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【完結】「森に住まうこわ〜い魔女」のフリをしていた私、ボッチの最強魔女狩りに拾われる ~助けてもらったので、なるべく恩返しできるよう頑張りたいと思います~  作者: あなたのはレヴィオサー
10.グランソニア城(決戦編)

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10-27.「立ち返ろう」


 リリーラが泣いている。

 まさしく文字通りの意味合いで大粒の涙を零しながら、ボロボロと。

 それを見上げながら、テグシーが覚えていたのは一定の安堵感にも近い感情だ。


 ようやく耳を傾けてくれたからだ。

 彼女が、自分の言葉に。

 思えばこと現状に至るまで、すれ違ってしまったことはあまりに多い。


 最初はマーレのことだ。

 ようやく手掛かりを得られたとはリリーラにも伝えたが、その詳細までをテグシーは彼女に明かしていない。あくまで向かわせるのはゼノンのみと、そう告知するにとどめて――。


 分かっていたことだが、そうと聞いたときリリーラは大激怒した。

 ふざけてんのかテメェ冗談じゃねぇぞと血眼になって、アタシが行く場所を教えろと詰め寄られる。


 でもこればかりはテグシーも譲れなかった。

 そんなことはさせられない、この件はもうゼノンに任せるんだと棄却して。

 それでまぁ、ケンカ別れのようになってしまったわけだ。


 もういいと憤慨ふんがいしたまま、リリーラはズカズカと部屋を出ていってしまう。バンと叩きつけるように閉められた扉、その勢いにビィンと室内が震え、あまりのけたたましさにたまらず身を強張らせて。


 それでもテグシーは意見を改めるわけにはいかなかった。

 どうしても必要なことだったからだ。

 リリーラの心を守るために、その選択が。


 だって、そうだろう。自分でさえイヤなのだ。

 もし目のまえに死したマーレが現れたとして、もうあれは自分の知る彼女ではないと割り切れるか。何ら躊躇ちゅうちょせずに、ちゃんと手を下せるか。その絶対の自信が、テグシーにはどうしても持てずにいたから。


 それがリリーラなら尚さらだ。

 だからどうしても、彼女をマーレと向き合わせるわけにはいかなくて。


 何よりきっと、同じことをマーレも望むだろうと思った。

 2人にこのことは言わないで欲しいと、それが彼女に託された最後の望みであるなら。やはりそんな形での再会は悲劇でしかない。


 ただでさえ約束の片方を、テグシーはすでにまっとうできていないのだ。

 だったらせめて、それだけは守ってあげたくて。

 果たしたくて。


 自分は間違っていない。

 正しい選択をしていると言い聞かせるように、ポツリ。


『これでいい……。そうだろう、マーレ……?』


 もう思い出の中でしか会えない彼女に、テグシーはそう確かめるしかなかった。




 あるいは――。

 もし話がここまでだったら、事態はこうもこじれていなかったのかもしれない。


 リリーラだって頭では分かってくれていたはずだ。

 なにも自分が意地悪でそうしたのではないことくらい。

 だからいたく不機嫌そうにはしながらも、アリシアの件での交渉の場には顔を出してくれていたのだろう。


 なんでよりによってこのタイミングで、とは頭を抱えたものだが……。

 ともかく魔女狩り協会の件もある。

 このままでは本当に大変なことになってしまうと説得し、一時は話もまとまりかけて。


 ところがそんな矢先のことだ。

 いつ切り出したものか、いやしかし今は……とテグシーがずっと抱えたままでいた爆弾。それが思いっきり爆発してしまったのは。


 気付いてしまったのである、リリーラが。

 アリシアが水に異常なまでの恐怖心を抱くようになっていると、以前まではなかったはずのその変調に。


 いったいどういうことかと再び詰め寄られてしまえば、もうどんな言い訳も利かなかった。それで完全に決裂してしまう。違うんだリリィいずれ話そうと思っていたことで、などと弁明したところで意味はない。


 それっきりもう、リリーラは何を言っても耳を貸してくれなくなってしまった。

 ちゃんと話をしたのも、そのときが最後で。

 だから今、心底ホッとしている。


「ごめぇ……。ごめんなぁ、デグジィ……。アダジのせいで……っ」


 そんな場合ではないのだけれど、やっとリリーラが口を利いてくれたから。

 おいおいと泣きながらも自分の言葉に耳を傾け、ちゃんと返事をしてくれたから。


 ちなみにそんな彼女の姿は、テグシーには少し懐かしくもあった。

 いつぶりだろうか、こんなにメソメソしている彼女を見るのは。


 でもおかしいことなんて何もない。

 むしろこっちが本当なのだ。大きくあるために気を張っていないリリーラの、本来持ち合わせているの性格。少し強情で喧嘩っ早いところはあるにせよ、根は優しくて誰よりも友だち想い。


 あとはついでに素直だ。

 何ならちょっと騙されやすいくらいで。

 掘り起こされる思い出がいくつもあって、シミジミもしつつ。


「もう謝らないでくれ、リリィ。もとより私だって、ただ守られるだけのか弱い乙女役という性分でもないんだ。キミが気にすることじゃないよ」

「けど、けどよぉ……」

「ともかく良かった。キミも無事で、本当に……」


 心からそう思う。十分だ。

 どんな形であれ、リリーラが落ち着いてくれたなら。

 もう二度とあんな、自分をわざと傷つけるような無茶な戦い方をしないでくれるというなら、それで。


 そのときだ。

 ジャリンと、ひと際強くしなる鉄鎖の音が場に響いたのは。

 見やれば少し離れたところで、ゼノンとマーレの相対はまだ続いていた。


 決して劣勢ではない、が……。

 ゼノンも必要以上に防戦に徹し、どこか決め切れない様子で攻めあぐねている。

 原因は明らかだ。チラチラとこちらに気を散らしている辺り、1つしかない。


 加勢するよりも優先し、テグシーが此処に来たのはそれを取り除くためでもあった。ゼノンが攻めきれずにいる最大の要因、リリーラを一刻も早くこの場から離脱させるために。彼が見せたくないと思っている終わりを、彼女が見ないで済むようにする、そのために。


 だからテグシーは告げた。

 ここはもう自分たちに任せて、リリーラには退避しているようにと。


 でも当人はその勧告を良しとしなかった。

 おろか自分もなどと言い出し、立ち上がろうとする。それはダメだとするテグシーの制止も振り切り、「待ってろ今……!」と魔力を高め、大きくなろうとして。


 しかし――。


「り、リリィ……?」


 何も起こらなかった。魔力切れとも違う。

 空回りのような現象が起きて、リリーラの大きさは元のまま、変化しなかったのだ。


 そして次の瞬間、リリーラは崩れ落ちるように膝をつく。

 なんでだよ、と。

 またボロボロ、悔し涙を流して。


 彼女は涙ながらに訴えた。

 さっきからずっとこうで、大きくなれないのだと。

 そのうえで独白のように、その嘆きを口にする。


「なんで、こんな大事なときに……。アタシが……アタシがやんなくちゃならねぇことなのによぉ……」


 それはマーレが居なくなってからずっと、リリーラを縛り続けてきた呪縛であり、悔恨かいこんだ。


 なぜ一度ならず二度までも、マーレが再び『死』から起き上がったのか。

 かつてテグシーが示唆しさしてしまった可能性、その1つに所以ゆえんする。


 でも、あくまで可能性だ。

 仮にそれが真相だったとして、理由まで1つに断定できるものではない。

 だから「それは違うよ……」とテグシーは諭すように、ゆるゆると首を横振りして。


「言ったろう、彼女は私たちの誰も悲しませたくなかったんだ。誰の願いも間違ってなかったって、そう結論付けたはずじゃないか。おかしいよ……。それをぜんぶ、キミ一人が背負い込もうとするだなんて。間違ってる……」

「だとしても……」


 けれどリリーラは頷かなかった。

 責任を果たそうとしていた。

 マーレがああなってしまったのは自分のせいだと、そう決め込んでいて。


 だからゼノンに任せようとしたときも、あんなにも意固地になって自分がやると猛反発したのだろう。そして今も、この場にとどまろうとしている。


「リリィ……」


 己が非力と無力を嘆き、目のまえで泣いている友人に、テグシーはかける言葉が見つからなかった。


 仕方ないことではないか。

 なにせ相手はあのマーレで、リリーラにとっては実の肉親なのだ。

 変わり果ててしまったとしても、大好きだった人だ。


 拳を振りきれなかったとして、誰が責められる。

 恥じ入る必要がいったいどこにあるというのか。


 それでもリリーラは、首を縦には振らない。

 おいおいと泣きむせび、自分を責めるばかりで。


「…………」


 こんなとき、どうすることが正しい選択なのか、テグシーには分からなかった。おそらく決着は近いだろう。たぶんリリーラが避難して、自分があそこに加わりさえすればそうかからないはずだ。けれど――。


 それでは残ってしまう。

 この先ずっとリリーラの心に、悔いが。

 果たしきれなかった悔恨の念が。

 テグシーはもうこのことで、リリーラに心をすり減らしてほしくはなかった。


 誰の願いも間違っていなかったのだ。

 その結果起きたことならもう、悲劇と割り切るしかない。

 でもそれではどうしても、彼女が納得できないというのなら……。


「ねぇリリィ、覚えてるかい? 昔、キミが泣きながら謝ってくれていたとき、私が言ったことを」

「え……?」

「思い出して」


 立ち返ろう。願いの原点に。

 リリーラがもう一度、誰よりも強く、そして大きくなれるように。


「――私たち一人一人の手は、とても小さいんだ」

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