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11-6.「お見舞いと面会」


 どうも魔女狩り、ゼノン・ドッカーに対する人々の風評は、あまりかんばしいものとは言えないらしい。


 年幼い魔道具職人、リィゼル・ラティアットがそうと知ったのは、ここセレスディアに来てから程なくのことになる。いやまぁ、さほど想像にかたくないことではあるのだ。


 なにせゼノンの魔法特性は、相手の魔力そのものをむしばみ、無効化してしまうという結構な理不尽アンドぶっ壊れ仕様を誇っている。だからその時点でまず、大抵の魔女狩り連中からは良く思われないだろう。


 加えて、ゼノンのあの性格とか見た目だ。

 おら何こっち見てんだ張っ倒すぞと、普段の顔付きからしてそんな感じだし、口は悪くて短気だ。あとバカだ。バカで短気なウドの大木だ。


 人を見かけで判断してはならないとか、ミレイシアならさも言いそうなことではあるが。


 正直それはムリ筋な話だと思っている。

 だって初対面の場合、見た目以外に判断材料がないからだ。


『もし本当にそうしたいってんなら、次の初めましてでは目隠しでも持ってくんだな。まぁそうしたらそうしたで、今度は人を声で判断すんなとかなんだろうけどよ』


 間違ってもミレイシアにそんな切り返しはしない。

 そういうこと言ってるんじゃないの!とお叱りを受けるのが分かりきっているからだ。


 でももし、同じことをアリシアに言われたとしたら……。

 言いそうだ。自分なら。


 たぶん得意げに足を組み、手をヒラヒラさせながらヘンと勝ち誇るだろう。

 我ながら、ちょっと情けない忖度そんたく精神ではあった。


 さておき、なんでいきなりそんな話になったのかだが。

 尋ねられたのである。横合いから、ところでと。

 例にもよって今日も遊びに来ていた赤毛の少女、ルーテシア・レイスに。


 ちなみに此処はグランソニア城にある塔の一室だ。


『ごめんね、リィゼルちゃん。でもやっぱりケガは自然に治るのを待つのが一番だと思うから』


 とのことでミレイシアの治療は最低限にとどまり、かといって一般の病棟に移す訳にはいかなかった自分の病室けん座敷牢みたいなものである。


 『ヘンゼル』を失ってから1週間あまり。

 そんなに長い時間を外で、生身なまみで過ごすのはリィゼルにとって実に数年ぶりのことだし、なかなかどうして最初は不便に思うことも多かったが。


 ようやく慣れてきつつある今日この頃だ。

 それでもやっぱり、ふとしたときに『ヘンゼル』が恋しくなってしまうことはあるけれど。


 一方でルーテシアは、リクニとかいう担当魔女狩りが入院中らしい。

 あれだけの騒ぎがあった直後では人手も足らず、しばらくこのグランソニア城に身を寄せることになったとのこと。


 それでまぁ、こんな感じだった。

 ルーテシアは飽きもせず毎日のように見舞い・・・にやって来るし、珍しく午前で帰ったかと思えば午後には面会・・だと言ってまた顔を出してくる始末。ドアツードアで数分なのを良いことに。


『なんかおまえ、思ってたより太々(ふてぶて)しい奴だよな』


 してやったりとも言いたげなホクホク顔を披露ひろうされ、なんとも言えない気持ちとなるリィゼルだった。(杖先にはお気に入りだというピンク色がペカーと、さもご満悦そうにともっていた。)


 ともあれそんな経緯でここ数日、リィゼルとルーテシアはほぼ1日中、一緒に過ごしているわけだが。さっき窓から外を眺めていたルーテシアがたまたま見つけたのである。遠目の通路にテグシーと並んで歩いている黒い影、くだんの魔女狩りゼノン・ドッカーを。


 頭をガリガリ、あーメンドクセェとも言いたげな仏頂面を引っ提げているのは相変わらずだったが。目を引いたのは、その手に何だか珍しい品がたずさえられていたからだ。


「なんだあれ。花か……?」


 呟くと、そこでキュピーンとアホ毛アンテナを立たせたのはルーテシアだ。

 ソワソワし始めた辺り、たぶんあれだろう。「もしかして……誰かに告白するのかな!?」みたいなことを言ってるのだと思う。


 リィゼルにルーテシアの声は聞こえない。

 でも散々付きまとわれ、入りびたられたおかげで、ルーテシアの辿りそうな思考パターンも大体読めるようになってきてしまった。


 まったく。

 コイツも・・・・大概、頭に花畑が湧いてることと思うが。

 (案の定、手で形作ったハートマークを猛烈プッシュしてきた。)


「いや、あり得ねぇだろ……」


 心の声をそのまま、リィゼルは即座にその可能性を打ち捨てる。


 だって、あのゼノンだ。

 根拠なんかそれだけで事足りる。

 考えるのもバカバカしかった。


 だというのに、ルーテシアはどうしても万万が一を捨てきれないらしい。

 (というか、ただスクープにしたがっているだけだろうが。)

 ともかく付き合いきれず、リィゼルはつーかよともう1つダメ押しを追加する。


「それ用にしちゃ、だいぶ本数が中途半端じゃねぇか……?」


 色合いも控え目で、質素なものが多いようだし。

 あれで贈り物とかサプライズされても、いまいちパッとしない気がする。


「いいとこ、見舞い用とかだろ」


 一番ありそうな線を示唆すると「なんだぁ……」と口パク。

 とてもつまらなそうに、窓辺に項垂うなだれるルーテシアだった。


 でまぁ、そこから話題がゼノンのことになったわけだ。

 ルーテシアが聞いてくる。


 『あの人のことよく分からないんだよね』から始まって『リィゼルは何か知ってる?』と、丸みのある読みやすい字をカキカキしながら。


「…………」


 でもそこは正直、リィゼルにもよく分からないところだ。

 知らない。


 いや、人となりとか人間性という意味でならよくよく知り及んでいることだが。

 今回ルーテシアが尋ねてきた主旨しゅしは、そこではない。


 いったい何があったのかということだ。ゼノンに。

 同じ疑問を抱いたことはかつて、リィゼルにもある。


『ところでゼノン、なんでおまえ最近1人なんだ?』

『テメェには関係ねぇよ』


 そんなすげない返答があったとき、ミレイシアと痴話げんかでもしたのかと思っていた。でも、そうでなかったことがセレスディアに来てから発覚する。


 街なかで気になるヒソヒソ話を聞きつけて、なになにと探りを入れてみれば。

 つまりはゼノンがミレイシアに手をあげたと、そういうことらしい。


 ありそうもない話だとはすぐに思った。

 なんだかんだで甘っちょろくて尻に敷かれるタイプのアイツに、そんな度胸があるとはとても思えない。


 でもそれとなく確かめてやってもやっぱりゼノンは何も言わないし、ミレイシアの居場所も分からなかった。冒険者ギルドにいた飲んだくれどものテーブルに混ざって情報集めなんかもやってみたが(冒険者のフリをして「よぉ~やってるか。飲め飲めもっといけ」と気前良さげにグビグビさせる)目新しい収穫もこれといってなし。


 確かめられたのはとにかくゼノンが嫌われ者で、近づくと魔力を吸われるとか奪い取られるとかでおっかなびっくりされていると、今さら分かりきったことばかりだった。


 と言っても。

 どうせまた自分のときのように面倒ごとを1人で背負い込んだ結果だろうな、とは大体察しも付いたけれど。


 だからリィゼルはあくまで静観した。

 実は俺みんなからの嫌われ者なんだとか、少しはしおらしいところを見せれば手を貸してやらんでもなかったが。


 そんな気配が微塵みじんもなくて。

 なんなんだよアイツボクにはあんな威張り散らして容赦もなかったくせに街の連中からは好き放題吹かされてんじゃねぇか普通にカモられやがってったくちょっとくらいやり返せよウドの大木ボンクラ三下ナマクラウドの唐変木とうへんぼく……!


 とつのるイライラと鬱憤うっぷん任せにガギンゴギン、『ヘンゼル』強化用の装甲そうこうを打ち付けていたときだった。


『あの、リィゼルちゃん……だよね?』

『のわっ!?』


 身をひそめていた工房にゼノンではなく、魔女狩り試験のチラシを持ったアリシアがやってきたのは。――以下、割愛かつあいする。




 ともかくそんなだから、リィゼルは何も知らない。

 ただ確かなのは、ここに来てそんな状況が1つの区切りを迎えたらしいということだ。


 ようやく面と向かって再会できたミレイシアから、いろいろと聞かされている。

 いろいろ聞いても結局、よく分からないところは残ったものの。


 とにかくもうミレイシアは晴れて自由の身で、以前のように普通に街を出歩いてよくなったそうだ。そのうえで今朝、とくにウキウキしていたのはこれからアリシアに会いにいくからだそう。


 リィゼルは知っている。(ルーテシアも。)

 ミレイシアがアリシアと共謀きょうぼうして、これから何をたくらもうとしているのか、その全容を。そうと知ったとき、きっとゼノンがウゲェと苦虫を嚙み潰したような顔になることも。


 なにせその作戦には、逃げ道も拒否権もないからだ。


 ミレイシアはやる。

 やると決めたら絶対そうするし、まさかそれにアリシアが乗り遅れるわけもない。やりましょうそれ絶対やりましょうよとか言ってノリノリで相乗りするだろう。


 だからもうゼノンの敗北は確定だ。

 ただ惜しむらくは自分がその場に居合わせられず、直接その場面をおがんでやーいとしてやれないこと。それに尽きる。


 だから今のうちに、リィゼルはヘンとあざけりをくれてやるのだった。

 ミレイシアがカンカンなんて、よくもそんな心臓に悪いドッキリを仕掛けてくれたなと恨み節を込めて。せめてものしっぺ返しに、今に見てろと。


「ミレイシアからは逃げらんねぇ。せいぜい首洗って待っとけよ」


 互いによく分かっているだろうことを、まだ何も知らないまま頭をガリガリ、さもかったるそうに遠ざかっていくその黒い背中に。


「次はおまえの番だ。バーカ」

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