11-15.「またも」
――そう、このときゼノンは徐々に気付きつつあった。
どうしようもなく悟る。
どうやら自分はまたも、嵌められた。
騙され、まんまとここにおびき寄せられたらしいと、そのことに。
ちなみについさっきまでなら、なんだかんだでそれらしい雰囲気にもなっていたのだ。
花を手向けるとか、線香をやって手を合わせるとか、それらしいことさえ済んだらさっさと帰るつもりでいたが。まぁせっかく来たんだからもう少しとテグシーから引き留められて。
いろいろ話した。
「思えばもうあれから(マーレが墓を抜け出してから)、実に1年以上にもなるのか……」とか「長かったような、あっという間だったような」から始まる、しんみりノスタルジック風なコトの振り返りを。
「それにしても、何故マーレはあの場所にいたのだろうな」
墓石をまえに――。
それはテグシーから飛んできた、ふいの問いかけだ。
あの場所というのは、かつてアリシアが『イルミナ』をやっていたあの森のことだろう。(正確には、そのさらに奥深く。)
とんでもなく余計なやつがとんでもなく余計なことをしてくれたおかげで此処とあそことが繋がり、最後の最後であんな局面にもつれ込んだわけだが。
「それは、たぶん……」
ゼノンは自分なりの見解――可能性を述べる。
おそらくマーレは、自分の意志であそこに行ったのではないかと。
「自分の意志で……? どういうことだ?」
もういいか……と。
そこでゼノンが初めて打ち明けたのは、今まで誰にも語らず胸の内に秘めていたことだ。
マーレが再び起き上がってしまった、あの夜。
深手を負ったゼノンをミレイシアが体を張って庇ったとき、マーレがひどく狼狽えるような様子を見せ、行方を晦ましたときのことを。
ゼノンは思う。
もしかしてあのとき、マーレは僅かなりでも自我を取り戻していたのではないかと。
だとすれば、他ならぬマーレ自身が誰より恐れたはずなのだ。
このままではいずれ、自分はこの手でミレイシアを傷つけてしまうのではないかと、そのことを。
だからあの森に向かった。
あそこは『魔境』にもほど近く、踏み入るだけで魔力を吸われるので人もそうそう立ち入れない。
――そう、ただそこに居るだけで魔力を消費するのだ。
ひいては願いの暴走とも言い換えられる『目覚め』の魔力を抑制し、沈静化させることもできる。だから、つまり。
「その土地の性質を利用して、マーレは静かに自らを終わらせようとしていた。そういうことか……?」
「……さぁな。あるいは単純に、そこが一番落ち着けるってだけだったのかもしれねぇが」
マーレがミレイシアを狙ったのが『安定』を求めてのことなら、そういう線もあり得るだろう。実は自我なんか微塵も残ってなくて、ミレイシアをどうこうできなかった結果、たまたま偶然あそこに行きついただけと。
自分にとって都合の良い受取り方や、こじつけ解釈ばかりではつり合いが取れない。だからあくまでフラットな立場から、ゼノンはそんな見解も付け足すのだった。
あたかも、どっちでもいい風な無関心さを装って。
ともかく、そう。
本当のところは分からない。
それこそマーレしか知らない。
ただ1つだけ確かなのは、マーレがずっとあの場所にいたということだけだ。
そうでなければ今日までに、必ず何かが起こっていたはずだから。
「それだけだよ……」
あるいは、問いかけるように。
物言わぬ墓石をまえに、そう話を締めくくるゼノンだった。
風が吹く。
でまぁ、それからの話題は大体ミレイシアのことが占めた。
やはりマーレの推測は間違っていなかったとか、「まさかこんなことになるとはな」と話はゼノンとミレイシアの出会いのところまで遡及しかけて。
その話はいいっつの、と逸らそうとしたところ。
なかなかに唐突だった。
「――ありがとう、ゼノン」
面と向かって、テグシーからいきなりそんな謝意が飛んできたのは。
「……なんだよ、いきなり」
あんまりストレートに言われたもので反応に困り、ついそんなすげない応答となってしまったが。それからテグシーが持ち出したのは、ライカンも同席していたとある場面のことになる。
聞けばなんか、そのときのことが嬉しかったらしい。
一応ゼノンとしても、それはよくよく覚えているシーンだった。
なんだか妙な熱の入りようとなり、啖呵っぽくなってしまったことが今でもちょっと気恥ずかしくて、やや黒歴史だったから。
「あー……? そういや、んなこと言ったけな」
それで不自然に惚け方ともなってしまったが、さておき。
だからここで改めて、お礼を言いたくなってしまったとのことで。
でまぁ、その流れから尋ねられる。
「それで……」といったん言葉を切ってから、自分はこれからどうするつもりなのかと。
「どうするって、何がだよ?」
いまいち要領を得なかったもので、聞き返してしまったが。
つまりは、あれのことだった。
「決まっているだろう」から始まって、テグシーは悠々と続ける。
こうしてマーレの件が終結した以上、もう自分が嫌われ者でいる理由もなくなったはずだと。
あー、そういうことかとなる。
正直そこについては、あまり考えてもなかったのだ。
どうするも何も、別に。このままでいいのだが。
そのまま言ってみたところ、「そうもいかないだろう」とはテグシーから。
なにせもう、ミレイシアは自由だ。
ようやく解放された。実に1年以上にも及んでしまった、グランソニア城で余儀なくされていた缶詰ライフから。
ともすればまぁ、いろいろと再開されることだろう。
戻ってくる。戻ってきてしまう。
あの騒がしかった日常が。
それで言うと、実は今日もちょっと気を付けていたのだ。
たとえばミレイシアがどこかで待ち伏せていて、ふふん待ってたわよゼノン驚いた?みたいな展開に出くわしやしないかと。
だからなるべくパルクールぽくして、そうならないようなルート選びを心掛けたわけだが。それで逃げ切るのにも限界があるのは、すでに散々思い知らされていること。
下手に放置すれば、また直接自宅にまで来てしまう。
犀が……。
「あー、くそ……」
それからもゼノンはいろいろと考えた。
ブツブツと独り言を唱えながら、あれこれと思索を巡らせる。
何でもいい。何かないかと。
最初に浮かんだのはリィゼルのことだ。
アイツに頼めば何かしら、ミレイシア避けできるような魔道具を造れるのではないかと。
イヤでもダメだ。
彼女の身柄はすでに抑えられてしまっている。
今までのように、個人的な都合でおいそれとはいかない。
「くそアイツ、肝心なときに……」
「うむ。まぁ彼女については、それ以前の理由で聞き入れてもらえないようにも思うが、さておき」
何やらしたり顔で頷いているテグシーのことは放っておいて。
(たぶんミレイシアのことで軽いドッキリを仕掛けていた件を指摘しているのだろうが。)
だったらいっそのこと自分でと、ゼノンは何とかやりようを考えてみる。
でもそこでひょっこりと顔を出してきたのが(脳内イメージの話)、リクニが面倒を見ている赤毛の少女だ。確かルゥちゃんとか呼ばれていたが……。
あれもまた相当に厄介な立ち位置にいるぞと、そのとき気付いた。
どんなに精巧な魔術トラップを仕掛けたところで全部パージされるうえ、そういえばミレイシアにもかなり懐いていたように思う。おまけに自分は、たぶんしんそこ嫌われている。
お願いルゥちゃんとされたら、任せてと張り切りそうだ。
よってどんな小細工も無意味。
「くそ、せこいんだよ……! あいつの魔法」
「ほぅ、キミがそれを言うか」
テグシーのツッコミは無視しつつ、さらに頭をガリガリするゼノンだった。
だがそこですぐにハッとなったのは、気付いたからだ。
というかなんで真っ先に思い至らなかったのか。
そう、自分にはもうアリシアがいるではないかと。
その線でまたブツクサと考え始めて……。
「……あ?」
しかしそこで、ふと我に返る。
何かに気を取られたように目線を横にやったのは、遠くで声がしたからだ。
「おらおめぇら、メシ行くぞー」と。
何のことはない、それは日常のどこにでもありそうな何気ない掛け合い。
すると「「うぃーす」」みたく返事があってゾロゾロ、数人が頭目らしき男に付いていくのだが。
そんな光景を遠目に捉え、眉根を寄せたのはゼノンだ。
装いからして、彼らがいわゆる「工事の人たち」なのは何となく見て取れるが。
あれなんかおかしくね?となる。
だって此処はグランソニア城だ。
城の主たるリリーラ・グランソニアがそうと定めたから基本的には男子禁制で、男はなかに踏み込めないようになっている。
だというのに、なぜ……?
なぜあんな団体さまが普通に、城の敷地内を自由に出歩いているのかと。
ちなみにこの墓参りは、テグシーがずっと一緒なら今日だけオーケーみたいな特例だったはずだが。
「なんだ、あれ。どうなってんだ?」
その辺りをテグシーに尋ねてみる。
何のことはない、気まぐれの質問……のはずだった。
だがここで、ゼノンはようやく気付くのだ。
何か……。何かがおかしいことに。
「さて、どういうことだろうね?」
どこか含みのある問い返しと共に、そのとき。
フッとテグシーがほくそ笑む。
今ごろ気付いてももう遅いとも言いたげに、ニヤリと。
「おい、ちょっと待て。まさか……!」
「カンの良いガキはキライだよ」
とても不穏な感じに口元を歪めていたから。




