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【完結】「森に住まうこわ〜い魔女」のフリをしていた私、ボッチの最強魔女狩りに拾われる ~助けてもらったので、なるべく恩返しできるよう頑張りたいと思います~  作者: あなたのはレヴィオサー
10.グランソニア城(決戦編)

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10-31.「頼まれごと」


 リリーラがそうであったのと同じように――。

 ゼノン・ドッカー、彼にもまたマーレと結んでいた約束がある。


 でもそれはあくまで、マーレからゼノンに持ち寄った嘆願ベースのものに過ぎず、ただの『頼まれごと』と言った方が近いものだ。


 内容も一方的だったもので、履行りこうを前提とする契約的な取引ではまったくない。そこは当人も重々承知のうえだったからか。


「済まないねぇ……。これといって何かお礼ができるわけでもないし、老い先短い老婆がこんな若い子にすがりつくなんて、みっともないこととは分かってるんだけど」

「……?」

「いや、でもアレだね。まさしくその『老い先短い』ってところが崩れかかってるから何とも……。いや、それを言うならもう崩れてるかね」

「……はぁ?」

「うーん、困ったねぇ。どこから説明したものやらだよ」


 頭が上がらない様子で四苦八苦しながら、最後には1人でオオンとなって。

 そんなしどろもどろがマーレから受けた最初の切り出しになる。


「何言ってんだ、バァさん?」

「あぁ、何言ってんだろうね。ほんとに」


 当然、そうなった。初対面なら尚さらだろう。

 正直ボケてるんじゃないかと心配になったし、仮に違う方のボケ(ツッコミ待ち)の方だとしたら付き合ってやる義理もないからさっさと帰れとシッシしてやりたいところだ。


 でもテグシーやライカンの紹介だから無下むげに扱うわけにもいかないし、名前を聞いたらまさかのマーレ・グランソニアときた。ともすればさすがに聞いたことくらいはあって、おいおい冗談だろと処置に困る。


 それからウンダリと空を見上げた。

 いったいこの頃はどうなっているのかと。

 ついこないだもライカンから奇襲を受けたばかりだというのに……。


 ともかく後ろ頭をガリガリ。

 すでに面倒事の予感しかしないと思いつつ、話だけは聞いてやることになったわけだが。どうやら自分が思っていた以上に、事態は深刻だったらしい。


 治っていくのだ。

 マーレがいきなり手首を差し出してきたかと思えば「ちょっとここに傷を付けてみちゃくれないかい?」とか意味不明なことを言ってきて「いいからいいから」とか「なんなんだよ」とかワチャワチャなった末のこと。


「ったく、意味はさっぱり分かんねぇが……。本当にいいんだな?」

「女に二言はないさ。さぁ、一思いにやっとくれ」

「……後からウダウダ言うなよ」


 仕方なく、薄皮一枚でピッとやってやったら。

 つい今しがた付けてやったはずの傷が、ゆっくりではあるがスゥと消えいるように。

 最後にはそのまま完治してしまって。


「……あぁ?」


 いったいどういうことかと、ゼノンは途端に目を見張った。

 ややゆっくり目ではあったが。傷がひとりでに癒えると、たったいま目の当たりにした現象に思い当たる節はある。微かに感じた魔力も、間違いなく見知った彼女のものだ。


 でも改めて場を見回しても、肝心の当人がこの場にいない。


「どういうことだ……? なんでミレイシアの……?」


 いぶかしむゼノンをよそに、ほかの3人はおぉ傷の治りが遅いと驚いたり、これなら風にしげしげと頷きあったりしていた。中でもとくに嬉しそうだった、というかホッと安堵した様子で目を細めていたのがマーレで。


 おいなんなんだいったいと、いい加減に痺れを切らす。

 そんなゼノンの手をそっと取ってからにこり、深いシワに柔和な笑みをたたえてマーレは言うのだった。


「もう1つだけ、我がままを聞いちゃもらえないかね。ゼノンちゃん」

「ち、ちゃん……?」


 誰からもされたことのない呼ばれ方が不意打ちで飛んできて目をぱちくり、大いに呆気に取られたし、内容も内容でとてもにわかに信じられる話ではなかったけれど。


 どうやらそこにボケも冗談も含まれてなさそうなことは、その寂しげな表情や雰囲気から何となく。



「――このままじゃあ、逝くに逝けなそうでね」



 ◆



 どうやら単なる癒しの効能だけではなかったらしいミレイシアの魔法。

 おそらくはその本領が発揮されたがために今の自分はこんなことになっているのだと、それがマーレの見立てだった。


 だから魔力を無効化できるゼノンなら、自分をきちんとしたところに――本来とっくに迎えていたはずの終わりに送り届けられるだろうと。


「アタシを冥途めいどに送っちゃくれないかい?」


 さも嬉しそうにニッカリとそんな表現をされたときはギョッとしたし、妙な言い回しすんなよとジト目もくれてやったが。ひとまず事情は聞いて納得はしたので、そういうことならまぁと了承してやる運びとなる。


「にしたって、もうちょっと言い方ってもんがあんだろ……」

「おや、すまないねぇ。アタシとしても土下座でも何でもして頼み込みたいところなんだけど、この年になるともう腰が辛くて……」

「言い方ってそっちじゃねぇ!」

「だろうね」


 からかってんのかよと悪態を付いたら、返ってきたのがまさかの肯定で「あぁっ!?」となる。でもマーレは調子を崩さなかった。


「まぁ大目に見てやっとくれ。年寄りは皆、若い子たちににそうするのが唯一の楽しみなのさ。年取ったら分かるよ。ねぇ、ライカン?」

「うむ、まったくだ」


 さっきまでの寂しい雰囲気はどこへやら。

 協力は取り付けたことだし今日はここまでとばかりに、さっさと撤収てっしゅうしてしまって。こじんまりと丸まったその背を見送りながら。


「ったくよぉ……」


 そんなマーレのペースに終始、乗せられっ放し。

 また面倒なことに巻き込まれたと、気だるげに嘆息するゼノンだった。


 とまぁファーストコンタクトこそ、そんな飄々(ひょうひょう)ぶりを見せていたマーレだが。裏腹に彼女は、節々でゼノンをとても気遣ってもいた。


 最終的に手を下させてしまうのが自分だとか、たぶんその辺りを気にかけでもしたのだろう。違うからねとか、これはあくまでアタシがお願いしたことでとか。どこか言い訳がましく、事あるごとにそんなことを。


 その度にゼノンは分かってる同じことを何度も言わせんなと振り払ったものだ。それでも念押しのためか、最終的にマーレが持ち出してきたのがその事前の取り決めだった。


 いいかいゼノンちゃんといつもの調子から始まって、即ち。

 たとえどんなに自分が嫌がっても、途中でやっぱりなどと言い出しても、絶対にそれを聞き入れたりしないことを。


「忘れないどくれ。アタシはもう終わりたいし、とっくに終わってたはずなんだ。そうなりたくないなんて願いは間違ってるし、あってはならないことなんだよ。あるべきものをあるべき姿に還す。アタシがゼノンちゃんにしてもらいたいのは、たったそれだけのことなんだから」


 どうせまた妙に気を回してそんなものを持ち出してきたのだろうとはお察しだし、ウンダリもさせられたが。ゼノンはそれに気づかないフリをして、いつもの調子で受け応えるのだった。


「あぁ、分かってる。せいぜい安心しろよ、きっちりやってやる」


 だからまぁ、一応はそういうことになってしまう。

 ゲンマンしようとばかりに「ほいじゃあ」、クイと曲げた小指を差し出されたところでまさか応じるわけもないし、バカいえガキじゃねぇんだからと袖にしてやったら「なにさ冷たいね」とマーレは残念そうにもしていたけれど。


 成り行き感は否めないとは言え、なんか妙に老婆心を寄せられてしまったから。よろしく頼んだよとお願いされて「分かった」と、曲がりなりにもそう返事をしてしまったから。


 自分にしかどうにもできないとなれば尚のこと、おざなりにはできない。

 決してたがえられたくないのだと知ってしまった誰かの願いを、無造作に踏み倒す。


 それを平然とやってのけるほど、ゼノンは非情となれなかった。

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