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2-11.「それが彼の最後の晩餐」


 こんなことが、あってたまるか……!


 全身に這い伸びてくる『根』の侵蝕をどうにか抑え込みながら、手足を放り投げるようにしてケインは逃走していた。


『その調子じゃあ、踊り食いだぜ?』


 ああまで愚弄ぐろうされて敵前逃亡しか選べないのは屈辱以外の何物でもない。

 だが今は無様をさらしてでもこの場からの離脱、ひいてはこれ・・を始末することの方が先決だった。


 さもなければ食い尽くされてしまう。

 今はどうにか食い止められているが、そう長くは持たないだろう。


 なんでもいい。

 なんでもいいから、とにかく早く口に入れてこの腹を満たさなければ。

 栄養を補給しなければ、いずれは押し負けてしまう。

 しぼりかすも同然にされてしまう。


 ――この『ガガイア』の苗木に!

 早く、一刻も早くとかつて経験したことのない渇きと飢餓感に、このときケインは完全に冷静さを失っていた。そして――。


「ぅぐ、あぁああああああああーーーーっ!」


 突き崩すようにして、強引に突破した石壁の先。

 黒鉄くろがねの檻のなかにあったそれを見て、ケインは目の色を変える。


 きっとそうではないかと思ったのだ。

 あまりの空腹感のためか、五感が研ぎ澄まされている。

 この匂いはまさかと賭けだったが、やはり思い違いなどではなかった。


 魔女コード、『ヨルズ』。

 すでに自分好みに仕込済み、味もほどよくしみ込んでいるだろう最高の食材メインディッシュがそこに。少々冷めてしまってはいるようだが、そんなのは問題にもならない。


「そこかああああああああーーーーっ!!!」


 たちまち、ジュルリ。

 溢れ出したよだれで口内をいっぱいにしながら、血肉に飢えた野獣のように咆哮する。


 邪魔なクロッシュ・・・・・があるな。

 だがあんなもの、力づくで払いのけてやろう。

 そして、食い散らすのだ。


 きっとそこにあるのは目も当てられないほどみにくく、品位の欠片もないおぞましい野獣の姿だ。自らの美学に反し、醜態しゅうたいさらすことになる。きっとこれからの行いを、自分は生涯にわたって深く悔悟することになるだろう。


 しかし、もはやなりふり構ってなどいられなかった。

 この身をがすような食欲を、『食』の本能を。

 もはや刹那せつなであっても抑え込むことなどできない。

 できるものかっ!


「ウウリュゥウウウウウウーーーーッ!!!!!」


 荒ぶる獣となりはて、ケインは石造りの回廊を一直線にひた走る。

 ぐありと口を開け、溢れ出る涎をジュルジュルボタボタとまき散らしながら。

 長らくお預けにされたメインディッシュにありつきたいと、その一心で。


 ところが直後のことだ。

 行く手からズドンと、並々ならないエネルギー量。

 『光』の砲撃が迫ってきたのは。


 何事かは不明だが、それはケインからすれば願ってもない援護射撃だった。

 まずは腹ごしらえのドリンクからとグアリ、大きく口を開く。

 バンザイし、全身で受け止めるようにしてゴクゴク、喉を鳴らして飲みくだせば。


「――ッ!」


 「なっ、なんだこれは……!?」と途端にケインは目を見開いた。

 腹が減っているせいもあるかもしれない。

 だがそれを差し引いてもこれはと、さらに口を大きく開く。

 天にも昇る気持ちとなる。


 なんて芳醇ほうじゅんな味わいだろう。

 甘酸あまずっぱくて、さわやかな喉越し。新鮮さもある。

 まるでしぼりたてのフルーツジュースのような甘美さではないか。


 これは、まさか――。

 まさかぁぁああっ!!!?


 グルんと瞳孔を巡らせ、ケインはようやく気付く。

 自分としたことが、今の今までヨルズのことしか見えていなかったが。


 メインの隣にちょこんと添えられていた秘密の副菜ふくさい――いや。

 そんなのとは比較にならないレベルの超高級食材、その存在に。


 もう1人、そこにべつの魔女がいるのだ。

 しかも若い、まだ子どもじゃあないかッ!


 子どもの魔女。

 それはケインがずっと求めていた究極の食材の1つだった。

 いつか味見くらいはしてみたいとずっと思っていたのだ。


 だが王都にいる魔女は、大概がほかの魔女狩りの監視下にある。

 子供となれば尚のこと。

 探したって、野生でそう簡単に見つかるはずもない。


 手が出せず、諦めるしかなかったのだ。

 そんな激レア食材が今、目のまえに。

 あんなところにぃいいいいっ!


「えれららろいあじょうあああああっ!!!」


 そこにいたのかようやく巡り会えたぞと、大口を開きながら。

 その獲得に向けた一歩を、ケインはじりじりと着実に踏み出していく。

 距離を詰めていく。


「ひぃっ……!?」


 すると、なんということだろう。

 たったそれだけのことで、ほのかに怖気おぞけの味わいが混ざったではないか。

 これは実に仕込みのしがいがありそうだとケインは早くも、もはや条件反射のように調理工程やレシピをいくつも思い描いて。


 食べたかった。

 あれがどうしても、欲しい……!


 今すぐ飛び掛かってでも、しゃぶりつきたい!

 ああもう、喉から手が出そうだよ!

 我慢できないっ!


「あぁるるえあらあじゃああああーっ!!!」


 気を抜けば今にも押し流されそうになる、あまりに高出力な『光』の洪水。

 その中から両腕を伸ばし、今行くからねと想いを込めてケインは叫んでいた。


 アイドルに振り向いてほしい一介のファンよろしく、ピョンピョン飛び跳ねそうになりながら。君の理解者は僕しかいないこれから一緒に頑張ろう共に高みへと見定めた超高級レア食材へ心からのエール……いや、感無量なまでの情愛を表現して。どうにかこうにか、また一歩をジリと詰めて。


 結構な出力だが、こんな勢いがいつまでも続くはずはないのだ。

 切れた瞬間に一気に畳みかけようと、そんな算段で踏みとどまっていた。

 一方で。


『今ごろ来たのかゼノン君、随分のんびりしていたな! だがもう遅いぞ、僕の勝ちだ!』


 今ごろ追いついてきたらしい彼に、心の中でそんな嘲りもくれてやる。

 ケケケと歪んだ笑みをにじませていた――のだが。


「バカが」


 そんなケインに崩れた石壁の向こうから。

 ゼノンもまた同じように嘲笑をくれてやっていた。

 あそこまで追いつめておきながら、逃げられるなんてことあるものか。


 わざと逃がしたのだ。

 アレ・・の本領を確かめるために。


 今まで幾人もの魔女と関わってきたゼノンだが、お目にかかったのは初めてだ。

 その辺に落ちていたただの木の枝・・・・・・を、杖代わりにしていたなんて異端児かわりだねは。


 本来、杖や魔導書といった魔力を引き出すためのアイテムには、相応に上等な魔法生物の素材などが用いられる。そうでなければ力が十分に伝わらず、空回り状態となってしまうからだ。


 それならコントロールは効かないものの、素手でやった方がまだマシ(威力は出せる)というものだろう。だがそれを、イルミナは――。


 さらに驚くべくは、彼女が半年近くも『ガガイア』のヤドリギ状態にされながら、そのことにまったく気づかず日々を送っていたことだ。常識的に考えてありえないことなのだが、実際に閉じ込められていたのは事実なので否定の余地はない。


 そんな彼女が言うのである。

 体のあちこちがジンジンする、などと。


 おそらくは日常だった『ガガイア』の負荷から解放され、巡りが良くなったがために来たされた逆向きの不調なのだろうが。言い換えればそれは、今の彼女はタガが外れた状態ということにも他ならなかった。

 

 つまりはずっとかけられていたかせが外され、自覚もないまま安全装置リミッターがバグってしまっているのである。もともと魔力コントロールがド下手へたということも相まって、その危なっかしさはもはや小災害級のものと言って差し支えない。


 それこそ一人ぼっちが寂しくて、雷雲を呼び寄せてしまうくらいには。

 加えて力技だが、あの小枝に魔力回路をこじ開けてやったこと。『ガガイア』がイルミナに種を植え付けた――つまりは彼女を発芽条件を満たした苗床と判断した事実。


 もろもろ加味して、導かれる結論は1つだ。

 いかにケインでも、イルミナの全力を飲み干すことはできない。

 それに今しがた彼は、致命的な判断ミスを犯してしまったところだ。


「残念だったな、偏食家。今回ばかりは逆効果だぜ」


 やたらジリジリ距離を詰めようとしているのは、いつものように恐怖心をあおろうとしてのことだろうが。


 その代償は高くついた。

 なにせ――。


「こ、こっちに来ないでぇええっ!?」


 渾身こんしんの拒絶とともに、片手持ちだった杖がパチンとそのとき両手持ちに切り替わる。

 同時に砲撃が一層、そのエネルギー量を増したのだから。ともすれば、いかに『魔力喰らいマギア・イーター』と言えど、すべてを吞み干すことはできなかったのだろう。


 ではあふれた分がどうなるか。

 答えは自明だ。ビュオンと一閃いっせん

 ぎ払われた紫紺の光が、押し流すようにして通路を突き抜ける。

 うぎゃああと急速に近づき、また遠ざかっていくにごった悲鳴こそが彼の断末魔だった。


 『光』が収まったとき、そこにあったのは一直線にえぐれた地面。

 その半ばには、まるでき潰されたカエルみたいに伸びているケインの姿があって。


 まるで夢見心地とでも言いたげに、カヒカヒと痙攣けいれんする魔人の表情はどこか満ち足りたようでもあった。


 気色悪いとしか表現しようもないが、ともかく。

 そんな彼にゼノンは最後の答え合わせをくれてやる。


「そいつ、オバケがダメなんだとよ」

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