10-32.「終わりと復活」
それからおよそ、事は滞りなく進んだように思う。
やっぱり死にたくないなんて我儘をマーレは言い出さなかったし、彼女の体内に残留していたミレイシアの魔力をゼノンが一定量、無効化したことで彼女は緩やかにしろ、あるべき終わりへと向かい始めた。
手抜かりだって無かったはずだ。
万が一に備えて元栓はきっちり閉めておいたし、マーレが眠りについてからもしばらくは警戒を緩めなかった。どうせ付きっ切りなのだから丁度いい、何かおかしなことが起こらないかと注意深く、ゼノンはミレイシアの見張りを続けて。
そうして何も起こらないまま数日、数週間と過ぎていく。
確かに時おり、ふと思い返したようにミレイシアからマーレの話題が持ち出されることはあった。でもその多くは他愛もない思い出話で、故人を懐古するものに過ぎない。
一度はもって数か月と宣告を受けながら3桁近くも生き永らえたマーレの死を、ミレイシアはちゃんと受け入れていた。程なくしてリィゼルが旅の道連れに加わってからはいっそう意識がそちらに向いて、自分がしっかりしなけれ ばとも思ったのだろう。そういう機会もパッタリ止んで、無くなって。
だからもう、すっかり終わったものと思い込んでいた。
生前のマーレが望んだ通り、真相を知るのはごく限られた人数だけで、ミレイシアやリリーラがそれを知ることもない。誰にも傷ついてほしくないのだとマーレの願い、優しい秘密はこれで永劫、守られるのだと。
でも、だからこそ愕然とした。
もう信じらんないなんでリィゼルちゃんのこと一人で行かせたのと大そうお冠、プンスカしていたミレイシアに、しゃあねぇだろうが言っても聞かなかったんだからよとありのままを伝えたものの、理解は遠く得られそうもなく。
やっぱこうなったかチクショウと後ろ頭をガリガリ、ちょっとギスギスしていた矢先のこと。夜の森、宵闇のなかで不意の敵襲に見舞われたときは。
素性の知れない敵は明らかにミレイシアを狙っていた。
最初こそ悠長に構えていたのは、この手の襲撃がすでに一度や二度ではなかったからだ。
なんならついこないだも襲われたばかりだった。
そのときはゼノンが手を下すまでもなく、『ヘンゼル』搭乗のリィゼルがおらおらおらぁと蹴散らしていたが。
どうせこれも、それと同じ手合いだろうと。つまり目的はミレイシアの『血』。
こういうことが頻発することを見越していたからライカンも、愛娘の旅路に腕の立つ用心棒を付き添わせたかったわけで。
まぁこうも立て続けにこられると流石に面倒くさいし、またかよと辟易もしてしまうが。とはいえ、これも一度は引き受けてしまったことだから致し方なし。とにかくさっさと終わらせようと、気だるげに応戦して。
「な、に……?」
そんなゼノンの認識が、一瞬で塗り替わる。
襲撃者が思った以上の手練れだったこともそうだが。
――気付いたからだ。
打ち合いの最中、その正体に。
どこか似ているようにも感じたその魔力の気配が、紛れもない当人のものであることに。
でもそんなこと、あり得ない。
あるはずがなかったから。
「バカ言え……。そんなこと、あるわけが……」
思考が著しく停滞したまま、動けなくなる。
「ゼノン……? どうしたの……!?」
そうこうしているうちに、またミレイシアが狙われて。
致命的なまでに遅れてしまった反応、それを取り戻そうとしてゼノンは負傷した。ギリギリでミレイシアを庇えこそしたものの、脇腹に深手を負ってその場にガクリと膝をついてしまう。
幸いだったのは、それ以上の追撃がなかったことだ。
いや、ある出来事を堺にマーレの方もまた、目に見えて様子がおかしくなり始めたと言った方が正確か。
呻き声を上げながらよろめくように近づいてくる襲撃者をまえに、バッと両手を広げて立ち塞がり。何やってんだ下がってろと張り上げた必死の制止にも耳を貸さず、キッと睨みつけるようにして。
「あなた、誰なの!? 下がって、こっちに来ないでよッ!!」
ミレイシアがそう、鋭い一喝をくれてやった瞬間から。
途端にオロオロしだしかと思えば、最後には恐れを為して逃げ出すように。
襲撃者はガサリと、暗がりの向こうに姿を眩ませてしまって。
「逃げ、た……? なんで……? なん、だったの……?」
緊張の糸が切れたか、たちまちその場にへたり込むミレイシア。
いったい何がそうさせたのかは、今となっても定かでないが……。
間違いないと、しかと見定めたことは1つだけ。
「何でもいい。とにかく……いったんセレスディアに帰るぞ、ミレイシア」
「えっ……?」
つい今しがたまで対峙していた襲撃者の正体、それがすでに眠りに付いたはずのマーレ・グランソニアのものに他ならなかったということ。
「今すぐにだ……!」
ただ、それだけだった。
◆
マーレが再び、『死』から起き上がっている。
まさか起こり得るはずのないそれが現実であるとは、実際に暴かれたように荒らされた彼女の墓地と、納められていたはずの亡骸を失い、半開きとなったカラの棺が証明していた。
「まさか……。それは確かなのか……?」
「あぁ、オレとテグシーの2人で確認したんだ。まず間違いねぇよ」
「ッ……! しかし、いったい何故……!?」
当然その議論に発展するが、確かな原因は分からない。
ゼノンがマーレと、念を押してミレイシア当人の魔力まで一時期、封じ込めていたことは真相を知る全員が共有し、確認していたことだ。
見とくれケガが治らないよ~とマーレが自分で付けた切り傷を見せびらかして嬉しそうにしていたからこそ、説明が付かなくて当惑する。
いったいどこで何を見落としたというのか。
ゼノンもついぞその答えに行きつけず、歯噛みするしかなくて。
しかも大問題なのは、それが単なる復活ではないということだ。
もしマーレが自分たちの知る彼女のままなら、目覚めてすぐ秘密を知る4人のうちの誰かと接触を図ろうとしただろう。でもそれがまさか、よりによってミレイシアと一緒にいる自分のところのわけがないのだ。
ましてや、あんな風に襲い掛かってくるだなんて……。
だからもうマーレは自分たちの知る彼女ではないと、それがテグシーの下した結論だった。一刻も早く自分たちで対処しなければならないと定められた方針に、居合わせた面々が神妙に頷きあって。
その一方で、ゼノンはもしかしたらとも思ってしまう。
あるいはまだ微かに、マーレに自我と呼べるものは残っているのかもしれないと。
あのとき――。
ゼノンが負傷してミレイシアが庇おうと前に出たときだけは、マーレは明らかに動揺した様子を見せていたから。
あれは、ひょっとして……。
ミレイシアが気付くまえに、この手で傷つけてしまうまえにとマーレが必死に抗った結果ではないのか。だとしたら、と。
でも、それを話したところで何になるのか。
もし本当にそうで打ち勝ったというなら、とっくにマーレは自分たちの誰かと改めて接触しているはず。そうでないというなら、それがすべてではないか。
いたずらに希望を持たせて、それが結果としていざというとき、誰かの迷いを生んだのでは元も子もない。
「あんだよ、ドッカー。何かほかに気付いたことでもあんのか?」
そんなゼノンの葛藤を見破ったか。
訝しげとなったリオナから、そんな不意の問いかけもあったが。
「……いや。なんでもない」
瞑目したのち、静かに否定する。
結局ゼノンは誰にも、その気付きを打ち明けることはなかった。




