10-16.「ガード」
動けずにいたアリシアを間一髪、割り込んだリリーラが庇い、助けた。その瞬間を目撃していたのはただ1人、同じく少し離れたところで動けずにいたミレイシアだけになる。
ちなみに――。
起きたらいきなり目のまえがバチバチの戦場状態だったアリシアもそうだが、ミレイシアも大概、今の状況に理解なんて追いついていない。
まったくもって訳が分からないというものだ。
リクニやルーテシアと力を合わせ、不死身となったアレクセイをやっつけたのがついさっきのことだが。さしあたって場所移動することになったきっかけから話すなら、彼女だ。
『おおミルッち、やっと見つけたっすよ! こんなとこにいたんすね!』
『ルーシエ……!?』
まるで跳び箱でも飛ぶみたいに、地上から建物の屋上までをひとっ飛びでやってきた友人、ルーシエ・ハルハット。何かと大きなハンマーを担ぎ、手笠まで作ってピョーンと、それは軽い身のこなしの跳躍で。
そのシルエットを捉えたときは居たくホッとしたものだ。
いったん窮地から逃れはしたものの、リクニはもう動かせないし、まともに動ける大人は自分だけ。もしいま他の囚人に襲われでもしたらひとたまりもないと、かなり心許ない状態だったから。
ただルーシエは一人じゃなくて、誰かを負ぶっていて、誰かと思ったらまさか血だらけの父親で『ええっ、パパっ!? どうしたの!?』と悲鳴をあげるとひと悶着もあったが、ともかく。
慌てて治癒しながら聞けば、リリーラが自分を探しているらしい。
ぎくりとなったのは、もうお呼び出しかと思ったからだ。
「あ、やっぱりもう気づかれちゃってる……? 勝手に部屋を抜け出したこと。でも緊急事態だよね、これ……?」
どうにか弁明の余地も探ろうとしたが、いやたぶんそうじゃないんすよとルーシエはどこか切羽詰まった様子で経緯を話す。
かくかくしかじかと聞けば、どうやらリリーラがケガをしているらしい。
それも結構な深手だそうだ。
ひとまず意識はあるとのことで一安心だが、問題はその先だった。
「えっ!?」
たぶんルーテシアに配慮してのことだろうが、こそっと耳打ちでアリシアの名前も追加されたのである。何があったかまではよく分からないけれど、とにかくいまアリシアはリリーラと一緒にいて、呼びかけても目を覚まさず、容態もよく分からないと。
そうと聞かされれば、迷っている場合ではなかった。
分かったと応じ、すぐに連れてってと急行を求める。
ただ――。
「でもどうしよう、いま私たちだけここを離れるわけには……。リクニさんは寝ちゃってるだけだけど、パパの治療もまだ終わってないし」
「アッシも一人乗りっすからねぇ。となれば」
それでビューンと行って、連れて来られたのがこれまた友人、ジーラ・エイベニューだった。ものの数十秒でどこからともなくルーシエはキキキっと急ブレーキ、彼女を背負って帰ってくる。
「こら止まれって! 止まれったらもう、何すんだよ~! ってあれ、ミレイシアじゃないか。それにリクニさん? ルーテシア君も……。なにこれ?」
「ごめんねジーラ、説明してる時間がなくて! とにかく足を貸してほしいの」
「ふむ、なんだか分からないけど。ミレイシアが言うならそうなんだろうね」
「なんすかその信用の差!?」
「信用というか、単純にアイキューの差なんだよね~」
ひょいと杖を振り、出してもらったのが剛腕の岩人形だった。
「ごめんね、ルゥちゃん。ちょっと行ってくるから。リクニさんのこと、見ててあげてね」
任せてとコックリ、杖を手にルーテシアが頷く。
そのまま岩肌の掌に3人乗りして、ズシズシとその場を離れたのだった。
「なんだか知らないけど、行ってらっしゃ~い」
ゆるゆると手を振る、ジーラ本体からの送り出しを受けて。
そうして行きついたのがこの、城の最下層へと続く地上フロアだった。
何かがおかしいとはすぐに気取ったものだ。
アリシア、ウル、アニタ、あとはどこから迷い込んだのかグッタリしている小型犬(とりわけケガがひどく、たぶん前足が片方折れてしまっている)と、そこにたくさんのケガ人が集まっていたというだけなら、ともかく。
「え、リオナ!? どうしたの、あなたまで……!?」
そこにひどく消耗したリオナも見つけたからだ。
こんなに疲れ切った彼女を見るのは久しぶりのことだった。
いや、もしかしたら初めてかもしれない。
そして――。
「リリーラはどこ……?」
彼女の姿が、そこになかった。
そのとき建物がズゥンと不穏げに揺れて、白状するようにボソリ、リオナは呟く。
侵入者だ、と。
「侵入者……!?」
聞けば、さっき地下にそういう人が現れたらしい。
最初に応戦していたのはリオナだが、途中でテグシーが来て、リリーラと入れ替わる形となったそうだ。
「だから今、ババァはテグシーと下にいる。この揺れはつまり、そういうことだ」
「戦ってるってこと……!?」
「……あぁ。少なくとも、決着はまだみたいだな」
どこか歯切れの悪そうに、投げやりな回答で話は打ち切られてしまったが。とても信じられない。その3人がかりですぐに鎮圧しきれない相手なんているものなのかと。
相手が誰かまでは分からないと、リオナはその一点張りだし。
「そうなの……? アニタさん」
リオナに治癒を施しながら、傍らにいた彼女にも確かめたけれど答えは一緒だった。
「……うん」
そう、力なく頷くだけ。
そしてひと通り火傷が治ると「もういい、助かった」と、リオナは腕をコキコキ回しながら立ち上がってしまう。
「ライカン、ちょっといいか」
「む……?」
「話がある」
深刻そうな面持ちで父親を連れ立ち、しばらく何かを話し込んで……。
やがてそこにアニタたちも参集されるわけだが。
「――きゃっ!?」
一際大きな横揺れに投げ出されそうになったのが、それから程なくのこと。
そんなだからミレイシアには今の状況がまったく把握できていない。
何が何だか分からず、テグシーとリリーラがどうなったのかも知れないまま戦闘が始まって、とにかく上がってきたあの人がその侵入者だということだけは分かって。
父親が戦場から弾き出されてきたり、気付いたらアリシアが目を覚ましていてホッと安堵したのも束の間、2回ほどズドンとなったりといろいろあったが……。訪れた最後の局面こそ、リオナがありったけの魔力を込めて投下した特大隕石の大爆発である。
「けほっ……!」
とっさに父親が庇ってくれたから、事なきを得たが。
はぐれてしまったか、立ち込める土埃のなかにその姿は見つけられない。
代わりに見つけたのがアリシアだった。
でもそこに別の影も近づいている。
たちまち『光』が差し向けられて。
「ダメ……! アリシアちゃん、逃げて……!」
声をあげることで精一杯、そんなミレイシアのまえでアリシアは転んでしまう。ズンと地響きのような物音を聞き及んだあと、直撃。またも爆風が巻き起こって。
だけど幸い、再び目を開けたときそこにあったのは惨劇ではなかった。
彼女が間に合ってくれたから。
「リリーラ……!?」
その大きな手で包み込むように、アリシアを『光』の砲撃から護って――。




