3-1.「そういうことになりました」
パート3始めていきます!
いろいろあったけどこうして『ヨルズ』さんの件も無事にクリアし、ゼノンさんの仕事もこれで全部ということで晴れて王都への旅路を再開した私たちである。
でも最後にもう1か所だけ、追加で寄り道をしていくことになった。
これはゼノンさんのというより、どちらかと言えば私側の用事になるのだけれど。
かくかくしかじかあったのだ。
かくかくしかじかあって、いま私たちがいるのは広い平原みたいな場所になる。
せっかくこんな広々としたところに来たのだから、レジャーシートやランチボックスを持ち寄ってピクニック気分にでも浸りたいところだ。是非とも満喫したい。
現に私も、ついさっきまで解放的になって浮かれていた。
パタパタと走り回って、わーいとダイノジになって空を見上げたりもして。
だけど、今はちょっとそれどころではない。
いつの間にか天気は下り坂に、どんよりとした分厚い雲が空に広がり今にも泣きだしそうになっていることもそうだけど、何より。
「うん……?」
空に一羽、ピュイーと大きなトリさんが飛んでいた。
翼を広げ、空を切り裂くようにして大きく旋回している。
またこちらに戻ってくる。
ゼノンさんが指さし、最初にあれを空に見つけたときはせいぜい『少し大きめの鳥』ぐらいに見えたのだ。
でもぜんぜん違った。
遠近法みたいなのでそう見えていただけで、実際は――。
「な、なにあれえええええーっ!?」
私が悲鳴をあげると同時にガギン、ものすごい勢いで迫ってきた鉤爪が目のまえで黒鉄の檻に遮られる。どうやら直前でゼノンさんがガードしてくれたみたいだけど。私は青ざめ、腰を抜かしながらへたり込むしかなかった。
少し大きめのトリさんなんて、目前でぴぎゃああと荒れ狂うそれはそんな可愛らしいレベルのものではない。見上げるほど大きくて、私たちを餌食にしようとする猛禽類の姿がそこにあって。
ここもまた強力な魔物が多く、冒険者も滅多に近づかない危険域とは事前に知らされていたことだ。「そうなんですか? ぜんぜんそんなことなさそうなのに~」と私も、実にお気楽バードウォッチング気分でいたのだけれど。
その所以を今になって思い知らされ、檻のなかでアワアワなる私である。すると傍らでは「おー」と、感心したようにゼノンさんが1枚のメモを取り出していて。
「たぶん当たりだな。こいつがクリムゾン何たらって化け鳥だろ。で、こいつのなんだ……? 尾羽? ちっ、めんどくせぇな」
そんな独り言を呟いてから、またくしゃりと潰すようにしてポケットにしまい込む。
「おい立て、イルミナ」とか「いつまで腰抜かしてんだよ」とか言われたけれど、私はもうそれどころではなかった。頭を抱えながら、ヒィコラと狼狽えるしかなくて……。
ひとまず、どうしてこんなことになったのか。
まずはその辺りから話していければと思う。
◇
こうなったきっかけはあれだ。
私の愛用していた杖が、こないだ壊れてしまったこと。
いい機会だからちゃんとしたのを作っておけ、とはゼノンさんからの提言だった。
私としては、また代わりの枝を拾えればそれでよかったのだけれど。
あのなぁと呆れたように頭をガリガリされてしまう。
聞けば魔法の杖や魔導書といったアイテムには、相応に強い魔法生物なんかの素材が使われるものらしい。
魔力を水溜まりにたとえるなら、それらのアイテムは必要な分だけを汲み取るための桶の役割を果たすそうだ。だからそれを木の枝でどうにかしようなんて発想がそもそも無理筋なのだとかって。
「確かに素手でやるよりは多少、コントロールは効くかもしれねぇが……。威力なんかまともに出せねぇぞ」
「でもこないだはスゴかったじゃないですか。あんなに強いの、私初めて撃てましたよ?」
「そりゃ俺が回路をこじ開けてやったからだろうが」
「あっ、そういうことだったんですね。では」
「だからやんねぇつの」
まだ捨ててなかった木の枝をさっと献上したら、秒で却下された。
なんでよぉとなったら、つーかまだ待ってたのかよとゼノンさんはため息混じりになって。
「とにかくそんなんじゃ、あのときみたいな全力投球にはそう何度も耐えられねぇ。またすぐに壊れんぞ」
「そんなぁ……」
そういうことでは諦めるしかなかった。
もうあんな悲しいお別れは繰り返したくない。
でも一方でちょっと切実な問題もあって。
「あの私、そんなに持ってなくて……。お金……」
弱々しい声で、私は経済的な窮状を打ち明ける。
わざわざ確認するまでもなく、きっと財布(というか小銭入れしかもっていない)のなかにはせいぜいコインが2,3枚寂しげに寄り添っているだけだろう。
働こうと思ったこともあったけど、気付いたら森から出ることもできなくなっていて、川魚と木の実で明日を繋いでいたような有様だ。一文無しの素寒貧もいいところだった。
「魔法の杖を作るって、なんかすごくお高そうな予感がしてるんですけど」
「あぁ高ぇぞ、べらぼうにな。作れる奴がそもそも少ねぇから、どいつもこいつも足元見てきやがる」
「や、やっぱりぃい!」
恐々としていたところ、その辺は心配すんなとゼノンさん。
どうやら保護した魔女には、そういう助成金みたいなのがあるらしい。
年齢制限付きだが、私は問題なく満たしているから大丈夫だろうと。
「そ、そうなんですか……」
ホッとしつつ『狩る』どころかむしろ手厚い、魔女狩り協会のサポート体勢になんとも言えない気持ちになる私だった。それからいろいろ考えた末に、お言葉に甘えさせてもらうことにする。
少し怖いときもあるけれど。
なんだかんだで優しくしてくれるゼノンさんに私はペコリ、改めて感謝を伝えた。
「ありがとうございます、ゼノンさん。本当にお世話になってばかりで」
「いい。それより枝が落ちてる度に目で追いかけるのやめろ」
「すみません、クセでつい……」
「いやどんなクセだよ」
それが抜けるまでには、まだもう少しだけ時間がかかりそうだった。




