11-2.「なしてこうなったのかとは思いつつ」
とまぁ、ザックリそんな感じだろうか。
私がまたこの『霧の森』に戻ってきて、囚われの身となってしまった経緯としては。
途中経過もいろいろある。
帰ろうにも帰れず立ち往生、また以前と同じ状態に陥っていると分かった私が、それからひとまず足を向けたのが此処――まさしくかつて借りぐらしをさせてもらっていたゼノンさんの『隠れ家』だ。
帰りたかったお家は此処じゃないんだけどなぁとか思いつつ、ぜんぜん嬉しくないタダイマを言って帰宅を果たす。「付いてこないでよ」と何回文句を言ってもやっぱりトボトボ付いてくるガガイアに諦めをつけ、「入ってこないでね」とだけ言い残してから、これまたぜんぜん嬉しくない意味で懐かしのベッドに体を滑り込ませて。
とにかく今日は疲れたから、明日のことは明日考えようと早々に眠りに付いた。
でもやっぱり一晩が明けても妙案なんて浮かばない。どうにかして『霧』を突破できないかとあれこれ考えてはみたのだけれどポクポクチーン、ただただ時間が過ぎ去っていくばかり。そうこうしているうちに、ぐぅ~とお腹が鳴って。
そう、いろいろあったのだ。
とりあえず何か食べ物を探しに出かけようと思ったらまさか、玄関口に木の実や川魚がお供えされているのを見つけたり。(朝飯ならここにありやすぜ旦那!みたいな感じでニュルリ、ガガイアが這い寄ってくるけど、媚びへつらってる感がすごい。)
なんか怪しくて――。
(昨日のことで力づくではどうにもならないと分かったから方針転換して、なんとか私のご機嫌を取ってドレインさせてもらおうとしているのかもしれないけれど……。ヘタをすると毒とか入ってて弱らせてからチューチューするつもりでいる可能性も十分ありそうで油断ならない。)
要らない自分で採るからいいとプイ&スルーしたところ出かけた先、目のまえで木の実をプチったり、ビチビチの川魚を浚ったり。
昨日のガラの悪い取り立て屋みたいだった態度から一転、ガガイアはすっかりへりくだって手のひらを返していた。私が何かを取ろうとしたらササっとそれを引き寄せ、ガオーと魔獣が現れたら杖を取り出すより早くビシベシとそれを追い払う。
あくせくキビキビと、それはもう一流のボディガードか傍付き人のような働きぶりで。そしてあろうことか帰ってきたときには、埃だらけだったはずの家の中が水回りまでキレイピカピカになっているのである。
「まさか勝手に家のなかに入ったの……?」
自分の前科を棚上げして、言いつけを破ったガガイアに私はジト目をくれてやった。でもガガイアも大概だ。そんなのお構いなしとばかりに、またも私の腰回りにグリンと根を回しているのだから。
「はぁ……」
まったくもうとため息が出る。
というのも、こんなことが今日1日で何回目か知れなかったからだ。何か成果らしい活躍を見せる度、ガガイアはこうして私に巻き付いては魔力を吸い上げようとしてくる。
当然、私もその回数と同じだけ、漏れなく厳然たるノーを突きつけているわけだが、これが一向にチャレンジを辞めようとしないのだ。まるで買って欲しいオモチャのために、一時的にヘルパー精神が旺盛になる小っちゃい子みたいに。
でもそんなの関係なかった。
今さらどんな埋め合わせをもらったところで、何か状況が変わるわけでもない。誰のせいでと思えばこそ、私の返事も今までと同じで、変わらなくて。
「……だから、あげないってば」
いっそのことそれで「こんなに働いたのになんだよ!」とか「ケチくせぇな!」みたく逆上してくれたら、そう真っ向から言い返してやれようものだが。
そうならないから始末が悪かった。
もう1日も終わるというのに、同じ結果を聞き届けるとガガイアはすぐにも私を放し、またソワソワとお役目を探し始める。そんなことしたって、ムダなのに。
「……もういいから。明日は何もしないで」
だから、ボソリ。
私は短くそれだけを言い残して、この日の別れとした。
お疲れ様なんて言ってあげないし、まさかおやすみなんて挨拶を交わすわけもない。
ガラ空きの背中を見せながらトボトボ、わざとゆっくり歩いていったけれど。結局、何事もなく玄関まで無事に帰りつけてしまった。そのままバタンと、一瞥もくれずにドアも閉ざして。
もう散々、目にものを見せてあげたつもりだ。
精一杯に冷たくあしらってやった。
なのに。
「……もう」
起きたらやっぱり、そこにはたくさんのお供え物があって――。
で、今に至るというわけだ。
いきなりで申し訳ないのだけれどとにかく、なんかもうどうでもよくなってしまったのである。ほとんどなし崩し的にしろ、私はいったんガガイアを許すことにしていた。
もう好きにしていいよと、隠れ家の中にも入れてあげて共同生活。
私が森を出るために協力することとか、助けが来たときに我がままを言わないこととか約束と引き換えに、たまに魔力もキュポンキュポンさせてあげている。もう害意がないというなら、邪険にし続けても仕方ないしね。
それで今はちょっとヒマを持て余して、自身を題材にした絵本の語り口を考えてたりもしていた。そしたらオチがひどいことに気付いて不満が再燃、ちょうど天井に巻き付いていたガガイアにプンスカ、クラーと不服も申し立ててしまったけれど。
まぁそんな余談は、さておき――。
正直、手詰まりだった。
あれからも何度か『霧』に挑んではみたけれど、やっぱりどうにもならない。
進んでも進んでも、気付いたらキックバックされてしまっているのが現状だ。ルゥちゃんならもしかしてどうにかなったりするのかなぁとか思ったりもするけれど、無いものねだりをしたって仕方がない。
というか、それ以前に……。
グランソニア城での一件は、あのあと何がどうなったのか。
そこも大いに気がかりだった。
私が覚えているのは、ゼノンさんが駆けつけてくれたところまで。
あとは任せろって言ってくれたし、きっと大変なことにはなってないと思うけれど。それでも心配は尽きない。
だから私は1日も早く、セレスディアに帰りたいのだ。
こんなところで足踏みしている場合ではないのに……。
そうできない八方塞がりだから、ひどくもどかしくて。
「みんな、元気にしてるかなぁ……」
天井を見上げながら、いろんな人たちの顔が浮かんだ。
その人たちみんなの無事を願って、早く会いたいなと気持ちがいっそう強くなる。
だけどその想いは一方で、どうしても過ぎってしまう不安とも常に隣り合わせだ。
もしかして、私はずっとこのまま……?と。
あり得るのかもしれない。まさか私が此処にいるだなんて、まだ誰も夢にも思ってなかったとしたら。助けが来るとしても、何年も先のことになって……。
そのときまた、ニュルニュルとガガイアが伸びてくる。
お腹に抱き着くようにおねだりしてきて。
「もう、またー?」
さっきあげたばかりなのにとか、誰のせいでこうなったのか本当に分かってるのかなぁとか、私って甘っちょろいのかなぁとか、いろいろ複雑な気持ちになりつつ。
はいはいと仕方なく栓を開けてやる。
床にダイノジ、天井を見上げ、お腹に巻き付かれた太い木の根っこにキュポンキュポンされながらハァとため息。私は考えていた。
どうしたらこの森から出られるのか、と。
うーんうーんとたくさん悩んで悩んで、堂々巡り。
その末にハッとなる。
「そうだ……!」
何の捻りも要らない。そうだ、そうすればいいんじゃないかと。
だから私は、聞いてとお腹に巻き付いたガガイアをぺちぺちする。
考えを話す。
いやぁそんな上手くいきますかね、みたく反応はイマイチだったけれど。
私はもうやると決めていたものでノリノリだった。
だからにこやかに「だって」と、私はガガイアにそれを思い出させる。
「何でも協力するって、そういう約束だよね?」




