1-1.「その魔女には秘密がある」
人は誰しも『秘密』を抱えているものだ。
たとえばサプライズイベント。
大切な誰かの記念日に向けて、パーティの準備をしたり、こっそりプレゼントを用意したり、少し照れ臭いながらもおめでとうとか、日ごろの感謝を伝えたりする。
相手の驚く顔が見たくて、何より喜んでほしくて内緒にしておくのだ。
愛の告白なんかも、とびっきり素敵な秘密になる。
あるいは隠れんぼをしているとき。
よーいドンのあと、本当に誰にも知られず隠れるのってなんだかんだで難しい気がする。真っ先に見つかってしまった誰かが、まだ隠れている他の誰かの居場所を知っていることだってあるだろう。
でもだからといって、その人の居場所まで道ずれに明かしたりはしない。
それではつまらないし、イジワルだからだ。そこは恨みっこ無しで、心の中でエールを送りながら大人しく連行されていくのである。こういうのも秘密だ。
……それってただの内緒話では?
とふと思ったりもしたけど、まぁ似たようなものなのでヨシとして。
あとはイタズラをしてしまったが言い出せずにいるとか。
本当は誰かの取り分だったところをこっそり横取りしてしまったとか。
恥ずかしくて友だちにもなかなか打ち明けられないけれど、堪らないほど好きなジャンルがあるとか。
そういうのもみんな秘密になる。
秘密をもっていること自体がなんだかかっこいい気がするので、なんとなく秘密にしておくなんて人もいるだろう。
それくらい秘密という言葉には不思議なロマンが籠っている。
秘密じゃなくなった秘密基地がただの基地になってしまうように、秘密は秘密というだけでどこかワクワクした響きを持っているのだ。
ちなみに秘密とウソは少し違うものらしい。
ウソは『言うこと』で、秘密は『言わないこと』といつだか読んだ本にそう書いてあって、妙に納得した覚えがある。
何よりウソに比べて、罪悪感みたいなものが気持ち軽めになるのが良いところだ。秘密が多いほど良い女、なんてのは実に都合の良い解釈とは思うが。
ともあれ、人は誰しも何かしら秘密を抱えているものだ。
仮にそれが人里離れた森の奥地に住む、コワいコワい魔女であったとしても――。
「ねぇ、本当に戦わなくちゃダメなのかな? 私たち」
「あぁ?」
ところで、そう――。
私はいわゆる『魔女』というやつだ。
そうだと知ったのは比較的最近のことになるのだけれど、さておき。
訳あってこんな森の奥での生活を余儀なくされている。
余儀なくされていたら、ついにとんでもない強者が来てしまった。
聞いたところによれば、彼は『魔女狩り』らしい。
名を上げるためか、力試しのつもりか。
今までにもチラホラ冒険者がやってくることはあった。
その度に適当にあしらって「もう来ないでね~」と優しく追い返していたのだけれど。どうもそれが逆効果だったようだ。
あの森に恐ろしい魔女が住みついたとウワサになり、我こそはと腕に覚えのあるものが次々と名乗りをあげ、ついには今に至る。
「よぉ見つけたぜ、テメェが噂の魔女だな。『イルミナ』」
ということでさっき、なんだかすごく怖そうな人が来てしまった。
黒髪に、暗い色合いのマントを羽織った青年。
年頃はたぶん、私より一回りほど上くらいだろうか。
ところでいま、私のことなんて言った……?と内心で小首も傾げつつ。
少なくとも今までここに来た誰よりも強者であることは肌で感じられたので、一応それらしい構えを取ってから和解案を申し入れる。案の定、反応は芳しくなかったけれど、めげずに説得を続けてみた。
「正直よく分からないんだよね、こういうの。確かに私は魔女で、キミは魔女狩りかもしれないよ? でもだからって戦う理由にはならないよね。少なくとも私は誰にも迷惑なんてかけてないし、静かにここで暮らしたいだけなんだけれど」
「……あぁ、なるほどな。そういうことか」
すると彼は頭をがりがりやりながら、気だるそうに応じる。
「確かにな、おまえの言う通りだよ。俺だったら冗談じゃねぇ。呼んでもねぇ奴がわざわざテメェから出向いてきて、挙句にしょっぴこうとしてくるんだからな。泣くまで殴り倒して、物事の道理とかスジってもんを分からせてやるところだ」
「……う、うん。分かってくれるのは素直に嬉しいんだけど。できればもう少し平和的な解決を図った方がいいんじゃないかな」
「だが悪ぃな。その辺はもう、さして問題でもねぇんだよ」
「……?」
どういうことかと思えば。
(あとついでに無視された。)
「仕事だからな」
手をパキパキさせながら彼は言った。
それはひどく淡泊で、どうしようもない理屈だった。
なぜ戦わなければならないのか、なんて問いかけることには何ら意味もなかったのだ。それこそ私が魔女で彼が魔女狩りである限り、避けようのない結末ということで。
「なるほどね、お金のためかぁ」
つまりはそういうことだろうと、ため息が出た。
「言っても無駄だとは思うけどさ」
「なら言わなくていいぞ」
「言わせてよ。いやね、私もお金が大事なものだっていうのは認めてるんだよ。でも考えものだとも思うんだよね。それと引き換えだと、人って道理を考えなくなっちゃうからさ。どんなに不条理でも無益でも、お金が絡むと有益になっちゃう。これってどうなのかな?」
「どうなのかなって言われてもな」
「じゃあもし私を倒したら罰金ですってなったらどうする?」
「帰る」
「清々しいほど正直だね。でもほら、やっぱりそうなるでしょ」
「ありもしねぇ罰金の話してどうすんだよ」
「まぁそうなんだけどさ」
説得は失敗に終わった。
向こうに引き下がる理由がない以上、迎え撃たなければこちらがやられてしまう。
今まで数えきれないほどの冒険者を、似たような成り行きで追い払ってきたけれど。どうか彼も同じようになってくれることを祈るばかりだった。
「同情はするけどな」
「要らないよ、そんなもの。慰みにもならないんだから。あぁ言っとくけど、慰みもいらないからね」
「へっ、そうかよ」
杖を構える。
フードで目元まで覆って顔を隠してあるので、向こうからはほとんど表情も見えないだろうが。その唯一伺えるだろう口元に、あくまで余裕の笑みを湛えながら。
魔力を集め、私がポウと杖先に灯らせたのは淡い燐光だ。
そのまま凝縮し、エネルギー波として撃ちだすために溜めこんでいく。
すると彼も姿勢を低くし、臨戦態勢に入って。
「いくぜ」
「ええ。いつでもどうぞ」
一瞬の静けさ。
両者の中間地点に舞い落ちる木の葉、それが地面に触れる瞬間こそが開戦のゴング代わりとなった。
そして結論から言おう。
決着はものの十数秒でついた。
私だって一応、全力で迎え撃ったのだ。
でもほとんど抵抗もできないまま、彼に制圧されてしまう。
見たことのない魔法だった。
たった1回、彼が強く足場を踏み鳴らすとともに、ジャリジャリと伸びあがったのは幾本もの『鎖』。それらに一斉に襲いかかられて、気付いたらその内の1本が固く片足に巻き付いている。
そのままグイと引っ張られた。
「わっ!」となったのも束の間、ぐるんと大きく一回転。
成す術もなく遠心力に攫われるままスコンと、結構な勢いで木の幹に頭をぶつけて。
それでものの見事に昏倒してしまったのだ。
カンカンカンと試合終了のゴングが鳴って、ケーオーのノックアウトである。
でも仕方ないではないか。
そこらの冒険者ならまだしも、やはり本職の魔女狩りになんて敵いっこない。
経験値が違いすぎることもそうだが……。
私は見た目よりずっと軽いのだ。
だってこれは、私の本当の姿ではないのだから――。
話を戻そう。
人は誰しも、『秘密』を持っている。
そう。
たとえそれが人里離れた森の奥地に住む、コワいコワい魔女であったとしても。
きっと彼は、さぞ驚いたに違いない。
口先と雰囲気ばかりだった私のヘッポコさもそうだが、何より――。
ポンっ!
そんな景気の良い音とともに気絶していた私の体が弾け、その真の姿が露わとなったのだから。
というわけで――。
短い手足、ツインテ―ルに結んだ白い髪。
あう~とグルグル目を回しながらですが、こんにちは。
いや、初めまして。
「――は?」
私はアリシア。アリシア・アリステリア。
魔女は魔女でも、がんばって大人のフリをしていたお子さま魔女です。
というわけで、
お子さま魔女とぶっきらぼうな魔女狩りが出会って
ワチャワチャやっていくような物語を始めていきます。
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