11-10.「盛られたのは」
というのも、まずミレイシアだが。
信じられないことに、その翌日にもまた来たのだ。
てっきりもう来ないだろうと思っていたのに、真っ昼間から何のそののどこ吹く風と。
「おはよ」
「おはよ、じゃねぇよ。なに普通に来てんだ、てめぇ……」
さすがにいい加減にしてほしかったもので、おうこらウギギと牙を剥きかける。
でも聞いてみれば、今回の用向きは少し違ったらしい。
手にランチボックスみたいなものを引っ提げていたので、何かと思えば。
「お弁当、作ってきたの」
とのことで。
つまりはそれをもって、お礼の代わりとしたかったようだ。
ケガを治させてくれないのなら、せめてこれくらいはさせて欲しいと。
ゼノンは迷った。
正直それも「要らねぇ」と突っぱねたいところではある。
だがもう作ってきてしまったというし、これを受け取ることでミレイシアの気が済んで、もう付きまとわないでくれるというなら。
「……分かった。それを食えばいいんだな?」
「そうだけど、ねぇ。なんでそんな苦渋の決断みたくなってるの?」
ともかく、そういうことになる。
食べた感想を聞きたいとのことで、受け取るだけでは当然のように帰ってもらえず。ばさりと広げられたレジャーシートのうえ(それもミレイシアが持ってきていた)にランチボックスの中身が広げられる運びとなった。
わりとナゾの状況だ。
なんでこんなことになったのか。
それも自分家の庭先で、と珍妙さを拭えないまま、とりあえずゼノンは出されたサンドイッチから口元に運ぶ。
――なぁこれ、毒でも入ってんじゃねぇだろうな?
ふいにそんな問いかけも浮かんだが、口に出すのはやめておいた。
ウフフとミレイシアの華やぐような微笑みが、すでにその猶予がなさそうなことを物語っていたからだ。
「どうかした?」
「いや、何でも」
まぁいくら何でもそれはない気がしたので、あとは勢い。
ゼノンはぱくりとそれを食むる。
「どう?」
「どうって言われてもな」
「何かあるでしょ。おいしいとか、そうでもないとか」
「……まぁ、普通にサンドイッチじゃねぇか」
「あなたね、もうちょっと何かないの……」
こうなるから目のまえでの試食会なんてイヤだったのだ。
でも提示された条件は食べることのみ。だったらこの際、味なんかどうでもいいと、ゼノンはほぼ義務感のみでモソモソと口を動かす。
それからも何品か出てきて、何かコメントを求められる度に、もはや期待に沿えることを諦めた無味乾燥な感想で応じて――。
でも最中に1つだけ、これはと意表を付かれる一品があった。
それはカポリとフタの開けられた魔法瓶から、温かな湯気を立ち昇らせるスープ類だ。ズズズとそれを口にしたときだけは、ややもって目を見張る。
うめぇ……。
素直にそんな感想を零しかけもしたのだが。
「あぁーっ、やっぱりーっ!!!」
そんな折り、素っ頓狂な声をあげたのがミレイシアだ。
突然すぎてブッと噴き出しそうになりながら、なんだよいきなりとゼノンはその唐突さを咎める。だがそれにもミレイシアはお構いなしだった。
「そういうことだったのね!? 道理で……! おかしいと思ったのよ!」
ここに真は明かされた。
見破ってやったぞと、そう言わんばかりの剣幕となりながら、何やら1人でいきり立っていて。
「あぁ? なに言ってんだ、おまえ。さっきから何の話を……?」
「だって、それっ!」
まったくもって意味が分からないまま。
ミレイシアがビッシと指さしたのは、ゼノンの利き腕だ。
その手の甲に、未だしかと刻まれたままの切り傷を。
それを動かぬ証拠としたうえで、ようやくタネは明かされるのだった。
なぜミレイシアがこんな急ごしらえの押しかけランチ会を企画したのか。
そこに偽装させていた真の狙いと目的を。
「そのスープ、回復薬入りよ!!!」
◆
うーん……?
やっぱりあれ何か、おかしかったわよね……?
気になる……。
そんな具合にミレイシアがゼノンに対し、決定的な違和を抱き始めたのが昨日、ゼノンと別れた帰りがけのことになる。きっかけは直前、ゼノンと興じていた……というか殆どからかわれていたあの鬼ごっこだ。
そう、『鬼ごっこ』。
少なくともミレイシアにとっては、その言い換えで差し支えない。
自分のせいでケガをしたにも関わらず、何故かああも頑なにゼノンが治療拒否を続けるのか理由はさっぱりだが……。
当人も再三に渡って言い張っている通り、ゼノンの傷はそこまで深いものでも、広範囲に渡るものでもないのだ。だったら一瞬でもいい、治癒のオーラを纏わせた小手先で何回かペチペチすれば十分、全快と呼べる域まで回復するだろうと。
だからミレイシアはまずワンタッチを目指した。
まず1本取ってから、ふん待ってなさい残りもすぐにやってやるわ的なセリフを決めてやるつもりで果敢に挑みかかる。
無論のこと、それが到底不可能に近く、おろか1本目が取れれば奇跡くらいの実力差があるらしいことはすぐにも悟ったが……。
でもミレイシアは諦めなかった。頑張る。
途中で「今のは惜しかったな」とか「いいぞいいぞその調子だ」とかおちょくられれば尚のこと、プチ……プチプチプチと火が付いて。
「もう、バカにして! あったま来た!!」
どうにか一矢報いてやろうと一心で食らいついた。
躍起になる。
すると起きたのだ。奇跡が。
きっとゼノンもこちらが運動神経ゼロだと思って、油断した結果だろう。まぐれ当たりであることも否めなかったが、確かにそのときペチんと指先が掠ったのである。
「やった……!」
そう思った。
ところが確かめたとき肝心の、ゼノンの怪我に治癒の兆候が見られなくて――。
とまぁ、そんなことがあったのだ。
そのときはてっきり自分が勘違いをして、ぬか喜びをしてしまっただけかとも思ったけれど。
気になるのはあのとき、ゼノンの顔に「やっべ」と書いてあったこと。
触れられた感触があったからこそ、あの反応だったのではないのか。
でもだったら、どうして傷が治らないのか……?
説明が付かず、うーんと頭を悩ませていたときだった。
「ひょっとして……」
ゼノンの魔法特性を鑑みて。
ふと、ある1つの可能性に行きついたのは。
――そう。
だからミレイシアは今日び、このランチ会を持ち掛けたのである。
もし本当にそうだったとしたら、いろいろと辻褄が合う。
ゼノンがああも頑なに、治癒の施しを受けたがらなかった理由とも合致する気がしたから。
そしていま、その可能性はこれ以上なく明瞭に明かされる。
なにせミレイシアの仕込んだ特性スープ――回復薬入りのそれを飲んでも、ゼノンの傷は治らなかったのだから。
つまりはそういうことだ。
ゼノンはリリーラみたく強がりやヤセ我慢のために、治療を拒んでいたのではなかった。
痛いのが好きなわけでも、性格がどうしようもなくひん曲がっているのでもない。
知っていたのだ。
どんな魔力も見境なく侵蝕し、無効化してしまうという自身の体質なり、魔法特性上。
施されたところで、きっと受け取れないだろうことを。
だから最初から手を出すことさえしなかったと、ただそれだけ。
「ねぇ、もしかしてそういうことなんじゃないの……!?」
「……!?」
訴えかけるようなミレイシアの問いかけ。
思ってもみなかった相手から、まさかこんなやり方で自身の欠陥を看破されるとは思わず。
気まずさでいっぱいとなった面持ちを、堪らずプイと逸らさせるゼノンだった。




