11-11.「なんと杜撰な証明か」
ということで、ここで改めて。
ゼノン・ドッカーには秘密がある。
もしそんな触れ出しをされたらなら、当人としては「おいちょっと待て」といろいろ注釈は付けたいところだ。
それはあくまで当時の話であって、今はある程度、克服できていることだとか。秘密と言っても、知られまいと必死に隠し立てていたとかではなく、周りが勝手に勘違いしたのをわざわざ訂正してやらなかっただけだとか。
とはいえ今さら知られてもメンドウとの意味合いで、そういう類のものであることは否定すまい。それは自身の『魔力を侵蝕し、無効化する』という魔法特性にまつわる『欠陥』、ないしは『副作用』とも言い換えられるものだ。
即ち。
ゼノンは周囲にある魔力という魔力を無意識、無自覚のまま侵蝕し、無効化してしまうということ。
当初はそれなりに制御できているつもりでいた。
ゴロツキや壊し屋然とした見かけにもそぐわず、手先は器用なほうで魔力の緻密な制御もそこそこ得意としている。
だから魔力で魔力を相殺する『侵蝕』の特性、その扱いにもようやく慣れてきた今日この頃だ。一歩間違えば云々(うんぬん)かんぬんとか、かなり異色な力とも聞かされていたが。それなりに上手く付き合えていると。
だが――。
どうやらそうでもなさそうだったことに、自身の周りで説明の付かない怪奇や不祥事が頻発するようになってから、徐々に気付いていく。
街を歩けば電灯とか噴水とか、とにかく魔石を原動力とした公共のものがパリンとかガシャンとかいって壊れるし。(その道の大道芸人が、ゼノンが目のまえを通り過ぎた瞬間に大失敗していることもあった。)
なんか急に寒気が……と体調を崩す者も続々と。
早い話、ゼノンが近寄るといろんなものの魔力が無効化されて、内部の循環なりバランスがひどく乱れるそうだ。それで壊れたり、ダウンしたりと、どうもそういうことらしかった。
でまぁ、気付けばウワサになっている。
もはや性格的なものとしか言いようのない無愛想さや、生来の悪人面も相まって、ヒソヒソヒソと。
「……あ?」
なんかとんでもなく危ないヤツ認定されてねぇか、と。
いつになく見通しが良く、妙に広くも感じられる道幅を振り返ってから後ろ頭をガリガリ。ようやくその異常に気付くゼノンだった。
このところやけに多いと思っていたあらゆる奇怪、不可解。
それがすべて自分由来のものであったことに。
ひいては思った以上に厄介だったらしい自身の生まれ持った魔力性質、その特異性についても。
◆
だがそのことについて、ゼノンは取り立てて申し開きや弁明をしなかった。
別に構わなかったからだ。
周りからどんな評定を下されようとも。
元より人付き合いはキライだし「違うんだ! これはわざとやっているわけじゃなくて……!」みたいなガラでもなければ、そうまでして繋ぎ止めたい関係性も無い、とは言わないがどんなに多く見積もっても指の数がいいところ。
故に「まぁいいか」と捨て置いたのである。
結果として、街を歩けば人切りナイフみたいな扱いを被ることにはなったし、ヒソヒソヒソとあることないこと噂や陰口も鳴り止まなかったが……。
私生活に支障さえ出なければそれで良いというのが、心から。
包み隠さぬゼノンの本音だった。
しかし――。
だからまぁ、困ったものだ。
あの夜、ミレイシアから「待っててください、いま治しますから……!」されたときは。
ケガを治してくれるというから、ありがたい申し出であることは間違いないのだが。
同時にゼノンは思った。
たぶん効かねぇだろうなぁ、と。
というのも、どうもこの体は差し向けられたあらゆる魔力を反射で、ほぼ自動でかき消してしまうらしいからである。だからミレイシアが治癒してくれたところで、おそらくはそれも……。
でも、だからと言ってどうする。
本当のことを話すか。
いや、めんどくさい。
もうなし崩し的に秘密みたくなってしまったし。
それにこのことは、実は『回復薬が効かない』という自身の最大の弱点にも通じる事実だった。
それをなんで、ほぼ初対面のコイツに明かさなければならないのか。
いろいろと釈然としなかったもので。
「いい、ほっとけ」
ゼノンは手を引っ込める。
そりゃミレイシアからすれば「なんでよ」となるのも分かるし、まったくもって不可解な拒絶だろうが、仕方ないではないか。それが一番、諸々ショートカットできそうで、手っ取り早そうな断り方だったのだから。
すぐ終わるからと食い下がられたところで、そういう問題ではなかった。
ゼノンとしてはとにかく、これ以上の面倒ごとを避けたかったとそれだけのこと。
「え、ちょっと……! こらーっ、待ちなさーいっ!」
まさかそのせいであんなにもしつこく、連日のように付きまとわれるとは思わなかったけれど。
加えてさらに想定外だ。
前日にこちらの犯したヘマもあったとはいえ。
「ねぇ、もしかしてそういうことなんじゃないの……!?」
「……!?」
スープに回復薬を盛る、と。
まさにその弱点を突く形で、『秘密』を看破されてしまうだなんて。
余談はある。
聞かれなかったから言わないのスタンスで今までその秘密を保持してきたゼノンだが、いざ看破されたところで素直に「はい実はそうなんです」と切り替えられなかった。
「バカ言え、んなわけねぇだろうが」ととっさに言い返す。
強がって、否定してしまう。
ともすればミレイシアも引き下がらない。
「ウソおっしゃい!」からギャイギャイ始まって。
でもゼノンに勝ち筋はなかった。
そもそもミレイシアのように、ものをはっきり言ってくるタイプと相性が悪いのもそうだが。
「だぁ、うっせぇ! いいから帰れ!!!」
散々畳みかけて、わざと動揺を引き出したところでビッシャア。ミレイシアが水筒のなかに隠し持っていた回復薬をたっぷり、ゼノンに頭から浴びせかけたのだ。
それは飲んでよし、かけてよしの優れ物。
だがやはりゼノンの傷は癒えずに残ったままで。
ともすれば、それが動かぬ証拠だった。
なんとも杜撰な証明方法ではあるが、身をもって明かされる。
これ以上の根拠はほかにないだろうと。
ついでに冷や水ではないにしろ、そんなものをいきなり浴びせかけられては頭も冷えようものだ。
だから十全に理解した。
ポタポタと濡れ髪から水滴を落としながら、もはやどんな言い訳も効かないだろうと、そのことを。
そんなゼノンの有様をまえに。
(思いもよらず手痛い仕打ちを受けた暴漢みたいになっている。)
「そら見なさい!」
やってやったわ、とも言いたげにフンスとなるミレイシアだった。




