11-3.「これで一応はハッピーエンド」
というわけで、数日後。
「ふふん」
その名案を実行に移すため、満を持して森のなかに佇んでいた私である。
杖を手にフンスと腕組みし、いざ尋常に勝負といった装いで、今か今かとそのときを待ちわびているところだった。
立ち込める迷いの『霧』を突破し、セレスディアに帰るために私が思いついた作戦。それは至極単純なものだ。入り組んだことなんて何もない。
ただ再現すればいいのである。
あのとき――何も知らないゼノンさんがこの森にやってきて、どうにかこうにか私を『霧』から引っ張り出してくれたときを、そのまま。
そうつまり、私の作戦はこういうことだ。
私は今日からまた、この森で『イルミナ』を始める。
かつてのように、我こそはとやってくる冒険者さんたちをひたすらにちぎっては投げ、ちぎっては投げするのだ。
そしたらきっと前回と同じ展開を辿ることだろう。
また『ウィナー・テイク・オール』イベントが始まる可能性はあるものの、「なんだこいつ俺たちじゃ手に負えねぇぞ」とか「まさか戻ってきやがったのか」とかなれば、遠からず魔女狩り協会に連絡が行くはずだ。そうすればたぶんセレスディアの魔女狩りさんたちの耳にも、自動的に届くことになって。
ちなみに私が『イルミナ』だと知ってるのは、ゼノンさんとテグシーさんの2人だけだけど。きっとピンと来てくれるのではないかと思う。さすれば私は、晴れてセレスディアに帰れるというわけで。
『そうだ……! それだよ、それしかないっ!』
思いつくが早いか立ち上がり、さっそくと準備を始める私だった。
数日前に一度やっているとはいえ、ブランク期間が長い。『イルミナ』ってそもそもどういうキャラクターだっけ?から始まって、こめかみの辺りをクリクリ、口調とか妙齢な雰囲気をイチから練習し直す。
よしだんだん悪くない感じに仕上がってきたぞとなれば、残る問題は1つだった。そう、最初の挑戦者がいつ来てくれるかだ。こればかりはどうしようもなくて、待つしかなかったけれど……。
それも今日、ついに達成されたのである。
来ているのだ。冒険者が。魔物と遭遇でもしたか、さっきドゴォンととても大きな音を聞き付けたから間違いない。しかもちゃんと、こちらに向かってくれていて。
「もうそろそろ、だよね……?」
だから私も、そっちに向かって歩き始めた。
進んでいくとだんだん霧が立ち込めてくるけれど、行き過ぎなければ大丈夫。
ある程度行ったところで、ここら辺でいいかなと待ち構えるように足を止めて。
「ガガイアさんも準備はいい?」
なんだかもう使い魔のようになってしまった根っこがニュルリと寄ってきて、コクリと頷く。引っ込むとニュルニュルと無数の触腕が、私の背後から忍び寄ってきた。
「よし……!」
なかなか良い雰囲気。オドロオドロしい感じになっている。
程よく辺りも霧で白んでいるのを確認すれば、あとすべきことは1つだけだ。
――『変幻術』。
杖を掲げ、『光』のベールでピッカーと自身を包めば。
そこに居たのは私であって、私ではない。
「フフ……」
いかにも風な妙齢の魔女、かつて私が扮していた『イルミナ』の姿だった。
これで準備はオーケー。あとはただ待ち構えるのみと、私は静謐に佇む。
申し訳ないけれど……。
今から来てもらう人には、ちょっと手厳しめにヒィコラなってもらう。
「おいやべぇぞ森にまた魔女が住みついてやがる!」からの「なんだって!?」(ドヤヤ)みたくなってもらわないと、騒ぎが大きくならないからだ。
そこはガガイアとも入念に打ち合わせていることだった。
絶対に逃がさないようにしつつ、たくさん高い高いしてあげてねと。
『でもケガだけは絶対にさせないこと! 分かった?』
もしできなかったらオヤツ1週間抜きだからね、とも伝えたらヒェエエみたくなっていたから、そこの心配は少ないだろう。
どうもご褒美があれば、頑張れる子みたいだから。
ガメツイとも言うけれど。
さておき、だから気を付けるべきは私だった。
間違っても手元が狂わないように、あとは噛んだりして雰囲気を台無しにしたりしないようにとスーハー、深呼吸。なんだかオーディションを受けるときみたいな緊張感とともに、私はギュッと握りしめた杖先を持ち上げて――。
『ねぇ、本当に戦わなくちゃダメなのかな? 私たち』
『あぁ?』
ふいに過ぎったのがそんな、最初に交わしたやり取りのことだ。
いま思い返しても、とても懐かしい気持ちになる。
当時の私は不安でいっぱいだった。
誰を頼っていいのかも分からなくて、この森で怖い魔女を演じ続けることでしか自分の身を守れなかったのだ。だから同じようにその人のことも追い払おうとして、ものの見事に瞬殺されたのである。
『いや、ビビり過ぎだろうが。べつに何もしやしねぇよ』
でもその人は、私の話をちゃんと聞いてくれた。
私を悪い魔女だって決めつけないで、事情があったならと知らんぷりまでしてくれた。
『魔女の一本釣りってとこだが。やっぱ泣いてんじゃねぇかよ、ったく』
そのうえで私を、この森からも連れ出してくれて。
ぜんぶ、あの人のおかげなのだ。今の私があるのは。
だから私にできることなら、何だってさせてもらいたいなって思う。
これから一生をかけてだって、返させてほしいのだ。
たくさん迷惑をかけてしまった後だけれど、そうすることを許してくれたから。
私はどうしても帰らなければならない。帰りたい。
あの人のところに。
だから――。
「――さん……」
小さく、ポツリと口にする。
私は此処にいるよって、叶うなら真っ先に伝えたい、その人の名を。
ニュルニュルと飛び掛かるガガイアに続き、私も威嚇射撃の『光』をピュンと放って。
「え……?」
次の瞬間、私の思考は停滞した。でも――。
たくさんの間を挟んでから、たちどころに理解する。
何が起こったのか、その答えを。
飛び掛かる魔樹の根も、当たるはずのない『光』も一手で弾いて、何事もなかったかのように歩み寄ってくる。霧の向こうに見えた黒い影が誰のものなのかなんて、すぐに分かってしまったから。
あのときと同じだ。
いったい誰が来てくれたのか。
それが何より、明確に物語っている。
とても耳心地の良い、ジャリンとしなる鉄鎖の音が――。
「あんだよ。もうやめちまうのか? 久々に骨のある相手だと思ったんだがな」
声も、魔力の気配も。
面倒臭そうに後ろ頭をガリガリとする仕草も、すべてが懐かしくて。
喉が震える。言葉が詰まって、うまく出てこない。
ただ気づいたときにはもう、私は杖を下ろしていた。
俯いて、小さな子どもみたいにポロポロと涙を零しながら。
「ええ、やめるわ……。もうこれで全部、おしまいよ。だって、勝てっこないもの……」
「ほう。そりゃあ随分、弱腰なこったな。前はいつでもどうぞとか言ってたくせによ」
「だってあのときは、初めてだったし……。正直、そんなに強そうにも見えなかったから」
「へっ……。でも、そんときよりはマシになったんだろ?」
「……なってるといいなって」
「まぁボチボチってとこじゃねぇか」
それなら良かった。
だけど、それとこれとは話が別なのだ。
もうやらなくて良くなってしまった理由は、実力不足だけが原因ではない。
「それにもう、戦う理由だってなくなっちゃった……。たとえ私が魔女で、あなたが魔女狩りでもね……。だって、そうでしょ?」
見上げる。
ちゃんと食べてるのかって心配になるくらい細くて、背の高いその人を。
いきなり私の作戦を台無しにしてしまった、私の大好きな魔女狩りさんを。
「あなたはとても、優しい人だから」
その瞬間に、ポンと弾けた。魔法が解けたのだ。
妙齢な雰囲気なんかどこぞに投げ出して、『イルミナ』だった私はアリシアに。
わああんと泣きじゃくりながら駆け寄り、抱き着いて。
もう、しっちゃかめっちゃかだった。
信じてた。信じてました。絶対、来てくれるって。
自分でもなにを言っているのか分からなくなりながら、ひたすらに同じことを伝える。ゼノンさんゼノンさんとワンワン泣きながら繰り返す。
「――あぁ悪ぃ、遅くなった。でもいい加減、これで最後だからよ」
そんな私をゼノンさんも受け止め、ヨシヨシと宥めてくれて。
だから、やり直したいと思う。
我ながらひどいオチで残念だった後日談、その続きを。
魔女はまた同じ場所に戻ってきてしまいました。
でも大丈夫だったのです。
何も心配なんて要りませんでした。
だってまた同じように、優しい魔女狩りさんが迎えに来てくれましたから。
ということで――。
紆余曲折あったにしろ、これで一応はハッピーエンド。
迎えに来てもらった側の言い草じゃないかもしれないけれど。
散々泣き腫らしてから改めて、私は伝えるのだった。
いっぱい泣いて泣いて気分もスッキリなった後、とびっきりの泣き顔スマイルで。
「おかえりなさい、ゼノンさん!」




