10-19.「ブン捕っちゃったの」
「……っ!?」
ちょっと一瞬、何を言われたのか分からなかった。
いや、ウソだ。少しも一瞬なんかじゃない。
幾度となく反芻しても理解なんてまるで及ばず、思考の心停止(ピー音付き)と無理解は今なお続いている。
さっき知らない人からいきなり『ねぇ君イルミナだよねぇ?』されたときも結構だったけれど。今回のはそれともまた別ベクトルに途方もない衝撃で、私は呆気に取られるしかなかった。
だって、そうだろう。
意味が分からない。
リリーラさんが私を毛嫌いしているのは態度からしても明らかなことだし、リオナさんたち含め他の魔女さんたちも認めているところだ。だというのに。
「守る……? 守るって、私をですか……!?」
「うん、そうだよ。アリシアちゃんを」
たまらず取った再確認にも、面と向かって頷かれてしまうものだから反応に困った。頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになって、チンプンカンプンになる。
「どういうことですか……!?」
そんな私にミルさんは1つずつ、順を追って話し始めるのだ。
リリーラさんがどうして私をグランソニア城に――ひいては自身のテリトリー内に強引に引き込んだのか、その経緯を。
と言っても、取っ掛かりだけならそんなに込み入った事情もないらしい。
早い話がアレだ。
ここに来る直前、私が巻き込まれてしまった、あの誘拐事件。
このセレスディアにおいて、魔女の身柄は厳しく管理される。
よってあの出来事についても、すぐにリリーラさんの知るところとなったそうだ。すると当然、被害者である私――アリシア・アリステリアの名前もすぐにヒットするわけだが。
ここで1つ、リリーラさんの『自分ルール』が発動してしまう。
「自分ルール……?」
「そう。ほら、魔女さんがセレスディアで暮らすためには必ず、最低でも1人は担当の魔女狩りさんについてもらわないといけないでしょ?」
「はい、そうですね。私もそうですし」
ゼノンさんだったり、リクニさんだったりするわけだが。
「でもリリーラは、一度でも誰かの手で傷つけられた魔女さんのことは絶対、他の魔女狩りさんには任せておかないのよ。『アタシが面倒を見る、寄こせー!』ってブン捕っちゃって……」
えええとなる。
聞けばこれまでにも何度かそんなことがあったらしい。
問題にならなかったのは、魔女さん本人がどっちでもいいと興味を示さなかったり、丸く収まるようにテグシーさんが動いてくれていたからだそうだが。
ともかく。
私についても漏れなくそのルールが発動し、ピピピっとロックオンがかかったとのこと。でもここで1つ、リリーラさんにとってたぶん不都合だろう事実が発覚する。
「それでいろいろ探っていくうちに、リリーラが勘付いちゃったのよ。アリシアちゃんがもしかして、魔女狩り試験に出てきた『アリス』ちゃんの正体なんじゃないかってこと」
「あ……なんかもういろいろご存知なんですね」
思った以上にミルさんが事情通だったことはさておき、私はふむとなる。
まぁ無理もないと思うのだ。そもそも『アリス』は、私に不利がないようにとゼノンさんの指示で急ごしらえした仮の姿だが。
立て付けからしてあまりしっかりしたものではなく、それほど長い時間は誤魔化せないだろうとは最初から分かっていたことだから。たとえば魔女狩り協会の人とかが本気で調べれば、簡単に足が付いてしまうとはテグシーさんも言っていたこと。
だからたぶんリリーラさんも、アリシアってどこのどいつだから始まって、いずれ『アリス』にたどり着いてしまったと。きっとそういうことで。
――で?
「ブン捕っちゃったの」
「なんでよおおっ!?」
肝心の結論でさらっと言われ、堪らず抗議の声をあげる私だった。
そこは止まってほしかったのだ。なんだ『アリス』ってコイツだったのかよでポイしてくれれば、こんなことにはならなかったのに。
それに話もイマイチ見えてこない。
結局リリーラさんは私をどうしたかったのか。
では、なにか?
つまりはこういうことだろうか。
私のことはいけ好かなかったけど、自分ルールを曲げられなくてブン捕った。
ブン捕ったはいいもののやっぱりいけ好かなくて、扱いに困って、どっちつかずとなった結果があの態度……?
だとしたら――。
「そんなの勝手過ぎます!」
言語道断、ありえないと気持ちで私はキッパリ跳ね付ける。
だってそんなの、無茶苦茶ではないか。
私は帰りたいって、何回も言ったのに。
それもぜんぶ無視して、自分の都合のために人を何日間も括りつけたというなら自分勝手なんてものではない。というか私のことなんて、何1つ考えてないじゃないか。
そんなの――。
「ただの、自己満足じゃないですか……!」
そうとしか思えなかった。
どこまでも独りよがりな押し付けで、私は一方的に迷惑を被っただけ。
だったらやっぱり、私には。
リリーラさんを受け入れることなんて、できない。
「できないですよ……」
吐露するように絞り出したそれが、私の答えだった。
ミルさんの言う通り、もし本当にすれ違いがあるというなら歩み寄ることだってできたかもしれない。そうできるならと一縷の望みにかけ、私もミルさんの話を聞いていたのだ。
私だってできるなら、いつまでもこんな気持ちでいたくなかった。
ずっと抱え続けることだってしたくなくて。
だけど、これでは……。
それ以外の答えを見つけ出せず、視線を俯かせていたときだ。
「でもね、本当なんだよ」
ミルさんは続ける。
「リリーラは本当に、アリシアちゃんのことも大切に思ってる。分け隔てなんてしない。ここに住んでる他の魔女さんたちとも同じように、アリシアちゃんのこともただ守ってあげたかっただけなの……。確かに、やり方はちょっと無理やりだったかもしれないけれど」
「…………」
正直もう、この話は終わりにしたかった。
これ以上なにを言われたところで、歩み寄れる気がしなかったから。
期待に応えられなくてごめんなさいとか、私そんなに広い心の持ち主じゃないんですとか、そんな不貞腐れたセリフが今にも口をついて出そうになる。けれど――。
「きっとリリーラも、どうしていいか分からなかったんだよ。後からいろいろ、アリシアちゃんの本当のことを知っちゃったから」
「……? 私の、本当のこと……?」
「そうだよ」
最後の言い回しが引っかかって、思わず私は顔を上げていた。
するとミルさんは言うのだ。
いったい何のことだろうと首を傾げ、キョトンとしている私に。
ポツリと、ある魔女さんの名前を口にして。
何日か前、その人に。
「――何か隠しごととか、お願いしなかった?」




