってしまう。
あることないことを良いように書き立てられてしまう。
自分のときと同じように。
『させない……! そんなこと、絶対させるもんですか!』
故にミレイシアは決断を下すのだった。
『協力してテグシー!』
『ミレイシア……?』
リリーラには悪いけれど、このままじゃダメ。
もうなりふり構ってなんていられないと。
自分がいろいろ中途半端にやりかけてしまったことをみんな、アリシアが引き継いでくれていた。ゼノンのために魔女狩り試験にまで出てくれたことを知っていたからこそ、何もせずにはいられなかったのだろう。
『私たちで、アリシアちゃんを此処から脱出させる!』
つまるところ、それが発端だった。
命名はともかくとして『アリシア奪還プロジェクト』、そんなものが持ち上がることとなった契機。
言い出したのはミレイシアだがその時点で2人にまだ面識はなかったし色々話がややこしくなりそうだったからねあえて彼女のことは伏せて私主導ということにしたんだ、と。ツラツラテグシーの補足説明は続いていたが。
そんな細かいところなんか、今さらどうでもいい。
初めて知った舞台裏、それも昨日帰ってきたばかりで初耳だらけの話に。
「そうかよ……」
さほど興味も持てないまま、やはりウンダリ気だるげにするゼノンだった。




